【中外時評】 危うい賃上げ継続――環境変化に後れ取る労組

今年も前年を上回る賃上げへの期待が高まる中、春の労使交渉が始まる。だが、出だしから肩透かしを食った感がある。自動車・電機等の産業別労働組合からなる金属労協が決めた賃金改善(ベースアップに相当)の要求方針は、2015年の“月額6000円以上”の半分の“3000円以上”に留まるからだ。賃上げ要求が弱気になったのは、物価を踏まえて要求を組み立てている為だ。生鮮食品を除く消費者物価指数は、原油安の影響で10月まで3ヵ月連続で前年比マイナス。2015年の“6000円以上”の要求は物価上昇が裏付けになったが、今回は物価の伸び悩みから大幅な賃上げ要求は控える形となった。賃上げで消費を刺激し、企業の投資を引き出して経済を元気にしようという時に、労組の方から要求を抑えるのは何ともわかり難い。

1955年に“春闘”が始まって以降、物価を翌年の賃金に反映させる方式が定着してきたが、これが意味を持ったのはインフレ時代だ。時代の変化に合わせ要求方式も変えて然るべきだが、慣行に捉われていると言える。変化に労組がついていけていない点は未だある。要求額の足並みを揃える“統一闘争”もそうだ。企業の業績にバラつきがあると要求が低めに抑えられ、好業績企業では獲得できたかもしれない高めの賃上げを逃しかねない。限界が見えるのが電機・情報産業の統一闘争。グローバル化やデジタル化の波に乗れたか等、経営の巧拙に依って業績格差が拡大している。統一闘争は、業績が苦しい企業の経営者を賃金交渉の土俵に乗せる効果があるとされるが、過去には業績悪化で『パイオニア』や『シャープ』が離脱した。統一闘争の機能は薄れ、堅調な企業の賃上げの足を引っ張っている懸念が強い。自動車や電機大手がリード役になり、その賃上げを全体に波及させるというパターンも実態とのズレが生じている。自動車・電機の賃上げが波及し易い製造業は就業者数が減り、サービス業の従事者が増えているからだ。




厚生労働省の雇用政策研究会は、経済成長が進まない等の場合、2030年には医療・福祉分野の就業者数(910万人)が製造業(874万人)を上回ると推計する。産業構造は刻々と変化しているが、製造業に比べて見劣りするサービス業の賃金水準の底上げは力強さを欠いている。継続的に賃金を上げていく為に、労組には環境変化に柔軟に対応する力が求められる。企業に依って戦う市場も戦略も収益力も多様化した今、横並びの要求ではなく、其々の企業の労組が賃上げの最大化に努めるしかない。問われるのは、上場企業で約100兆円に上る手元資金の活用等といった経営者の力量だが、企業の成長力を高める為に雇用改革等で労組が協力できるところは多い。2010年に8200万人弱の生産年齢人口(15~64歳)は、2027年に7000万人を割るとされる。一方、企業の成熟分野からの撤退が進み、“社内失業”状態の社員が急増しかねない。『リクルートワークス研究所』は、「事業活動に活用されていない“雇用保蔵者”が、2015年の401万人から2025年に497万人に増える可能性がある」と予測する。

労働力不足は企業の成長を妨げ、余剰人員の増加は生産性を下げる。共に、持続的な賃金上昇には取り払わねばならない問題だ。両面の対策について、各企業の労組は賃金論議の中で経営側と意見を戦わせてはどうか。社内失業対策は、新しいスキル(技能)を身に付ける教育訓練の充実が基本だ。配置転換が進めば、労働力不足を補う効果もある。社員が他企業に移って力を発揮する道も用意する必要がある。40代までを雇用契約の区切りとする制度も、選択肢の1つになる。労働力不足対策では、長時間労働を改めて女性や高齢者が働き易い環境を作ることが第一。重要なのは、生産性を高める視点だ。非正規社員のスキル習得を支援し、待遇を改善しながら付加価値の高い仕事をしてもらうべきだ。専門性の高い外国人等の外部人材を採り易くする人事制度改革も途上にある。年功制の廃止も管理職に留まっている企業が多く、未だ甘い。大企業の初任給に業種や企業間の格差があまり無いのも、海外からは奇異に映る。労使で議論すべきテーマは山積している。政府の賃上げ要請で“官製春闘”の呼び名が生まれ、今年で3年目。労使で持続的な賃上げの環境を整えられないなら、政府が圧力をかける隙を作るだけだ。 (論説副委員長 水野裕司)


≡日本経済新聞 2016年1月10日付掲載≡
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