【2016年の15大問題】(07) “GDP600兆円”は政治的スローガン、経営者は“内なる岩盤”を突破せよ

20160101 18
安倍晋三首相は内閣改造に先立ち、アべノミクスの第2ステージとして“新3本の矢”を発表した。“希望を生み出す強い経済”を背景に“夢をつむぐ子育て支援”と“安心につながる社会保障”を充実させるというものだ。とりわけ“強い経済”については、2020年頃までに国内総生産(GDP)を現状の490兆円から、実に2割増の600兆円に引き上げるという数値目標を打ち出した。安全保障関連法に決着が付き、再び経済成長に最優先で取り組む姿勢を示した点は歓迎したい。だが、違和感もある。2012年の“3本の矢”は金融緩和・財政出動・成長戦略という政策手段の表現だったが、今回の“新3本の矢”は手段ではなく、目指すべき目標ではないか。“矢”と“的”を取り違えてはならない。また、一口に600兆円と言っても、果たして実現可能な目標値かどうか、冷静に考える必要がある。確かに、内閣府が示す経済成長の上位シナリオは名目3%・実質2%以上のGDP成長率を前提としており、この水準を維持できれば2020年には600兆円に達する。計算上はその通りだが、バブル崩壊以降、名目3%は一度も到達したことがない高い目標だ。現在は企業収益の好調・円安・資源安・低金利という史上稀に見る好機だが、それでも成長率はプラスマイナスゼロ、潜在成長率は未だプラス0.5%。地方では人口減少も急速に進んでおり、経済のパイの縮小を食い止めることさえ容易ではない。こうした点を鑑みると、好調なアメリカ経済並みの高い成長率を日本が5年間も維持し続けることは、率直に言えば難しい。従って、“600兆円”を数値目標とすることは相当な無理がある。とは言え、持続可能な社会を実現する為の問題意識は、安倍首相と同じである。当然だが、安易な財政出動には頼れない。政府には、借金1200兆円を減らす大命題がある。内閣府の試算では、仮に成長率3%で税収が好調だとしても、2020年時点の基礎的財政収支で6~9兆円の赤字が残るという。長期金利の上昇や国債の信用低下を食い止める為にも、更なる歳出削減が求められる。

目標設定の前に、先ずは現状分析が必要だ。企業では、事業を立ち上げる前にフィージビリティースタディー(実現可能性調査)をするが、日本政府も、様々なファクターを解析したケーススタディーを国民に示すことから始めるべきだ。日本経済に大きな影響を齎す外部要因としては、アメリカの利上げや資源価格等があるが、特に日本の輸出の2割を占める中国経済の失速は大きい。中国経済は今、変曲点にある。その予兆は数年前からあった。2008年のリーマンショック直後、中国政府は50~60兆円と巨額の景気対策を発動した。これが世界経済を救う大きな原動力となったが、設備投資の効果は約3~5年遅れて表れる。同時に、副作用も顕在化する。設備投資が進み過ぎた結果、供給過剰に陥っていることが明白になった。製鉄や石油化学等の重化学工業は、需要の約1.5倍もの供給過剰に陥った。当然、製造業は今、生産を抑えている。習近平体制が掲げる7%成長の維持は、非常に厳しい筈だ。「実態は5~6%成長ではないか」と指摘する向きもある。供給過剰を解消する為、中国は工業中心の“投資→輸出”成長モデルから、内需中心の消費主導モデルへと構造転換を図っている。現在は第1次産業(農林漁業)が1割、第2次産業(製造業)が4割、第3次産業(サービス業)が5割だが、今後、経済のリード役がサービス業へシフトし、主要先進国並みの7割へ近づく。日本が“失われた20年”に徐々に行ってきた転換を、中国は僅か5年で実現するという。しかし、既に中国の労働力人口はピークアウトしており、構造転換は容易ではないだろう。また、中国の経済統計の信憑性には様々な疑問もある。中国頼みの成長率牽引には期待はできない。一方、日本国内の状況はどうか。安倍政権が発足して3年、アべノミクスで経営環境は好転している。嘗て“六重苦”と呼ばれた競争環境が経営者の足枷となっていたが、金融緩和で円高は解消され、資源価格もシェール革命の影響で低下した。高い法人実効税率は、改革の早期化が骨太方針に明記された。『環太平洋経済連携協定(TPP)』も大筋合意がなされ、関税撤廃だけでなく、企業進出ルールの透明化等、今後の期待は高まっている。残るは、岩盤規制の1つである労働法制の見直しだが、派遣労働の自由度を高める改正労働者派遣法は施行され、改革の一歩は始まった。これまで重荷となっていた企業経営のハンディキャップが解消に向かい、愈々民間サイドの真価が問われている。




20160101 19
日本経済の成長率は未だ低いが、成長要因を分解すれば、要因毎に処方箋は見えてくる。第1に、未来を先取りした投資を民間企業に喚起すること。第2に、安倍首相が“1億総活躍社会”という言葉に込めたように、女性や高齢者の労働参加率を高めること。第3に、更なる成長を生み出すイノべーションである。これらを目一杯総動員し循環させて初めて、600兆円というラインが見えてくるかどうかぎりぎりのところだと思う。第1の投資の話になると、「企業が儲けるだけで再投資せず、350兆円もの内部留保を貯め込んでいる」という批判が出てくるが、私は、経営者のマインドは必ずしも後ろ向きではないと思う。何故なら、海外への投資は2015年8月に7兆円を超え、年間では過去最高の勢いだからだ。『東京海上ホールディングス』に依るアメリカの保険グループ『HCCインシュアランス』買収に代表されるように、日本企業が仕掛ける大型M&Aが目立って増えている。問題は、投資先が国内に向かうまでにタイムラグがあることだ。多くの企業は、人口減少の日本より、アジア等への海外投資に商機を求めている。中国経済の停滞を機にマインドを切り替えられるか。「日本には未来がある」と企業に思わせるような環境を、政治的メッセージとして打ち出せるかどうかが鍵になる。第2の“1億総活躍社会”実現の為、安倍首相は側近の加藤勝信氏を担当大臣に起用した。“1億総活躍”という造語に違和感を受けた人もいたようだが、労働力人口も減少する中、女性が活躍し、元気な高齢者も働き易くなれば、生産性は向上するに違いない。ポイントは、其々がどれだけGDPに寄与するのかを示し、理解を求める工夫だろう。第3のイノべーションは、単なる新規投資ではなく、社会構造の変革に繋がるような戦略を生み出せるかどうかだ。また、既存設備の保守管理中心の投資ではなく、新しい産業の創出に繋がる投資を呼び込めるかどうかにかかっている。その点、ドイツが産官学共同で進める『インダストリー4.0(第4次産業革命)』は参考になる。全ビジネスの工程をデジタル化することで、生産性を飛躍させる国家プロジェクトだ。

2011年に構想が打ち出されてから、『シーメンス』や『ボッシュ』等、ドイツの名だたる企業が垣根を越えて連携を深めている。例えばこうだ。センサーや人工知能を備えた機械と機械が、インターネットを通じて製造工程の情報を相互に伝達する。リアルタイムな情報を元に、自律的にプラント運転を最適化する“スマート工場”だ。在庫が一定数を下回れば関連工場に発注され、時間ロス無く部品が補充される。情報通信技術(ICT)の活用は、労働力人口の減少を補う成長戦略として、日本でも総力を注ぐに値する。産官学、そして企業間のマインドをオープンにできるかが鍵だ。私は、これを“オープンシェアードビジネス”と表現している。個別企業の利益を追求するだけの時代は終わり、国内企業が連携して効率を最適化し、全体の利益を追求する時代が来たのである。強みのある部分は自社単独開発(クローズ)でよいが、弱い分野は他社と大いに連携(オープン)し、研究開発だけでなくビジネス全体を共有したほうが効率的だ。戦略的にクローズとオープンを組み合わせ、高い競争力を実現する。「研究開発・組み立て・パッケージ化・販売というサイクルを全て自前でやる」という固定観念を切り替えるべき時だ。ポイントは、ICTを駆使してサービス業と製造業をどう結びつけるか。日本は“ものづくり”を誇りにしてきたが、最早“ものづくり”の時代ではなく“ことづくり”――ストーリー作りが付加価値の源泉である。例えば、製薬会社では創薬成功の確率が極々限られるから、サービスを織り交ぜたへルスケア市場に商機を広げたい。健康維持や病気との付き合い方・ライフスタイルを提示する、まさにストーリー作りだ。その強化は製薬会社だけでは無理で、ICTで患者データを分析する体制が必要だ。だから、予防医学・検査機器・ソフトウェア等、医師と患者の間に関わる業界全体を見渡して、各企業を繋いだ新たなビジネスモデルを創ればよい。しかし、これを繋げる機能が日本には欠けているのである。ここへきて、経済再生担当の甘利明大臣を中心に、企業間連携を模索する政府の動きがある。これが要になる筈だ。

『Google』や『Apple』が自動車生産に参入するという現象は、デジタル化への世界的転換を象徴している。バーチャルからリアルへの進出が著しい。自動車も、乗り心地を売るアナログな市場から、自動運転というデジタルの市場へと変わっていく。経営だけでなく、社会システムも転換が求められるが、残念ながら日本は、この転換への対応が全て遅い。例えば、3交代制の工場なら8時間労働の規制は大事だが、ITの仕事はスマートフォン1つで仕事ができるから、労働時間規制は意味が薄れる。専門職の“脱時間給”は当然だろう。また、新卒の採用活動解禁は4月から8月へと繰り下げられたが、グローバル市場で勝負する企業は、欲しい時に欲しい人材を即採りたいから、通年採用が望ましい。日本人には「国際競争環境の変化に対応したくない」という抵抗感があって、“心の内なる岩盤”になっている。世界から切り離された狭い領域で静かに生きるならばよいが、最早そうはいかない。『日本年金機構』の情報流出にしても、東京オリンピックのエンブレム撮回にしても、これまで日本の組織ではあり得ないような緊張感の弛緩が見られる。安倍首相には、こうしたマインド全体を切り替えるような強いリーダーシップを期待したい。文明は病弊する。嘗てのイギリスは、内向きの産業保護政策が発端となって競争力が失われ、“イギリス病”と呼ばれた。だが、“鉄の女”サッチャーが規制緩和や民営化を断行し、イギリス経済は病を克服した。近年の日本も、目先の安定だけを追い求めるところがあるのではないか。日本が変化を嫌っている内に世界は激変し、このままでは五流国に堕ちていくかもしれない。日本がイギリスのように復活する為には、競争と変化を恐れてはならないのである。 《2015年10月2日・談》


小林喜光(こばやし・よしみつ) 『経済同友会』代表幹事・『三菱ケミカルホールディングス』会長。1946年、山梨県生まれ。東京大学大学院理学系研究科相関理化学修士課程修了。博士(理学)。ヘブライ大学・ピサ大学留学後、1974年に『三菱化成工業』(現在の『三菱化学』)に入社。2007年に三菱ケミカルホールディングス社長に就任。2015年に同社会長・『地球快適化インスティテュート』会長・経済同友会代表幹事に就任。


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