【絶望の非正規】(06) 低い社会保険加入率・低賃金…増え続ける非正規雇用、課題解決への処方箋

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進みゆく労働力の非正規化が抱える課題に、どう対処すべきか? 海外の事例を参考にしながら、その処方箋を考えてみたい。先ずは、日本の非正規雇用の現状を見てみよう。雇用者全体に占める非正規労働者の割合は1984年に15%だったが、30年後の2014年には37%まで上昇した。今や、働いている日本人の3分の1強が非正規労働者という状況だ。男女比では、女性の比率が男性の2倍強だが、近年の増加率は男性のほうが大きい。過去20年間の年平均増加率は、女性の2.3%に対して男性は3.7%。最近の非正規化は、女性よりも男性を中心に進んでいることがわかる。長引く景気低迷や経済のグローバル化に依り、長い間守られてきた男性の“正規職”という壁が崩壊し始めたことがその要因だ。また、日本における非正規雇用の特徴は、パートやアルバイトの占める割合が高いことである。非正規の内、パート・アルバイトは68.7%と最も高く、続いて契約労働者(14.9%)・派遣労働者(6.1%)、嘱託労働者(同)の順になっている。パート・アルバイトの割合が高い理由としては、正社員並みの労働時間や勤務内容の“擬似パート”の存在が挙げられる。“フルタイムパート”とも呼ばれている擬似パートには女性が多く、パートタイマーの中で約2~3割を占めると見られている。非正規が継続的に増加しているのは、労働者側と企業側のニーズが複合的に重なった結果であると言える。労働者側の要因としては、「会社に拘束されたくない」「自分の都合のよい時間に働きたい」「仕事と趣味生活を両立させたい」という理由で、フリーターやパートタイマー等の非正規職を選択する層が増加していると考えられる。一方、企業側の要因としては、国際競争の激化に対応する為に、正社員に比べて人件費が安く解雇し易い非正規労働者を優先的に雇用する動きが強まったことや、日本の産業構造が、正社員の比率が高い製造業から、非正規の比率が高い飲食店等のサービス業に移行し始めたこと等が挙げられる。

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このように、増加傾向にある非正規雇用の課題として先ず挙げられるのが、正社員との処遇格差である。厚生労働省の『賃金構造基本統計調査(賃金センサス)』で雇用形態別賃金を見ると、正社員・正職員の月平均賃金は31万8000円(平均年齡41.4歳、勤続年数13年)。これに対し、正社員・正職員以外の月平均賃金は20万3000円(平均年齡46.1歳、勤続年数7.5年)と、正社員・正職員の約6割の水準に留まっている。正社員・正職員以外は、年齢が上がっても賃金が殆ど上昇しない。その結果、男女共に50~54歳の年齢層で雇用形態に依る賃金格差が最も大きく、男性は月平均20.2万円、女性では11.5万円の差が生じている。長期的なキャリア形成を前提に、正社員の賃金は勤続年数が長くなるに従って上がる仕組みになっているのに対し、非正規の賃金は、勤続年数が長くなっても殆ど変化していない。社会保険の加入率を見ても、両者の格差は大きい。厚労省の調査に依ると、正社員の雇用保険・健康保険・厚生年金の加入率は、何れも99%を超えている。その一方、正社員以外は雇用保険が65.2%、健康保険が52.8%、厚生年金が51%と、正社員と比べて大幅に低い水準だ。また、正社員以外の加入率を2003年と2010年で比較すると、雇用保険・健康保険・厚生年金は上昇しているが、企業年金・退職金制度・賞与支給制度といった、企業のコスト負担が大きい法定外福利厚生制度の加入率は低下している。キャリアアップの機会が乏しいことも、非正規雇用の課題だ。厚労省の『能力開発基本調査』に依ると、正社員の場合、57%の事業所が計画的なOJT(日常の仕事に就きながら行われる教育訓練)を実施しているが、正社員以外は27%だった。OFF-JT(業務命令に基づき日常の仕事を一時的に離れて行う教育訓練)の場合も、正社員の実施率67%に対し、正社員以外は31%と、同じく半数以下に留まった。このように、雇用形態に依ってキャリアアップの機会に差が生じると、非正規労働者は安定的な仕事に就くのが難しくなり、非正規の状態から長期間抜け出せないことになる。更に、非正規労働者は景気や企業業績の動向に応じて雇用調整が行われる為、非常に不安定な働き方になっている。こうした賃金の低さや雇用の不安定さは、結婚に対する意識を低下させる要因にもなっており、今後、出生率の改善に悪影響を与えることが考えられる。例えば、20代独身者の中で結婚意欲のある者の割合は、正規職の場合、男性が70%・女性が81%に達している。しかし、非正規職を見ると、男性が50%・女性が71%と、男女共に正規職を下回っている(厚労省『21世紀成年者横断調査』)。当然ながら、このような結婚意欲の低さは有配偶率にも影響を与えている。結婚に対する経済的負担感が強い男性の場合は、特に35~39歳の年代で格差が大きく、有配偶率は正規職の71%に対し、非正規労働者は32%に過ぎなかった。




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非正規労働者の増加は、日本だけの問題ではない。先ずは、2003年に労働市場改革を行ったドイツの事例を見てみよう。当時、ドイツの失業率は9%を超え、実質GDPは2000年以降、足踏みを続けていた。アメリカと日本がITバブル崩壊後の景気悪化から脱する兆しを見せていたのとは対照的に、ドイツ経済は依然低迷していた。その要因としては、世界的な経済沈滞に依る輸出減少や内需不振以外に、莫大な旧東ドイツとの統一費用が負担になっていたことの他、硬直した労働市場構や高齢化の進行、企業に対する強い規制、経済構造改革の遅延等があった。こうした問題を解決する為、当時のシュレーダー首相は2003年に構造改革案を発表した。その中の労働市場と社会保障制度に関する改革は、問題解決の為に設置した委員会委員長の名前を取って“ハルツ改革”と呼ばれた。2003~2005年に実施されたハルツ改革では、解雇基準の緩和等、労働市場の柔軟化を起爆剤に雇用を拡大しようとした。具体的には、『職業紹介システムの再編に依る就業支援の強化』『産業別の賃金交渉を企業単位に修正』『派遣期間の上限撤廃』『失業者の創業支援』『失業給付の期間短縮や給付基準厳格化』『短時間勤務制度の推進』等である。この内、政治的・社会的な対立の最大の焦点になったのは、失業給付関連制度の見直しだ。ハルツ改革が実施される以前は、失業給付の受給資格者には失業給付が、失業給付の受給期間が終わった長期失業者には失業扶助が支給されていた。失業扶助とは、失業給付が終了した後に、退職前の賃金額に応じて国の一般財源から支給されていたものだ。

ハルツ改革では先ず、失業給付期間を短縮した。特に、55歳以上の高年齢失業者の失業給付期間が、最大32ヵ月から18ヵ月に短縮された。これは、高齢失業者が失業給付を受けた後に再就職せず、そのまま早期退職してしまうことを防止するためであった。また、失業手当を受けている間に、正当な理由無く紹介された仕事を断って就職しない場合は給付が減額される等、就業を促す仕組みに変更した。賃金等の条件が悪いという理由も、正当とは見做されない。雇用拡大に向けては、“ミニジョブ(Mini job)”や“ミディジョブ(Midi Job)”と呼ばれる短時間勤務制度も導入された。ミニジョブは、1ヵ月の収入が450ユーロ以下の仕事で、労働者は所得税や社会保険料(健康保険・年金保険)が免除される。一方、ミディジョブは450ユーロ超850ユーロ以下の仕事で、労働者はスライド方式に依り減額された社会保険料を負担する。こうした短時間勤務制度の導入は、狙い通りに雇用状況を改善し、ユーロ導入に依る通貨切り下げ効果と他の労働市場政策と共に、景気を回復させる原動力になった。実際、2005年には11.3%まで上昇したドイツの失業率は、2013年には5.3%まで低下した。これは、EUの平均失業率10.8%を大きく下回る水準である。一方、就業率は2005年の65.5%から、2013年には73.3%に回復した。長期失業者を労働市場に参加させる為に行った失業給付制度の見直しや短時間勤務制度の推進、更には派遣労働等に対する規制緩和等、一連のハルツ改革は確かに失業者を減らし、雇用者数を増やす効果があった。しかし、雇用増の相当部分が臨時的、及び短期的な仕事に集中する等、雇用の質は更に悪化することになった。その結果、ドイツでは労働者間の貧富の差が拡大することにも繋がった。

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日本と同様に非正規労働者が増していた韓国では、2007年7月に『非正規職保護法』が施行された。同法は、「雇用形態の多様化を認めて、期間制や短時間の労働者の雇用期間を制限し、非正規職の濫用を抑制すると共に、非正規職に対する不合理な差別を是正する」ということを目的とした。具体的には、非正規労働者が同事業所で2年を超過して勤務すると、“無期契約労働者”と見做されることになった。その結果、非正規労働者の一部が正規雇用に切り替わる等、非正規労働者の割合は継続的に低下してきた。一方で、企業側には制度を悪用するケースも見られた。正規職の増加に伴う負担を回避する為、2年で雇用契約を打ち切る企業が後を絶たなかった。非正規職から正規職に切り替わっても、賃金等の処遇が非正規職の時とあまり変わらず、既存の正規職の賃金水準や待遇とは大きな差がある“名ばかり正規職”が大量発生した。こうした問題を是正する為、政府と労使で協議を進めた結果、今年9月に新たな労働市場改革への基本原則が合意された。主な内容は、『一般解雇基準の緩和』『就業規則の変更要件の緩和や賃金ピーク制(定年を延長する代わりに、一定年齢に達したら賃金を削減する仕組み)の導入』『労働時間の短縮』『賃金の明確化』等だ。労働者にとっては待遇改善に繋がる面もあるが、企業側は勤務評価が低い労働者を従来よりも解雇し易くなったことは懸念要因だ。

韓国は欧米と異なり転職市場が発達しておらず、一度解雇されると同じ条件の仕事を見つけることが難しく、非正規職等、それまでより条件が悪い仕事に就くケースが多い。韓国の公的セーフティーネットも、日本等の先進国に比べて充実しておらず、解雇された労働者の生活水準は大きく低下することになる。今回の解雇基準の緩和を含めた労働市場改革は、結果的に不安定雇用の増加を招き、労働者間の二極化を拡大させる恐れがあると言える。最近、先進国が実施している労働市場改革の共通点は、「労働時間は短く、働く期間は長く」。その目的は先ず、労働市場の柔軟化を進めて企業の負担を減らし、経済成長に繋げること。加えて、年金の支給開始年齢を引き上げると同時に定年を延ばし、社会保障の財政状況を安定化させることだ。日本でも『改正労働契約法』が2013年に施行されたことで、契約更新が通算5年を超えた時は労働者の申し込みに依り、無期労働契約に転換できるようになった。今年10月に施行された『改正労働者派遣法』では、企業は3年毎に人さえ入れ替えれば永続的に派遣社員を使えることになった。政府の規制改革会議では、裁判で解雇が無効となっても、一定以上の金額を支払えば退職させることができる“解決金制度”の導入が検討されている等、今後も労働市場の柔軟化政策は進められていくと予想される。

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ドイツや韓国の事例からもわかるように、労働市場の柔軟化で確かに雇用の“量”は増えたものの、雇用の“質”は保証されておらず、寧ろ低下する事態が発生している。両国とも、政府の計画通りには正規職の仕事は増えず、結果的に短時間労働を中心とする不安定な仕事が増加した。韓国では正規職の二極化が発生する等、労働者の間の格差は更に拡大する傾向にある。経済のグローバル化に依る企業競争の激化に依り、今後も労働市場の柔軟化は避けられないかもしれない。しかし、雇用形態の違いに依り、格差が拡大されないように最低賃金を引き上げる等、非正規労働者の賃金水準を改善する必要がある。因みに、平均賃金に対する最低賃金の水準を見ると日本は33.9%で、ギリシャや韓国を下回り、OECD(経済協力開発機構)加盟国の平均(38.9%)にも届いていない。賃金格差の解消を進めると共に、社会保険を含む福利厚生制度の適用拡大も計画的に実施していくべきであろう。


金明中(キム・ミョンジュン) 『ニッセイ基礎研究所』生活研究部准主任研究員。1970年、大韓民国仁川広域市生まれ。韓神大学校日本学科卒。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了。独立行政法人『労働政策研究・研修機構』アシスタントフェロー・『日本経済研究センター』研究員を経て現職。専門は社会保障論・労働経済学・日韓社会保障政策比較分析。


キャプチャ  2015年10月17日号掲載


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テーマ : 派遣労働
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