【日曜に想う】 マグロあるいはメディアの憂鬱

築地市場のマグロの初競りは、何故“ニュース”か? 今年は、約200kgの大物が1400万円。3年前の1億5540万円もテレビや新聞で大きく報じられた。「大物のいいマグロは普通300万円前後。初競りは初詣みたいなもの。お客さんに良いもの出したいし、漁師さんへの感謝の気持ちも込めて、ご祝儀相場にはなる」と木村清さん(63)。今年も3年前も競り落とした寿司チェーン店『すしざんまい』の経営会社『喜代村』の社長だ。だから、「その分、少し上がって450から600万円というのであれば妥当なところだが」。それよりも更に高くなれば“ニュース”には違いない。だが、どうしてこうも跳ね上がるのか? 「数年前から、テレビを意識して参加する人が出てきた。宣伝効果を考えるんでしょうね」。社長は、落札価格が程々のころから初競りに参加しており、「自分には宣伝の意図は無い」と強調する。尤も、自身も名刺には“史上最高値1億5540万円落札!!”と謳っているけれど。今年は、移転する築地市場で最後の初競りで、集まった報道関係者は100人近く。目立つニュースになり、小紙東京本社版も夕刊1面で報じた。競り参加者の意図がどうあれ、人々に知らせる効果は絶大だ。

“疑似イベント”という言葉が浮かぶ。人々の期待に合わせて仕掛けられたり、メディアがそこにいるから起きたりする人為的な出来事を指す。シカゴ大学のダニエル・J・ブーアスティン教授が1962年に著した『THE IMAGE』(邦訳『幻影の時代』)で使った。メディアの発達が社会に齎す意味を論じた名著だ。その言葉を手がかりにしてみる。カメラマンや記者がいなくても初競りは行われるが、途方もない価格での落札は起きただろうか? 出来事と距離を置いて伝えるのが“ニュース”だけれど、実は自分たちがいなければ起きなかったかもしれない。社長は、「マスコミさんが自分で話題にして『宣伝狙いじゃないか』なんて、天に唾を吐くことになるよ」と痛いところを突く。疑似イベントの広がりは、こんなわかり易い事例に留まらない。教授に依ると、あらゆる分野に及ぶ。人々のイメージ通りの経験を提供する観光、期待に応えるセレブたちの情報…。とりわけ、政治とメディアの関係は危うい。現実的な政策よりも、イメージや幻影を伝えたい人たちとそれを期待する人たちをメディアが繋いでしまう。討論会や記者会見は屡々疑似イベントに変容する。




この本が書かれて既に約半世紀。メディア社会はインターネットの登場で一層複雑さを増している。それが政治とメディアの関係も揺さぶる。東京工業大学の西田亮介准教授(32)は、「嘗て、政治家が影響力を持とうとするとマスメディアしかなかった。批判されながらでも付き合った。それがインターネットの普及で変わった。有権者に訴える手段がマスメディアに限られなくなった」と指摘する。だとすれば、政治の疑似イベントはテレビや新聞だけでなく、インターネットという新しいメディアに向けても演出されることになるのだろう。『メディアと自民党』という著書もある准教授は、若い世代と繋がりが強いインターネットの台頭に最も敏感だったのが自民党で、今も戦略を進化させているという。その自民党が支える安倍晋三首相は、「現実的段階に入った」と改憲に強い意欲を見せる。インターネット戦略も、そこに焦点を合わせるのだろうか? 「日本には、民主主義や憲法についてそれほど確固とした共通感覚が無いように思う」と准教授。イメージ戦略がかなり効果を上げ得る土壌という訳だ。「議論がメディア戦になると冷静に選択できるか、危惧します」。疑似イベントと化さない議論を紡げるか? 新旧メディアが値踏みされる。 (論説主幹 大野博人)


≡朝日新聞 2016年1月24日付掲載≡
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