【2016年の15大問題】(04) “家族”を盲信するなかれ

20160101 14
国会前の安保法制反対に、『SEALDs』という多くの若者達が頑張っていた。中心人物の奥田愛基さんに依れば、誰の命令でもなく、個人の意志で集まったという。私も、一夜デモの人波に身を任せて実感した。学生・サラリーマン・子供連れの母親・白髪の老人…。へルメットにゲバ棒の学生たちが機動隊と対峙していた1960年や70年安保とは違い、多様な人々が丸腰で、思い思いの声を上げていた。戦後70年、やっと個が根付いたと感じる。しかし、一番身近な筈の家族間においてはどうだろう。父・母・兄・妹として理解し、親しんでいても、個としてどこまで知っているか。先ず、自分の家族について考えてみた。既に皆亡くなっているが、父が何を考えていたか、母が何故私を溺愛したのか、兄は妹をどう認識していたか、何1つわからない。今となっては聞く訳にもいかず、想像するしか方法はない。友人・知人も、既に手遅れになってから後悔しているという。とすると、一番よくわかり合っていると思っている家族は、誤解の上に成り立っているかもしれない。「“家族団欒”という幻想を描き、その絵に合わせる形で其々の役割を演じている」と言えるのではないか。父・母・兄・妹という家族内の居場所を定めて深入りせず、ほんわかと同じ繭に包まれている。その関係は“個”の集まりではなく、“家族”という団体なのだ。私は2015年に『家族という病』(幻冬舎新書)を書き、家族というものが、それだけで善と見做されていることに異を唱えた。寧ろ、家族の中で“個”は軽視され、圧殺されているのではないか。拙著を読んで「肩の荷が下りた」と言って下さった方が多いが、如何に家族が個の足枷になっているかの証しにも思える。

他人様の家族と比較して同じならば安堵し、違うと不安になる。家族という鋳型に嵌め込もうとするから無理が生じる。家族という同じ家に暮らす人間も、1人ひとりの個の上に成り立っている。双子であっても、性格も考え方も異なる。個人としての自由は、憲法上にも保障されている。家族間でも、役割ではなく、1人ひとりお互いを認め合い、理解する気持ちを持ちたい。国と国にもまた、同じことが言える。違いを大切にしないと紛争の素になる。家族間で「自分の血を分け、腹を痛めた」と血の繋がりを第一に考えると、始末に負えなくなる。お互いを“個”という違う存在ではなく、自分の持ち物か附属物のように錯覚してしまう。「進学校を受けろ」「条件の良い人と結婚しろ」「子供を作れ」「介護は当然」等、親が期待を子供に押し付けようとすると、親子の間でストレスが溜まる。子供にとって、成長の過程で最初に遭遇する権威が親である。成長する為には、それを乗り越えていかねばならない。世にいう“反抗期”こそ、目の前の権威を批判し、自分で考えようとする個の目覚めなのだ。それを力で押さえようとすると軋轢を生む。親に歯向かわない子とは、管理し易い都合のいい子であり、個の萌芽を摘んではならない。何も言わずともわかり合える筈の家族間で衝突が起き、我が家でも父と兄の間で「あわや…」という場面もあった。現在、殺人事件はずっと減少の傾向だというが、その中で増え続けているのが親子を始めとする家族間の殺人だという。新聞やテレビでその例を見ない日はない。何故か? 他人なら冷静に判断できるのに、家族だと許せない。「わかっている筈だ」という誤解の上に立って、“可愛さ余って憎さ百倍”という極端な形を取る。家族を盲信するあまりの犯罪被害といえば“振り込め詐欺”等があるが、これは欧米では考えられない。子・孫・連れ合いの事故を、母や祖母や妻等の家族が「償おう」と確かめもせず金を振り込む――。“個”の確立した社会では起き得ない犯罪だ。




日本で“個”という概念が定着したのは、憲法上に認められた戦後だと言える。私は敗戦時、父母や大人への不信感から、自分1人を食べさせる経済的自立と、自分で考え自分で決める精神的自立の2つを手にしないと、個としての自由を持てないことを悟った。家族や他人に期待することを止め、自分に期待し責任を取る。家族の間でも、父・母・子供という役割でなく、個人の名で呼びあってはどうか? “主人”ではなく“連れ合い”と私が呼ぶのも、どちらかが主ではない実態を表す為である。適切に言葉は使いたいと思うのだ。お互いの違いを認識し、違いを認め合い、個に依って家族という足枷から自由になる。2015年8月に公開された映画『at Home アットホーム』は、泥棒と結婚詐欺の夫婦に、家庭内暴力を受けていた子供3人という血の繋がらない5人が、ある事件をきっかけに心の繋がる本当の家族になるというものだった。日本の家族は血を大切にするあまり、排他的になりがちだ。血が繋がらずとも心で結ばれた新しい家族像が、これからは生まれてくるだろう。その為の模索を続けなければならない。現に、女たちの間では、夫の墓に入らず、気の合った者同士が老後共に住み、自分たちだけの墓を作る試みもある。私たちは、家族を選んで生まれてくることはできない。子は社会からの預かり物なのだ。家族間で6~7歳まで子を育て、躾をし、学校という教育の場で他人の目を受けながら、小学・中学・高校・大学へと進んでいく。そして、18歳か20歳になったら社会に還元するのがいい。1人の個人として。“家族という病”を克服するには、こうした社会的な視点が欠かせないと思う。


下重暁子(しもじゅう・あきこ) 作家・『日本ペンクラブ』副会長・『日本旅行作家協会』会長。1936年、栃木県生まれ。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。女性トップアナウンサーとして活躍後、民放のキャスターを経て文筆業へ。『家族という病』(幻冬舎新書)・『最後はひとり』(PHP研究所)等著書多数。


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