【2016年の15大問題】(13) 天皇“おことば”と“安倍談話”の亀裂

20160101 26
「“戦没者を追悼し平和を祈念する日”に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、先の大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たに致します」――2015年8月15日、天皇陛下は例年の通り、日本武道館で開かれる全国戦没者追悼式で、おことばを述べられた。例年、粗同じ内容を述べられるのが通例であるが、今回は幾つかの箇所で新たな表現が使われたのである。「終戦以来既に70年、戦争に依る荒廃からの復興・発展に向け払われた国民の弛みない努力と、平和の有続を切望する国民の意識に支えられ、我が国は今日の平和と繁栄を築いてきました。戦後という、この長い期問における国民の尊い歩みに思いを致す時、感慨は誠に尽きることがありません」(傍線は筆者)。そして最後に付け加えられたのが、“先の大戦に対する深い反省と共に”という一文だった。加筆の主旨は明白だろう。 戦後70年という節目を意識された上で、“平和の存続を切望する国民”と“深い反省”が表明されている。こうしたおことばや、一連の慰霊の旅等から伝わってくる天皇陛下の歴史的メッセージは一貫している。それは、昭和天皇の教えである追悼と慰霊を引き継ぎ、“先の大戦”への反省と復興への思いを継承しようというものだ。私は、このおことばを読みながら、その前日に発表された所謂『安倍談話』のことを思い浮かべた。

安倍晋三首相が読み上げた3400文字を超えるという長文には、幾つか決定的に欠けているものがある。1つは主語である。「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない」と安倍首相が言う時、その主語は何なのだろう? もう1つは文脈である。「事変・侵略・戦争。如何なる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」と安倍談話は謳うが、何を以て“侵略”とするかが問われる重要な言葉を、単に羅列し、唐突に憲法9条と接続させることで、文脈を無化しようとしている。その結果、安倍談話は歴史性を決定的に欠いたものになった。今現在の有効性のみに応えた妥協の産物ではあっても、歴史のメッセージ足り得ていない。戦後70年に政府から発せられた言葉は、歴史的な文脈を有耶無耶にする為のものだった。私は、そう感じた。つまり、歴史の継承を体現する天皇陛下の在り方と、安倍談話に表明された政府の方向性には、決定的な乖離があるのではないだろうか。私は長年、昭和史を研究し、また皇室と政治との関わりを考察する中で、1つの問いを抱くようになった。それは、「天皇と政治的指導者(殊に首相)の見解に相違が出た場合にはどうすべきなのか?」という問題である。この問題については、日本国憲法には第3条で以下のように定められている。「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ」。しかしこれは、「天皇の意に沿わぬことでも、内閣の思い通りに強制しても構わない」ということなのだろうか? 私がその懸念を特に深くしたのは、2013年4月28日に行われた『主権回復・国際社会復帰を記念する式典』の時だ。この式典は、後にも先にもこの時しか行われなかった奇妙な国家行事だった。抑々、サンフランシスコ条約発効の日である4月28日は、同時に沖縄・奄美諸島等が日本から切り離された日でもある。当然、この式典に対しても沖縄からは反発の声が上がった。また、占領を“戦争の継続”と位置付け、A級戦犯を合祀する歴史観との濃密な親和性も窺えた。




こうした式典に、政府は天皇皇后両陛下の出席を要請したのである。更には両陛下の退場の際、 テレビカメラの前で「天皇陛下万歳」の声が起きた。式典が発するメッセージと、両陛下の“追悼と慰霊”の歩みとは、明らかに隔たりがある。それだけに、皇室を強引に“政治利用”したと受け取られても仕方がない異様さが際立った。こうした事態は、安倍政権だけのものではない。遡れば2009年、民主党の小沢一郎幹事長(当時)が強引に宮内庁に働きかけ、中国の習近平副主席(当時)と天皇陛下との特例会見を行わせたことが想起される。小沢幹事長は「内閣の方針に宮内庁が従わないのは、日本国憲法の理念を理解していない」という趣旨の発言をしたが、天皇の会見・引見は“公的行為”ではあっても、内閣の助言を必要とする“国事行為”ではない。何れにしても、こうした事態は、戦後憲法が元々持っていた問題点が表面化したものだと言える。戦前までの「国体(天皇)の下に政体(政府)がある」という構造から、戦後は「政体の下に国体がある」と逆転した。それでも昭和の時代には、皇室の歴史的な在り方を尊重し、天皇の意向に反しない形を政府が模索し、自己抑制を利かせてきた。しかし、そうした“政府の自己抑制”の根拠は、日本国憲法には存在しない。また近年、加速する官邸主導・行政権力への一極集中が、“皇室の政府主導”の度合いを強めているとも言える。更に言えば、女性宮家の問題もある。小泉内閣以来、この問題は謂わば“放置”されてきた。しかし、現状を放置しては皇統の安定性を危うくするのは間違いない。昨今、秋篠宮家の眞子・佳子内親王への注目が増しているが、若い皇族の存在は、皇室、更には日本の歴史の連続性の象徴でもある。彼女たちの活躍が皇室を支える時代が既に来ているのだが、政府は何ら対応策を取ろうとしていない。「この国の歴史と今後を考える上で、皇室問題は今尚、避けては通れない重要なテーマの筈なのに」である。


保阪正康(ほさか・まさやす) ノンフィクション作家・昭和史研究家。1939年、北海道生まれ。同志社大学文学部卒。『昭和天皇実録 その表と裏』(毎日新聞出版)・『昭和史のかたち』(岩波新書)・『天皇 “君主”の父、“民主”の子』(講談社文庫)等著書多数。


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