【日曜に想う】 9条シャツ、9条せんべい

音楽番組のキャスターとしてお馴染みのピーター・バラカンさん(64)から先日、意外な話を聞いた。昨秋、東京都心の広尾から六本木へ歩いていたところ、2人の警察官に呼び止められたという。「どこかへ抗議に行かれる予定ですか?」「え?」「貴方の服に“9条”と書いてありますので」――“No.9 NO WAR”“LOVE & PEACE”、シャツの胸にそうプリントされていた。「これで僕に質問ですか?」「抗議活動があれば事前に把握したいので」。安保法が強引に可決されて1ヵ月も経たない金曜日の昼下がりのことだ。「それにしても…」とバラカンさんは余憤を隠さない。「日本に40年住んでいますが、こんなことは一度もなかった。広尾や六本木は仕事や子供の学校で親しんだ街。驚きました」。FM局へ収録に向かう途中だった。シャツに“憲法”という文字は無かった。「“9”の字が見えたら、誰でも警官が呼び止めるのでしょうか。仮に僕がデモに行く途中だったとしても、それはそれでとんでもない話。日本は何だか危ない方向へ行ってませんか?」

バラカンさんの話から、数字の“9”が頭に次々浮かんだ。音楽ならベートーベンの第九。野球なら魔の9回。京都には九条せんべいだってある。特産の九条ネギを使ったお菓子だが、このご時世、若しや何か酷い目に遭っていないか。製造元の1つである京都市東山区の『三善製菓所』を訪ねた。「今も焼いてます。ただ、“憲法9条ねぎせんべい”式のゴロ合わせの宣伝は控えています。商売には右も左もありませんから」。知恩院に近い店で経営者の男性(63)は淡々と語った。商品化したのは十数年前。自衛隊のイラク派遣で論戦が続いたころだ。「海外で隊員を危険に曝したくない」という思いを込め、一時は9条2項の条文を包装紙に貼った。今は違う。「2~3年前から世間の雰囲気がガラッと変わりました。世の中がここまで右傾化すると用心もいります」。誰もが感じている通り、日本の雰囲気はこの2~3年で驚くほど変わった。人口が減り、国の借金は増えた。成長戦略は見えず、中国は強大化していく。官邸だけでなく人々も気持ちに余裕が無く、万事ギスギスしてきた。些細な日本批判が気に障る。




象徴的なのは、アメリカの映画『アンブロークン』を巡る騒ぎだ。アンジェリーナ・ジョリー監督が日本軍の捕虜虐待を取り上げた。アメリカ国内では一昨年の秋に封切られ、数十ヵ国で上映された。日本公開は遅れに遅れた。来月6日から上映されることになったものの、「反日」「日本を貶める」といったインターネット上の反発は尚消えない。偶々私は昨年、出張中に国際線の機内で見た。一体どこが反日なのか、さっぱりわからなかった。主人公を甚振る日本兵の加虐癖は不快だが、アメリカ映画でのロシア人やイスラム教徒たちの歪められ方に比べたら、ものの数ではない。一頃の中国抗日映画のように、愚かで小心な日本人の描写が延々続く訳でもない。『B29』に依る空襲の場面では、アメリカ軍の残虐さも一応は指摘されている。この映画を見て「侮辱された」と憤る人が本当にいるのだろうか? 若しいたら、失礼ながら、その方々の了見の狭さは流石の私をも上回る。日本兵に依る捕虜虐待を扱った映画は幾つもある。『戦場にかける橋』(1957年)や『戦場のメリークリスマス』(1983年)等。これらの作品でも、虐げる役の人物造形は『アンブロークン』と大差ない。それでも当時の日本には、見もしないで“反日”と決めつけて上映を妨げるような動きは無かった。優れた映画なら正当に評価する度量もあった。今、時代の狭量さを示す例には事欠かない。映画・服・せんべい…。幾らでも挙げられるのが情けない。 (特別編集委員 山中季広)


≡朝日新聞 2016年1月17日付掲載≡
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