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特別講義・エンタメ国防論――戦意高揚に音楽や映画は欠かせない、ソフトパワーから軍靴の響きが聞こえる

有事に当っては、国民に戦争の目的について心から納得してもらうことが大切です。いかに強力な軍隊を持っていても、国民が「こんな戦争は無意味だ」と思えば、戦争の継続は困難になってしまいます。逆に、国民が「断じて戦うぞ」と思えば、長く厳しい戦争さえも可能になります。国民の戦意は、時に数個師団に勝る威力があるのです。

そこで平時から国民の国防意識を高める広報が必要になるわけですが、政府が押し付けがましいプロパガンダをやったのでは、却って反発を招くでしょう。そうではなく、音楽や映画などエンターテインメントを楽しむ中で、自然に国防の大切さが国民の心の中に染み込んでいく。これこそ、最も理想的な広報のあり方だということができます。実際、昔から多くの国々でその方法が論じられ、実行されてきました。昭和戦前期の日本には、「音楽は軍需品なり」「映画は“弾丸”である」というスローガンがあったほどです。まさに音楽や映画のようなエンタメも、国防のための重要な武器であるという意味です。陸軍省情報部長を務めた清水盛明も、1938(昭和13)年に次のように言っています。「由来宣伝は強制的ではいけないのでありまして、楽しみながら不知不識の裡に自然に環境の中に浸つて啓発教化されて行くといふことにならなければいけないのであります」

では、楽しく国防の意義を説く、理想的な『国防エンタメ』とは具体的にどのようなものだったのでしょうか。






ここでは『お手々つないで日・独・伊』(久保田宵二作詞、佐々木すぐる作曲)というコロムビアのレコードを取り上げてみましょう。これは1939(昭和14)年に高橋祐子という少女歌手が吹き込んだもので、今で言えば、『子役』や『アイドル』にあたる存在が、国防ソングを歌ったと考えてもらえばいいと思います。1番の歌詞は次のとおりです。

〽世界平和のためならば
  お手々つなごよどこまでも
   行かうよ進まうよ日・独・伊
    起て起て金の朝日が今昇る
     万々歳大日本 万々歳大日本

このレコードを購入した人は、別に日独伊防共協定に関心などなく、ただ、女の子の可愛い歌声が聴きたかっただけかも知れません。しかし、エンタメとして楽しみ、繰り返し聴けば聴くほど、「日独伊の連携は重要だ」というメッセージはその人の心に深く染み込んだことでしょう。また、ここで重要なのは、こうしたレコードが民間企業の発案で作られたことです。野蛮な軍人からは、少女歌手に国防ソングを歌わせるなんてアイデアは出てこなかったでしょう。『お手々つないで日・独・伊』の娯楽性を支えたのは、民間の「時局に便乗して稼いでやろう」という逞しい商魂だったわけです。こうして、当局は広報ができ、民間は儲かり、国民は楽しいという相互関係の中で、続々と『国防エンタメ』が作られていきました。

これは何も日本だけの現象ではありません。例えば、ソ連はプロパガンダ先進国として、人々を教化するため様々なエンタメを活用したことで知られます。1938(昭和13)年に国立ジャズ・オーケストラのレパートリーとして作られた、『カチューシャ』(イサコフスキー作詞、ブランテル作曲)という歌もその1つです。日本では「りんごの花ほころび、川面にかすみたち……」という関鑑子の訳で知られ、もっぱら“村娘カチューシャが遠くの恋人を慕うロシア民謡”と思われていますが、本当はこれも『国防エンタメ』のひとつでした。その3番の歌詞を引いてみましょう。

〽ああ歌よ、乙女の歌よ、
  輝く太陽を追って舞い昇れ。
   そして遥か国境の兵士へと
    カチューシャの挨拶を言伝てよ。

そう、カチューシャの想い人は兵士だったのです。当時、ソ連は東西に日独という仮想敵国を抱えていました。そのため、カチューシャの恋人も国境警備についていたのです。実際、翌1939(昭和14)年には満蒙国境で日ソが衝突したノモンハン事件が起きています。『カチューシャ』は『お手々つないで日・独・伊』の裏側にあった歌ともいえるでしょう。

また、米国では第2次世界大戦の時にディズニーがプロパガンダに協力しました。1943(昭和18)年公開の『総統の顔』という短編アニメはアカデミー賞も取った作品ですが、ドナルドダックが不細工な肖像画に向かって「ハイル・ヒトラー! ハイル・ヒロヒト! ハイル・ムッソリーニ!」と挨拶するシーンがあって(もちろん皮肉です)、驚かされます。このように、どこの国でも当時最も人気のあるエンタメが国防に活用されたのです。

さて、このような状況は現在でもまったく変わってはいません。今度は東アジアの国々を見てみましょう。興味深いのは北朝鮮です。北朝鮮には『音楽政治』という言葉があるほど、音楽が宣伝の材料として重視されています。金正日にも『音楽芸術論』という著作があるぐらいです。金正日は大学卒業後、朝鮮労働党の宣伝扇動部でキャリアをスタートさせたプロパガンダの専門家でもありました。もちろん、多忙な彼が本当に『音楽芸術論』を書いたのかは疑問ではありますが、しかし、少なくともその考えの一端が反映されているのは間違いないでしょう。同書には次のような記述があります。「われわれは音楽作品を1つつくるにしても、人民大衆が好み、かれらを闘争に立ち上がらせる鼓舞的な扇動者・真の教育者になる思想性・芸術性の高いわれわれの時代の名曲にしなければならない」(公式訳)。これは冒頭で引いた清水盛明の言葉とほとんど同じではありませんか。プロパガンダは大衆に好まれなければならない。この言に違わず、金正日は1980年代にポチョンボ電子楽団やワンジェサン軽音楽団を創設し、カジュアルな軽音楽を供給しました。

金正恩もこれに倣ったのか、2012(平成24)年、北朝鮮版アイドル・グループともいうべき、モランボン楽団という女性ユニットを創設しています。翌年1月に開かれたそのコンサートで、『タンスメ』(一気に)という曲が演奏された時の様子は印象的でした。曲が最も盛り上がるところで、巨大スクリーンにミサイル発射の映像が映し出され、観客も思わず立ち上がって踊り出したのです。これこそ、国策と音楽が“楽しさ”を通じて融合した『音楽政治』の姿でしょう。人々の楽しげな表情は、我々のプロパガンダに対する抑圧的なイメージを覆してくれます。日本ではこのような楽団をしばしば独裁者の道楽として馬鹿にする意見も見られます。しかし、それは本当に適切なのでしょうか。むしろ、彼らはシビアに政治を見つめ、エンタメの重要性を認識しているのではないでしょうか。私には、これらが同国流の『国防エンタメ』のように思えます。

対する韓国でも、エンタメは国防に利用されています。2012(平成24)年に国防省が人気作曲家に依頼して作った『自分を超える』(シム・ジェヒ作詞、キム・ヒョンソク作曲)は、K-POP風の軍歌として話題になりました。韓国には徴兵制がありますから、若者は嫌でも軍隊に入ってきます。しかし、いやいや入隊する若者より、「国防は大事だ」と思って入隊する若者の方が断然戦力になるはずです。国防省が国防予算を使って最新のエンタメを取り入れたのも、当然というべきでしょう。韓国では『独島はわが領土』(パク・インホ作詞、作曲)という歌もよく知られます。その名のとおり竹島の領有権を声高に主張する歌です。

〽鬱陵島の東南、波路200里に、
  孤島が1つ、島たちの故郷。
   誰がどんなに自分の領土だと言い張っても、
    独島はわが領土。

1番はこんな感じですが、以後、同島の地理歴史が延々と語られます。1982(昭和57)年の古い歌ではあるものの、今でもアイドル・グループの少女時代がリハーサルで歌って物議を醸すなど、その影響力は失われていません。芸能人がこれを歌うことで俗情に媚びるというケースも見られます。あるアンケートによると、韓国の大学生は教科書・新聞・テレビに次いで、『独島はわが領土』から“独島”の知識を得ているそうです。エンタメを通じて自然に国防意識が培われている証拠でしょう。

そしてもちろん、中国にも『国防エンタメ』はあります。中でも、2011(平成23)年に山西省武郷県に開園した『八路軍文化園』という抗日テーマパークは興味深い事例です。抗日戦争を楽しみながら学べるという触れ込みで、来園者は中国人民解放軍の前身の1つである八路軍に扮して、日本軍を撃ち倒すアトラクションに興じるといいます。また、2014(平成26)年2月には、『打鬼子』というインターネットのゲームも登場しました。中国共産党の機関紙『人民日報』傘下のウェブサイトで今でも公開されています。内容は、東条英機を初めとするいわゆる『A級戦犯』を描いた看板を射撃して点数を競うというものです。確かに他愛もないといえばそのとおりではありますが、遊園地といいゲームといい、年端もいかない子供に対する影響力は無視できません。

それでは対する日本はどうなのでしょうか。続いてわが国の『国防エンタメ』最前線を見てみましょう。最近話題になったものでは、AKB48の島崎遥香が出演した自衛隊募集CMがあげられます。公開された7月1日が、ちょうど集団的自衛権の行使を認める閣議決定があった日だったため、特に注目されました。CMでは、「自衛隊という仕事、そこには台地や海や空のように果てしない夢が広がっています」「さあ、あなたの可能性へ」「ここでしかできない仕事があります」などとして、自衛官という仕事の魅力を訴えています。メッセージ自体はどれも平凡なものですが、今をときめくアイドルによるナレーションは浅からぬ印象を視聴者に与えたはずです。

自衛隊は志願制ですから、広報は国防に直結する極めて重要な仕事です。自衛隊のニュースを専門とする週刊誌『朝雲』でも、“アニメ風”の自衛官募集ポスターが好評だったという事例が紹介されるなど、最新エンタメへの目配りを忘れていません。そこで度々取り上げられているのが、『萌えミリ』と呼ばれるオタク向けの作品です。これは美少女キャラ(萌え)とミリタリーが融合したコンテンツを指し、具体的には、女子高生が戦車に乗って戦うテレビアニメ『ガールズ&パンツァー』や、女の子に擬人化された旧海軍の艦艇(“艦娘”と呼ばれます)が戦うインターネット上のゲーム『艦隊これくしょん』などを指します。先のAKB48のCMと異なり、こちらは民間企業が発信したものです。しかし、自衛隊も広報につながると着目しており、『ガールズ&パンツァー』とのコラボはすでに実現しています。例えば、2013(平成25)年7月には『ガルパン北海道イベントツアー』が開催され、アニメ声優とそのファンが一緒に90式戦車に体験搭乗したそうです。陸自の広報担当者はその狙いをこう語ります。「アニメやドラマなどを通じて、今の自衛隊は何をしているのか、さらには防衛について思いをはせてもらえば幸い」。広報活動がしたい自衛隊と、コンテンツを売り込みたい民間企業との幸せな連携というべきでしょう。歴史的に見れば、理想的な『国防エンタメ』のあり方といえると思います。

『国防エンタメ』は多くの人々に楽しんでもらわなければなりません。そのため、アイドルや萌えといった『クールジャパン』の人気コンテンツと国防が結びつくのは必然です。個々で見れば小ネタに過ぎませんが、『国防エンタメ』という枠の中で見れば、北朝鮮のモランボン楽団も、韓国の『独島はわが領土』も、『萌えミリ』も、同じ地平で語ることができるのです。ただし、日本の『国防エンタメ』には1つだけ周辺国とは違ったところがあります。それは、「敵が見えない」ということです。自衛艦募集のCMはまさにそうでした。“果てしない夢”といわれても、これでは何がなんだかわかりません。『萌えミリ』の代表作・『艦隊これくしょん』も同様です。このゲームのプレイヤーは、擬人化された旧海軍の艦艇(駆逐艦『島風』の“艦娘”が特に人気のようです)を操ります。とすると敵も米海軍の“艦娘”であっても不思議ではないのですが、そうではありません。もちろん、東アジアの国々でもない。“彼女”たちが戦うのは、『深海棲艦』と呼ばれる、国籍不明の幽霊船のような敵なのです。これは敵を名指せない、日本の不自由さを象徴しているような気がします。

敵が見えないことは、いい意味では日本の『国防エンタメ』を穏やかなものにしていますが、逆にいえば宣伝のインパクトを削いでもいます。ですから、今後もし明確に“敵”が登場したら、それは日本の『国防エンタメ』が大きく変わる端緒となるでしょう。コンテンツ大国・日本は、エンタメ資源だけは豊富です。これが戦力に転用されれば、空前のものとなるに違いありません。アイドルや萌えキャラが「尖閣諸島を守ろう」「竹島を取り戻そう」と可愛らしく呼びかける未来。戦前の軍人であればこの事態を次のように表現するかも知れません。「アイドルは弾丸であり、萌えキャラは軍需品である」と。異様でしょうか。しかし、『エンタメ国防論』の観点からいえば、むしろこれこそが国防の進むべき道であると言えるのです。


辻田真佐憲(つじた・まさのり) 評論家。1984年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。軍歌など世界各国の戦時下の音楽を研究、収集を続ける。著書に『世界軍歌全集』『日本の軍歌』がある。


キャプチャ  2014年秋号掲載
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