【中外時評】 政府機関の移転は進むか――“見えざる遷都”も必要

地方創生の柱の1つである政府機関の地方への移転問題が、大詰めを迎えている。政府は昨年12月、移転候補を34機関に絞り込んだ。現時点で“組織全体の移転”が実現しそうなのは『国立健康・栄養研究所』ぐらいだ。3月の決定に向けて、文化庁等も追加できるかが焦点になる。「『我が国は今、歴史上記念すべき一歩を踏み出しました』。2010年のある日のこと。X市に完成した新国会議事堂で衆議院議長がこう宣言した。窓の向こうに見える国会は陽光に映え、眼下には観光客で賑わう人工湖が輝く。かなたには山の稜線がかすむ」――。これは、20年前の1996年1月4日の本紙に掲載された首都機能の移転問題に関する特集面の記事の一節だ。前年末に、政府の調査会が2010年頃までの新首都の建設を求める最終報告を纏めた。それを参考に、新首都に赴任した中堅官僚のA氏の暮らしぶりを描いた物語である。

新首都の人口は2010年の時点で10万人、最終的には60万人の都市群を建設する予定だった。その後、政府は1999年に移転候補地を3ヵ所に絞り込んだが、2000年代に入り、財政難もあって議論は急速に萎んだ。移転を検討する法律は今もあるが、事実上、白紙撤回された。この新首都の建設を国の機関の全面移転とするなら、それに先立って一部移転にも取り組んだ。1980年代の終わり、竹下内閣の時だ。その際、約70機関の移転を決めたが、移転先は横浜等の東京近郊ばかりで、首都圏以外に移ったのは国税庁の『醸造研究所』(現在の『酒類総合研究所』)等の3機関だけだった。地方への移転という意味では成果は乏しかった。今回の試みは3度目の挑戦と言える。しかし、政府内の検討状況は芳しくなく、世論の盛り上がりにも欠ける。その背景には2つの理由があるのだろう。東京一極集中の是正を目指している点は、過去も今回も同じだ。但し、嘗ての移転論の主眼は地方振興よりも東京の過密問題の解消にあった。当時の東京は地価が高騰し、通勤地獄や交通渋滞等の様々な問題を抱えていた。




例えば、竹下内閣が一部移転を決めた1988年の東京圏の公示地価は、前年に比べて65%も急上昇した。これに対して、2015年の上昇率は1%に満たない。東京側に国の機関の分散を求める理由が乏しい。2つ目は、法的な位置付けが曖昧な点だ。過去2回は、『国会等移転法』や『多極分散型国土形成促進法』を基に検討された。地方創生の根拠法である『まち・ひと・しごと創生法』には「東京圏への人口の過度の集中を是正する」とは書いてあるが、その手段として政府機関の移転を明記している訳ではない。その分、省庁側は及び腰になる。安倍政権は、東京に集中する企業の本社機能の移転を後押ししている。そこで、「国の機関も取り組まなければ説得力がない」(石破茂地方創生担当大臣)と本格的な検討が始まったのが今回の取り組みだ。気になるのは、各省庁が移転に反対する理由だ。主に2つある。1つは、「地方に移ると、国会対応や他省庁との連絡調整に支障が出る」ということ。もう1つは、「東京を離れると人を集め辛くなる」点だ。東京は便利で様々な機能が集積しているから移れない。これでは、東京一極集中を自ら容認することになる。

『世界の首都移転』(山口広文・著)に依ると、イギリス・スウェーデン・韓国等、海外でも首都に集まる国の機関の分散を進めた事例はかなりある。スイスのベルン等のように、大都市以外に首都を置く国も少なくない。首都直下型地震に備える意味でも、安倍政権は今回、一定の成果を上げなければならないだろう。一方、全国津々浦々に政府機関が移る訳ではないから、過度な期待は禁物だ。地方創生で最も大事な点は地方の企業群の潜在力を引き出し、人の流れを変える点にある。首都機能の移転論議が活発だった1990年代に、移転への反対論として“見えざる遷都論”があった。「地方分権や規制改革こそが重要で、それを進めれば、首都を移さなくても東京に集まる政府機能は小さくできる」という主張だった。「東京と新首都の両方でお役人のご機嫌をうかがうのだから民間には迷惑な話だ」。冒頭で紹介した20年前の記事は、新首都で暮らす官僚のA氏に対して、大手商社に勤めるA氏の友人が零す場面で終わっている。「分権も規制緩和も進んでいない」為だ。地方創生の為にやるべきことはまだまだある。 (論説委員 谷隆徳)


≡日本経済新聞 2016年1月17日付掲載≡


スポンサーサイト

テーマ : 地方自治
ジャンル : 政治・経済

Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR