【若者50年の足跡】(09) “聴く”“歌う”から“創る”へ――音楽、舞台はネットに

“聴く”だけの立場から“歌う”体験を経て、みんなで“創る”ものへ――。この50年、若者と音楽の関わりは劇的に変化してきた。背景に経済情勢の変化と技術の進歩がある。人は思春期や青春期に聴いた音楽を一生聴き続けるとも言われる。今の若者と音楽のかかわり方からは、何十年後かの未来も垣間見える。

音楽市場を“レコード盤やCDなどパッケージソフトの売上高”とするなら、今は深刻な不振にある。ピークの6074億円(1998年)から2704億円(2013年)へ半分以下に減っているからだ。CDの不振を補った『着うた』などの有料配信も、2009年の909億円が2013年には416億円へと、やはり半分以下に。若者人口の減り方を上回る縮小ぶりだ。若者は音楽と縁を切り始めたのか。そうではない。年長者の見えない形で音楽を楽しむ姿がカラオケの人気曲ランキングでわかる。エクシングの通信カラオケ『JOYSOUND』の集計では2013年、10代が歌った上位20位のうち10曲、20代では20曲中6曲が音声合成ソフトによる歌、通称“ボカロ曲”だったのだ。




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ヤマハの開発した音声合成技術の『ボーカロイド』と、特定の人の声のデータを組み合わせたのが音声合成ソフト。ある声優の声をもとに札幌市のITベンチャーが作った『初音ミク』(2007年)が代表格だ。自作の詞と曲のデータをパソコンに入力すればソフトが歌ってくれる。楽器ができなくても、歌が下手でも、一般の人が自分の音楽を発信できる。まずネットの動画投稿サイトに無料で公開され、斬新な詞やテンポの速い曲にファンがつく。作者の有名無名を問わず「今の10代にはネットが音楽との出合いの場になっている」(エクシング)。若者を集めたいカラオケ会社が、対価を払って歌のメニューに組み込むようになった。人気ボカロ曲をもとにした漫画やアニメも次々に制作されている。KADOKAWA(当時)の2013年度最大のヒット書籍シリーズ『カゲロウデイズ』はボカロ曲が原作だ。プロの作曲家や歌手・演奏家・音楽事務所やテレビ・雑誌・CD店と無関係の場で新しい音楽が生まれ、支持を広げる。「年長者と常識や前提を共有しない情報革命世代の象徴」だと、デジタルカルチャーに詳しいチームラボ社長の猪子寿之(37)はみる。「年長者がオタクと思うものが20代以下では当たり前」と言い切るのは角川アスキー総合研究所主任研究員の中西祥智(39)。「特に10代女子のボカロ曲への支持は熱烈。人は17歳で聴いた音楽を一生聴く。ますます大きな流れになる」と読む。亡くなった家族の声で、新たな歌を歌ってもらう。詞だけ作れば適当な曲をパソコンが作る。どちらもすでに実現している。

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戦後、若者が提供する新しい歌を音楽産業は巧みに取り込んで成長してきた。「流行歌の使い古された詞が嫌で」自分が聴きたい歌を自分で作った小椋佳をはじめ吉田拓郎や井上陽水など1970年前後、テレビに出ないフォーク歌手が続出。歌謡曲側は彼らの作った曲をベテラン歌手に歌わせて『襟裳岬』『シクラメンのかほり』が連続してレコード大賞を受賞する。1980年代には松任谷由実らがアイドルにも楽曲を提供し始める。サザンオールスターズなど新世代のロック歌手はテレビを拒否せずTBS『ザ・ベストテン』は1981年に最高視聴率41.9%を記録。ソニーは1979年にウォークマン、1982年にCDを世に出し、歌を手軽に楽しむ環境を整えた。企業の協賛でコンサートは大がかりになり、バンドブームで楽器が売れるなど若者音楽は巨大ビジネス化。反戦・不良・反抗の要素は薄れた。そしてバブル崩壊。ヒットはメディアよりストリート(街)で生まれ始めた。通信カラオケの誕生で“いい歌”を友人の歌で知るようになる。CD店の店員の推薦で“渋谷系”と呼ばれる新人が人気になる。ゆずやいきものがかりは路上ライブでファンをつかんだ。2000年代、聴き手と作り手の壁は一段と低くなった。アイドルグループが投票で中心メンバーを決める。客が体を揺らし、演奏家とともに盛り上がりを演出する野外コンサート、通称『夏フェス』も人気だ。

これら参加型音楽の真打ちがボカロ曲。「1960年代の米国発フォークやロック、1980年代の英国発ダンス音楽に続く、日本発の第3次サマー・オブ・ラブ(ポピュラー音楽革命)」と音楽ジャーナリストの柴那典(38)は位置づける。既存の産業と別の場で生まれ、やがて広く定着する音楽という意味だ。マーケティングコンサルタントの竹井善昭(56)は「若者は常に世の中を変えたいと願うが武器は時代で変わる」とみる。1960年代はギター、1980年代は消費、つまり買い物や余暇活動。「今はネットやソーシャルメディアだ」。ギター・消費力・ネットは確かに音楽を変えた。その変化は若者の価値観やライフスタイルの変遷も映し出す。 《敬称略》

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■時代の空気や心を代弁  音楽評論家・富澤一誠氏
衣食住などと違い音楽は不要不急の“商品”だ。それだけに聴き手の心を鮮明に映す。この50年、音楽と若者は互いにどんな影響を与えあってきたのか。音楽評論家の富澤一誠氏に聞いた。

長野県から上京し東大に入学。しかし学校に行かず自分の部屋で日々を過ごす中、深夜ラジオから吉田拓郎の『今日までそして明日から』が流れてきたのです。衝撃を受けました。音楽は好きでしたが、歌謡曲もグループサウンズもテレビの向こうの、憧れの世界のもの。拓郎は違いました。「この歌は俺のことを歌っている」。スターというより、共感できる代弁者。“歌”の概念も一変しました。岡林信康の『私たちの望むものは』にも興奮しました。同世代の人が好きなことをやって生きている。「俺も何かしなければ」と大学を中退、音楽評論を書き始め今に至っています。彼らは生き方の道しるべでした。彼らの歌を聴き、人生で初めて“飛べた”んです。そんな歌は、それまでありませんでした。井上陽水・さだまさしと、当時はそういう歌がたくさん生まれました。昔なら小説家になった才能の持ち主がシンガーソングライターになり、時代の空気や若者の心を代弁していたのです。

1980年ごろから歌謡曲が彼らを取り込み始めます。経済的な成功にもつながり才能が集まる。優等生の音楽だったニューミュージックに続き、矢沢永吉や尾崎豊など不良文化が生むロック勢も台頭。自分の言葉で歌い、また違った若者の心を代弁しました。今も新しい歌を聴くときは、歌詞を見ながら、はっとする言葉にマーカーでチェックを入れています。でも、そういう言葉との出会いは減りました。社会の壁と真剣にぶつかり、発酵された言葉という感じがしない。取材で「この歌のテーマは?」と聴いてもぽかんとしているんです。CDが売れず、ネットには無料の音楽があふれている。かつてと違い才能の持ち主が歌という分野に来なくなっているようで心配です。

時代ごとに売れている歌はあります。だからスターは常にいます。でも歌手の名は覚えていても歌そのものは歌い継がれていない、という例が増えていませんか。ヒーローはスターとは違うんです。言葉や生き方が影響を与え、聴いた人がまねをしたくなるのがヒーロー。めったに現れません。それだけに1人のヒーローが若い世代から現れれば、ジャンル全体が一気に活性化します。プロ野球やゴルフ・将棋、最近ではテニスがそうでしょう。音楽の世界でも、ビジネスが優先され過ぎると、逆に言葉や歌を聴かせる歌手が必ず現れます。歌謡曲全盛期の拓郎や岡林。カネがすべてというバブル期のKANや小田和正もそうです。いまはダンスを見せるためのリズム優先の歌や、カラオケで難しさをゲームのように競う歌が人気です。しかし今の若者たちにも苦しみや悩みがある。そろそろ今の時代のヒーローが現れてもいい気がします。


とみさわ・いっせい 1951年生まれ。東大を中退し音楽評論の道へ。『“大人の歌謡曲”公式ガイドブック』など著書多数。FMラジオなどで音楽番組のパーソナリティーも務める。63歳。

               ◇

編集委員・石鍋仁美が担当しました。


キャプチャ  2014年11月30日付掲載


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