米利上げで変わる日本企業――設備投資や海外M&A加速、インバウンド消費に陰りも

アメリカが約9年半ぶりに利上げに転じ、日本は金融緩和が続いている。金利差拡大をきっかけに、2016年の日本企業の経営戦略は変わりそうだ。慎重だった国内の設備投資が加速し、海外M&A(合併・買収)も伸びる可能性がある。 (清水崇史・熊野信一郎・宗像誠之・大竹剛)

20160105 01
「世界中のカネがどこに流れていくのかをよく見ていかなければならないが、アメリカのビジネスは未だ伸びる」(『日立製作所』の東原敏昭社長兼COO=最高執行責任者)。利上げに依ってアメリカ経済の堅調ぶりを再認識した経営者は少なくないが、『アメリカ連邦準備理事会(FRB)』の決定は、日本の輸出製造業にとって戦略転換のきっかけとなる可能性がある。『パナソニック』は2015年8月、加湿空気清浄機の生産ラインを春日井工場(愛知県春日井市)に新設した。2006年、国内向け空気清浄機は全量を中国生産に切り替えたが、上位機種の組み立てを中国から戻した。日本の輸出型産業は、事業の採算が為替相場に左右されない“為替フリー”の経営を心掛けてきた。今や、顧客がいる国や地域に近いところで生産し、販売する地産地消は経営の大原則だ。しかし、アメリカの利上げと日銀の金融緩和継続が決まり、日米の金利差は当面、縮小し難い。「今年3月末までに1ドル=130円まで円安が進む可能性がある」(『野村証券』チーフ為替ストラテジストの池田雄之輔氏)。パナソニックが一部とはいえ生産の国内回帰を決めた理由の1つは、この円安基調だ。米利上げを見越したかのような動きを見せるのは、パナソニックだけではない。『日産自動車』は来春から、九州工場(福岡県苅田町)で北米市場向けに輸出する新型『ローグ』(日本名:エクストレイル)の生産を年10万台規模でスタートする。現在、九州工場で生産している車種の一部を追浜工場(神奈川県横須賀市)等に移管する見通し。日産全体で国内生産は純増となり、「2016年は目標の100万台を達成できそうだ」(カルロス・ゴーン社長)。『三菱ケミカルホールディングス』傘下の『三菱レイヨン』は、大竹事業所(広島県大竹市)の生産能力を2016年央までに1.5倍に引き上げる。自動車や航空機の部材として、特に海外需要が見込める炭素繊維を増産する。『川崎重工業』も約250億円を投じて、『ボーイング』向けに旅客機の胴体等を生産する工場の新設・拡張に踏み切る。

各社の経営判断の拠り所となるのが、ドルベースで見た国内の生産コストだ。『第一生命経済研究所』の試算に依ると、1ドル=130円で国内の単位労働コスト(企業が一定のモノを作るのに必要な賃金)は、前回125円を付けた2002年と比べて15%ほど下がる。これに対して、既にアメリカの単位労働コストは23%上昇し、中国は2.3倍に跳ね上がっている。国内生産は、寧ろ企業の競争力を高めることすらある。同研究所エコノミストの星野卓也氏は、「国内の生産コストは3年連続の賃上げを織り込んでも、未だ優位に立つ」という。安倍政権は法人減税と引き換えに、企業に現在70兆円に上る国内設備投資の上積みを迫っている。これに対して、経団連の榊原定征会長が「10兆円程度増やすことが可能だ」と語ったことは、企業経営者の間で評判が芳しくない。「民間企業の足を縛るような話。抑々、人口減が進む中で国内投資は考え難い」(大手メーカー首脳)。しかし、アメリカの利上げが風向きを変える可能性が出てきた。新興国経済は先行き不透明感が増している。中国では鋼材の需給悪化に歯止めがかからず、その煽りで『新日鉄住金』等の鉄鋼大手は今期、減益を見込む。『キリンホールディングス』はブラジルの景気減速が原因で、傘下のブラジルのビール大手の業績が悪化。2015年12月期に1000億円超の特別損失を計上し、上場来初の最終赤字に沈む。そこにアメリカの利上げが重なった。「景気回復は鈍い」との見方から、国際的な海上運賃指数(バルチック海運指数・1985年=1000)はアメリカの利上げと相前後して、先月16日に過去最低の471まで下げている。『商船三井』は運航隻数を増やす戦略を転換。今年3月末は911隻と、1年間で36隻減らす。自国通貨の下落圧力を弱める為に、メキシコやチリ、中東産油国は相次いでアメリカに追随する形で利上げを決めた。しかし、頼みの資源価格が下げ止まらないうちに金利を上げれば、新興国経済は一段と悪化しかねない。「アメリカの利上げは、日本企業の新興国戦略にとってはマイナス」との見方が一般的。しかし、実はそうとも言い切れない。




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『オリックス』はこのほど、インドネシアで自動車ローン会社を80億円ほどで買収した。事前の交渉が始まってから最終契約を結ぶまで2年余を要したが、代表執行役副社長の小島一雄氏は、「アジアでは不動産から企業まで、あらゆる資産の価格が、ここ1~2年で3割ほど下がった」と話す。更にこの間、円安よりも速いペースで新興国通貨急落が進んだ為、割安な買収案件となった。足元でも、水面下で多くの投資案件が動いている。「アメリカの利上げペースは緩やかなので、企業はM&Aに必要な資金を調達し易い。市場に出回る投資案件が増えており、1つひとつ丁寧に検討していく」(小島副社長)。一般に円安が進むと、円で支払う海外M&Aが割高になる為、手を出し辛くなる。しかし、アメリカの利上げで、新興国の企業や事業は却って買収し易くなるという訳だ。M&A助言の『レコフ』(東京都千代田区)に依ると、日本企業に依る海外企業のM&Aは去年、初めて10兆円を超えた。物流・金融等で大型M&Aが相次いでいる。アメリカの利上げをきっかけとした新興国通貨の下落は、日本企業の買収意欲をよりかき立てる可能性がある。逆に利上げと、それに伴う新興国通貨安が逆風となりそうなのが、急激に伸びているインバウンド消費だ。去年の中国人訪日客は、前年に比べ約2倍に増えた。一因は、この3年間で3割ほど進んだ“円安・元高”である。しかし利上げ以降、「人民元の購買力が弱まれば状況は変わる」(大手ホテルチェーン)と警戒する向きがある。既に、大手百貨店5社が発表した去年11月の売上高(既存店ベース・速報値)は、5社中4社が前年同月を下回った。訪日外国人の来店が急増する契機となった2014年の免税対象拡大から1年が経過した反動もあるが、『高島屋』では外国人向け免税販売の伸びが1.8倍(2014年11月は2倍超)と、節目の2倍を割り込んだ。去年の訪日外国人の数は11月までに1796万人と、前年同期比で47.5%も増加。「2020年までに2000万人」とする政府目標を前倒しで達成することは確実な情勢となった。その勢いは足元では衰えそうになく、去年の訪日客の消費は3兆円を超える見込み。インバウンド消費が曇るようだと、国内景気全体に影響を及ぼす可能性がある。

■北米の在庫が枯渇、前倒しで生産増強する  『富士重工業』社長・吉永泰之氏
「アメリカの自動車市場は、年間需要が1740万台程度と過去最高となる勢いで、利上げの影響は大きくないだろう。我々も北米の在庫の枯渇が続いており、生産能力の増強を前倒しする。アメリカの利上げは何回かに分けて実施されるとの見方が多い。金利上昇でリース費用が上がらないように、支援金を増やす必要もありそうだ。自社の販売奨励金は約600ドルだが、業界平均は約3100ドル。他社は(信用力のやや低い)サブプライム層が若干増える等、市場は稍過熱気味で、動向を注視したい。 (聞き手は熊野信一郎)

■円安で買収価格高騰も、M&Aを積極的に進める  『コニカミノルタ』社長・山名昌衛氏
2016年は新興国経済に不透明感が増し、こうした地域に力を注いできた日本企業の成長が踊り場に差し掛かる可能性がある。当社は打開策の1つとして去年5月、マレーシアで次世代の工場を開設した。自動化を進め、景気・為替・人件費に左右されない生産体制を構築する。M&Aについて、円安だと買収額が高値になると懸念する声があるが、それは買収が手段より目的になっている時だ。当社は価値を見極めるノウハウを持つ。今後も戦略ありきで積極的にM&Aを進める。 (聞き手は松浦龍夫)

■訪日客は数より単価、収益高める戦略に磨き  『ロイヤルホールディングス』社長・菊地唯夫氏
2016年の経営環境は悪くない。ロイヤルホスト等の外食事業では、為替の影響は限定的だ。懸念していた牛肉の仕入れ価格も、中国の輸入規制等で一先ず落ち着いている。ホテル事業は訪日客の恩恵で、去年1~9月期の部門決算は11%増収、経常利益も4割近く伸びた。但し、この状況は他社も同じ。訪日客は、サービスにきちんと対価を払うことに慣れている。国産食材等を積極的に使い、客足が多少落ちても単価で収益を底上げする戦略に磨きをかけていく。 (聞き手は河野紀子)

■値上げでコストを吸収、効率化の余地はある  『三菱食品』社長・井上彪氏
2016年は徐々に消費動向が上向くだろう。ここ1~2年、円安に依る原材料費等の上昇に対し、食品メーカーは商品の値上げや内容量を減らす等してきた。品質の向上もあり、値上げは小売りにも浸透した。米利上げで円安がどれほど進むかはわからないが、これまでの値上げにエネルギー価格の下落も重なり、コストは賄えている。ただ、流通業界の商慣習は無駄が多い。流通の各段階で重複業務や非合理的な費用等を業界全体で効率化する余地は大きい。 (聞き手は大竹剛)


キャプチャ  2015年12月28日・2016年1月4日号掲載


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テーマ : 経済
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