【2016年の世界を読み解く】(02) 静のアメリカ・動乱の中国――世界の目がアメリカ大統領選と中東に向く中、見えてきた中国の限界と日本外交の選択

20160102 05
この世界には、“地震の巣”ならぬ“紛争の巣”と呼んでいい地域が3つある。それは、ヨーロッパ(旧ソ連との境界)・中近東・東アジアだ。何れも、ソ連・オスマン帝国・清朝といった大帝国が崩壊した後に紛争の巣となった。世界の焦点は前2者――つまりウクライナ問題とシリア問題となり、東アジアでの紛争は国際報道の画面から遠ざかっている。2016年も、この趨勢は続くだろう。しかし、北朝鮮が崩れるようなことがあれば、東アジアは震度7、若し中国が大きく不安定化するようなことがあれば(習近平国家主席のしていることは、ソ連を崩壊させたミハイル・ゴルバチョフ元大統領の政策によく似ている)、その震度は8、そして大津波となる。東アジアの大半は古来、中国を中心とする秩序の下にあった。朝貢を断って中国と外交上距離を置いた日本でさえ、文化や通商では一貫して中華圏に生きてきた。江戸時代、長崎には『唐人屋敷』と呼ばれる広大なチャイナタウンがあり、中国人はオランダ人より多く日本との貿易を手掛けていた。今のアジアは、中華圏にはなり得ない。アメリカが政治的にも経済的にもアジアのハブとなっていて、中国に依るアジア支配を許さないからだ。技術や企業経営等、イノベーションは粗常にアメリカに発し、東アジアはそれに追随、或いは下請けになる構造にある。現代が近世までと違うのはもう1つ、日本が世界第3位の経済力とかなりの軍事力で(海上自衛隊の戦力は中国海軍のそれと粗同等)東アジアに存在すること。更にはアメリカとの同盟関係、東南アジア諸国との緊密な関係に依って、中国とのバランスを図っていることだ。このヤジロベエ構造の中で、東アジア情勢は推移する。そこには古くから、様々な紛争要因がある。嘗ての紛争は今では“歴史問題”となり、ある時は政治家やメディアに煽られ利用されて、反日・嫌中・嫌韓等の新たな紛争を生み出す。インターネットやポップカルチャーの普及、観光客の増大で、東アジア諸国の市民間での共感と理解は実は大きく進んでいるが、一度紛争が起きればメディアはそれ一色となる。それに加えて2016年の東アジアでは、一連の選挙や政権の交代が不安定な情勢を齎す可能性もある。これら個々の紛争は、米中が関与してくるとマグニチュードが俄かに増すだろう。この2ヵ国は、東アジアにどのように関わっていくだろうか?

アメリカは大統領選挙の年を迎える。外交官を40年間やった経験から言うと、アメリカ大統領選の年には不思議と、大国が絡む大きな紛争は起こらない。中国であれロシアであれ、アメリカ大統領選の“イシュー”になりたくない。世界の諸悪の根源と名指しされ、アメリカ国防予算増強のダシに使われたくないからだ。米中関係は、2015年10月末にアメリカ海軍イージス駆逐艦が、南シナ海で中国が建設を進める人工島付近を航行して悪化の頂点に達した。ただ、その時でさえ双方の行動は抑制されており、その後の中国が融和的な外交を展開したことで、関係は再び改善しつつある。アメリカの大統領選目下のイシューは、イスラム過激派への対処だ。そして一段下がって、アメリカに恨みを持つロシアへの対処がその次のイシューで、アジアと中国は殆ど話題に上らない。アメリカは内向きなので、「自分たちの安全を直接脅かすもの」に先ず関心を持つ。他方、アメリカの大統領は任期も末になると、「北朝鮮の核開発を話し合いで抑制すれば手軽な業績になる」と考え、日本等の周辺諸国の迷惑も顧みないことが多い。クリントン政権の末期にはマデレン・オルブライト国務長官、ブッシュ政権の末期にはクリストファー・ヒル国務次官補が、この任務に邁進した。しかし、オバマ政権は一貫して北朝鮮の現政権に取り合わない態度を堅持しており、今に至るもそれを変える兆候は見られない。2016年、アメリカの動きがアジアの政治情勢を大きく変えることは予想できないが、経済面ではそうではない。『アメリカ連邦準備理事会(FRB)』の利上げでドルが上がるのか下がるのか、資金がアメリカに引き揚げるのかアジアに留まるのかが、アジアの経済情勢を大きく規定する。日中を含めた東アジアとアメリカ・EUは、これまでは貿易を通じたウィンウィン(共生関係)にあった。日本は部品と機械を供給し、中国で低賃金の労働力を利用して製品を組み立て、米欧に輸出する。そして米欧(日本も)は、東アジアに資本と技術を供給するという構図だ。中国での賃金上昇がこの構図を壊していくと(つまり、中国は西側企業にとっての輸出基地でなくなる)、東アジアは経済共生という安定維持装置を失い、各国が私利を求めて相争うことになるだろう。『環太平洋経済連携協定(TPP)』は、アメリカ議会共和党が当面批准しない姿勢を示している為、2016年には効力を発しないだろう。それでも、ここまで多数のアジア諸国が自由化と紛争処理手続きの厳格化に踏み切ったということは、中国にとっては圧力として作用し続ける。そして、TPPを始め一連の『自由貿易協定(FTA)』で、メキシコやチリのような中南米諸国が東アジアと経済的な一体性を強めていることも見逃せない。




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2016年に、中国は国家資本主義の限界を露呈するだろう。世界では、中国のGDPの数字を額面通りに受け取り、「2025年頃にはアメリカを抜く」というような俗論が罷り通っているが、それは中国の実体を全く見ていないことに依る。賃金水準が上昇した為、これまでの低賃金労働に依存した経済は成り立たず、さりとて消費・内需だけでは、これまでのような成長は実現できなくなっている。世界は“無限に伸びる中国”ではなく、“自らの不調を訝る中国”を相手にすることになろう。『アジアインフラ投資銀行(AIIB)』にしても、“一帯一路”路線に基づく中央アジアへの進出にしても、世上言われているほどの勢いはつかないだろう。中国がAIIBに注げる資金の余裕は減っているし、中央アジアは全体でデンマーク1国程度の市場規模しか持たないからだ。今の中国で気掛かりなのは、ペレストロイカ(改革)期のソ連と同じく“改革の罠”に嵌って混乱することだ。ゴルバチョフは、建前と実際が大きく乖離してエリートが特権を貪る腐敗したソ連を改革し、社会主義を再活性化しようとした。だが、ソ連共産党官僚は彼に抵抗する。同党から実権を奪ったゴルバチョフは、それに依って国を統治する装置を失ってしまった。今の中国でも、習近平と中央規律検査委員会の王岐山書記が中心になって進める党内の腐敗一掃は、密かに政権に敵対する勢力を増やしているに違いない。習は経済改革を唱えているが、彼の“改革”とは国有企業の強化・合併・再編で、外資への優遇措置撤廃の動きと合わせて、鄧小平路線(=中国の打ち出の小槌)の真っ向からの否定だ。中国は民主主義政体ではない為に、選挙というガス抜きの手段を持たない。国民の不満が溜まると暴発するしかない。過去2000余年に亘って中国の王朝は武力で建てられ、失政で滅んできた。現在の中国は近代国家以前、実は“中国共産党王朝”のようなものなのだ。その中国と似た専制国家のソ連では1980年代末、ボリス・エリツィンというデマゴーグ政治家に煽られて、地方が税収の上納を拒絶。中央政府は息の根を止められた。経済改革の失敗はハイパーインフレを起こした。2016年の中国は、そこまで混乱する状況にはない。最悪の場合でも、中央政府の権威が大きく低下し、一部の地方は従わずに経済は悪化して、大都市の近代的外観は維持されても、国民の大半は困窮化し、犯罪が横行する等と秩序が崩壊する(1990年代前半のロシアの様相だ)程度のことであろう。そこまで情勢が悪化しなかった場合、中国は周囲に向かってどう出るか。中国は今、「19世紀のアへン戦争以前の優越性を取り戻したい」という時代遅れの自我意識と、「経済を成長させる為には、世界との関係を良好に維持しなければならない」という現実の間で揺れている。軍備を拡張してみても、アメリカには結局追い付けない。しかも、2016年には経済成長率は益々落ちる。その中で、中国の外交は融和的なものになるだろう。「中国が父で、他のアジア諸国は子供」という“国際家父長制”的な態度は封印し、各国の主権を尊重するだろう。

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以上のように、米中が動因、或いは触媒となって、アジアで大きな紛争が起きることは考え難い。不確定要素として考えられるのは北朝鮮だ。内部から金正恩第1書記を倒す動きが出て、政権が代わるだけならいい。情勢が不安定化して核兵器の奪い合い、或いは半島再統一の話が出てくると、中米韓の動きと思惑が入り乱れて先が読めなくなる。尤も、独裁政権というものは、うっかり政権打倒の意図でも喋ろうものなら密告され、抹殺される危険が非常に高いので、滅多なことでは謀反は起きない。皆、黙って耐えて、そのうち1人また1人と粛清されていくのである。台湾では1月に総統選挙が行われ、今の情勢では民進党候補の蔡英文主席が勝つ可能性が高い。その場合でも、民進党政権が“台湾独立”を過度に進めて中国と武力紛争になる可能性は小さい。先ず、アメリカがそのような動きを抑えるし、台湾人自身も、今では大陸に膨大な利権を有することもあって自制するだろう。タイでは軍事政権の民政化移行問題が燻り続けているし、安定の重しであるプミポン国王に若しもの事があれば、後継者決定にタクシン・シナワット元首相一派も絡んでの大騒ぎが起こり得る。ミャンマー(ビルマ)では、1月に議会が招集されて新大統領を選ぶが、与党『国民民主連盟(NLD)』のアウン・サン・スー・チー党首と軍部の間の綱引きは、北部少数民族の平定に中国をどの程度関与させるか等を巡って、複雑な展開を見せるだろう。だが、これらの問題で米中が衝突し、紛争が大規模化することはないだろう。尚、韓国はアメリカ軍に抑止力の多くを依存しつつ、政治・ 経済的には日米中露の間で揺れ動く存在だ。対日関係を修復中だが、若しウォン高が是正され、経済が好調となれば、またいつでも反日ナショナリズムを前面に出してくるだろう。日本人は最近、腰が浮いている。アメリカには技術と企業経営効率で水を開けられ、中国と韓国には電器製品の生産で抜かれた。日本は戦後、これまでが出来過ぎだった。冷戦のおかげでアメリカから甘い汁を吸い尽くして、今日の経済を築くことができた。冷戦が終わった今は、アメリカもドライになった。だからといって、癇癪を起こして日米同盟も投げ捨てるようでは、日本の立場を悪くするだけだ。自国の置かれた状況や国力の限界をよく見詰め、安全保障では抑止力を、経済では技術力と経営の改善を地道に図っていくしかない。最近のように国際政治で武力や暴力が前面に出ると、日本の影は薄くなる。世界では、日替わりでニュースの主役が交代しているので、どの国が何をしても直ぐ忘れられる。2016年に東アジアで大きな動乱が起きる可能性が小さいのであれば、日本は無理をすることはない。5月に伊勢志摩で開かれるG7(主要7ヵ国)首脳会議も、どうせ直ぐ忘れられるものなので、日本は失点を防ぐことに力を入れれば十分だ。日本は戦前、中国での利権を巡ってアメリカと決定的な対立に至り、完膚無きまでに打ち負かされた。戦後は、共産化した中国に対する当て馬としてアメリカに利用され、自らはアメリカ軍を中国に対する抑止力として利用して成り立っている。その微妙なバランスを軽挙妄動で崩さないよう、サル知恵でなく、理性的な対応をしていきたい。 (外交アナリスト・本誌コラムニスト 河東哲夫)


キャプチャ  2015年12月29日・2016年1月5日号掲載
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テーマ : 国際政治
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