82歳で“男”を初体験! 『薔薇族』元編集長・伊藤文學のアウトロー人生

日本のゲイの世界を変えた男と言っても過言ではない。39歳の時に創刊した『薔薇族』は、これまで日陰の存在だった同性愛者にとって、まさに干天の慈雨だったろう。今や83歳になった伊藤文學氏から驚きの事実が語られた! (取材・文/フリージャーナリスト 石井謙一郎)

20160123 05
美輪明宏さんと対談した時、「伊藤さんにはゲイのことが生理的にわからないだろう」と言われたことが心にひっかかっていた。美輪さんは昭和46年7月に『薔薇族』を創刊して以来の理解者だが、他の多くのゲイからは「男と寝たことがないから本当のことはわからない。ゲイを食い物にしている」という中傷さえ受けた。「ところが去年3月、82歳にもなって僕は初めて男を経験したんです」と伊藤さんは告白する。「50歳過ぎの関西のお坊さんでね。渋谷のホテルから電話をかけてきた。コース料理をご馳走になってから、35階の部屋に入った。『オイルマッサージをやる』と言うから、脱がなきゃならないじゃない? お坊さんは、もう裸になっている訳。『あ、愈々かな?』と思ったら、案の定だった」。で、初体験の感想は? 「『まあ、こんなもんかな』と思った。でも、気持ちはよかった。その時は娼婦のような気持ち。だって、帰りにタクシー代3万円頂いたから(笑)」。同性愛について語ることは長い間タブーであり、同性愛者は偏見と好奇の目に曝されてきた。伊藤さんが大きな衝撃を受ける事件が起こったのは、昭和58年のこと。17歳の高校生が書店で『薔薇族』を万引きして見つかり、「トイレに行く」と言ったまま飛び降り自殺してしまったのだ。「『同性愛に対する偏見を無くしたい』と、あの時ほど強く思ったことはない」。その交流の為に作ったのがゲイ仲間の文通欄だ。最大で1146通を掲載したこともある。雑誌の使命を痛感したのはエイズ上陸の時だ。アメリカで最初の患者が同性愛者だった為、エイズは同性愛者の病気と見做されていた。偏見を広めぬよう、『薔薇族』は予防キャンペーンを展開した。そんな時、1人の読者から電話があった。この読者へのインタビューが、昭和60年8月号の『日本人エイズ患者に単独会見!!』。これは、『薔薇族』最大のスクープ記事となった。抑々、ゲイではない伊藤さんが何故『薔薇族』を創刊したのか? 「あの時代、ゲイの本を出すなんていうのはかなり勇気がいったんだけど、思い切って『ホモテクニック 男と男の性生活』という本を出した訳。手応えが良かったから、雑誌の創刊に踏み切った。創刊号は1万部。自信はあった」。ピークは平成5年頃。発行部数は3万を超え、ページ数は400を超えた。「半分が広告で、1号当たり1800万円入ったこともあった」。休刊に至った一番の原因はインターネットの普及だ。交際相手探しが手軽にできる時代となり、平成16年9月に休刊を余儀なくされた。現在、『薔薇族』は伊藤さんの手を離れて存続している。


キャプチャ  2015年12月31日・2016年1月7日号掲載


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テーマ : 同性愛
ジャンル : 心と身体

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