【中外時評】 戦術家が導くロシア――“偉大な国家”に潜む代償

今月初め、ロシアのプーチン大統領がクレムリン宮殿の“ゲオルギーの間”で行った年次教書演説。1000人を超える招待客で埋まった荘厳な広間に、2人の女性が硬い表情のまま座っていた。大統領は、冒頭に2人をフルネームで紹介し、「テロとの戦いで夫を失った」として全員で黙祷を捧げた。先月下旬にトルコ軍機に撃墜され殺害されたロシア軍戦闘機の搭乗員と、その捜索中に死亡した兵士の妻たちである。続く大統領演説は、対テロ国際協調を唱える一方で、トルコ政権への批判を重ねた。「我が飛行士たちを背後から撃った」「我々はトルコの誰が、シリアで略奪された原油代金を懐一杯に入れ、テロリストに稼がせているかを知っている」…。更に、「アラー(神)はトルコの支配層から理性と分別を奪い、彼らを罰しようとしたのだろう」と指導者らしくない発言まで飛び出した。憤りは言葉だけに留まらず、ロシアは報復として厳しい対トルコ経済制裁の発動まで決めた。大統領は何故、そこまで強硬な態度を取るのか? 『ロシア国際問題評議会』のアンドレイ・コルトゥノフ会長は、「恨みや感情的反応に加え、トルコがシリア内の友好民族への支援を通じて分割を画策し、シリア領土の統一性を維持しようとするプーチン構想に対抗しているからだ」と見る。

9月末からシリアに軍事介入したロシアは、過激派組織『ISIS』(別名:イスラム国)掃討の国際共闘を呼びかけると共に、シリアの内戦終結と新政権移行に向けた和平調停の主導権を握ろうとしている。その妨げとなるトルコに圧力をかけたという訳だが、トルコを含めた周辺国の協力を得られなければ、肝心のロシアの構想は画餅に帰す。コルトゥノフ会長も、「パリのテロ事件を機にロシアと欧米の立場が近づいたのに、トルコとの関係悪化は逆に問題を深刻化させた。シリア情勢で西側との真の共同行動が実現する可能性は、益々不透明になった」と懸念する。尤も、『カーネギー財団モスクワセンター』のアンドレイ・コレスニコフ研究員は、「プーチン大統領に欧米と共闘の用意はあっても、自分の定めた条件下でだけだ。西側には追随しない」と指摘する。




ウクライナに続いてシリアに介入し、トルコと敵対する大統領の狙いは寧ろ、「自分が力強く、戦うことのできる指導者だと国民に示すことにある」という。犠牲者の妻を前にしたトルコへの過激な演説も、国内向けの演出が多分にあったのかもしれない。ロシアの世論調査会社『レバダセンター』に依ると、プーチン大統領の支持率は8割を超える。また、「ロシアのどこに誇りを感じるか?」を聞いた直近の世論調査では、「世界での政治的影響力」が68%、「軍事力」は85%に上った。「プーチン大統領は戦術家だ。経済の奇跡を見せられなくなり、今度は“偉大な国家の復活”で国民の圧倒的な支持を得た」とコレスニコフ研究員。但し、「戦術的に大勝利を収めても、長期の戦略的な視点の欠如は、大統領にとって将来の落とし穴になりかねない」と予測する。その兆しの1つとされるのが、国民生活に直結する経済状況の悪化だ。今年の経済成長率はマイナス約4%、来年もマイナス成長が見込まれる。『FBK戦略分析研究所』のイーゴリ・ニコラエフ所長は、「ロシア経済は、ただでさえ資源依存等多くの構造的問題を抱える。そこに原油安や、ウクライナ危機に伴う欧米の経済制裁が加わった。危機的状況は、最低でも4~5年は続く」と予想する。シリアへの介入が続けば、軍事費負担も重く伸し掛かる。

同所長に依れば、今年は国民の実質所得・勤労者の実質賃金が何れも前年比で減少した。「プーチン政権下の2000年以降で初めて」という。来年には、年金の物価スライド分の上乗せ給付が大幅に縮小される見通しで、「来年も10~12%の物価上昇率が見込まれる中、年金生活者に深刻な打撃を与える」。それでも今のところ、2018年の大統領選で「プーチン氏が再選される」との見方が国内では大勢だ。戦術家が導くロシアの行方はどうか? 以下は、反体制派の歴史学者であるウラジミル・ルイシコフ氏の弁である。「帝政ロシアの皇帝・ニコライ2世が第1次世界大戦への参戦を決めた時、国民人気は絶頂にあった。ところが3年後、前線で相次ぐ敗北と経済苦境で人気は急落し、遂には退位させられた。それを誰が予測できたか? ロシアでは、いつでも予想不能なシナリオがあり得るものだ」 (論説副委員長 池田元博)


≡日本経済新聞 2015年12月20日付掲載≡


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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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