【タモリが見た東京】(下) 青春編…早稲田・渋谷

20160130 15
能町「学芸大学駅の下宿を出た後、早稲田の後輩の部屋に居候することになったところまでお聞きしましたが、その時は2年生ですか?」
タモリ「2~3年ぐらい。余所の人が泊まっちゃいけない下宿だったんですけども、どういう訳か俺は家主のおばさんに可愛いがられて、おばさんのところで飯まで食っていましたから。だから、居候の天才なんですね。結局、その技術が赤塚不二夫に生きる訳。その部屋は一番大学に近いんで、そのうち他にもクラブの友だちが来て、酔っぱらって寝たりなんかして。結局、ずっと入り浸っていたんです。仕舞いには洗濯まで始めて。思い出した! 俺は、そこの渾名が“洗剤”だったんですよ(笑)。というのは、おばさんに見つかった時に洗剤を持っていて。偶々『洗濯しなきゃ…』と思って洗剤を買ってきただけなんですよ。そうしたらおばさんが見て、『あんた、学校に洗剤持ち歩いてるの? 珍しいね』と。それから『洗剤さん、洗剤さん』って」
能町「洗剤さん(笑)」
タモリ「その建物は、もう無いんですけどね。このおばさんも結構長生きして、“笑っていいとも!”(フジテレビ系)に2回ぐらい観覧に来ましたかね」
能町「『洗剤さんが出世した』って(笑)」
タモリ「そう。今は亡くなっちゃいましたけど」
能町「一旦、福岡に戻るまでずっとその辺ですか?」
タモリ「そう。1部屋に1~3人下宿人がいたりとか、そういう家が一杯ありました。この辺のお風呂屋の凄い近くに先輩がいて、何回か遊びに行ったことがあるんですけど、夏の夕方に『風呂入るか』と言って、部屋で脱ぎ始めるんですよ。『エッ、ここで着替えるっておかしいな。着替え持っていかねえのかな』と思ったら、全部脱いで、タオルで前をこう隠して、下駄履いて外に出て行く」
能町「えーっ!」
タモリ「俺も『えっ?』って。そしたら、『だって、直ぐそこだよ?』って言う」
能町「そういう問題じゃない(笑)」
タモリ「先輩の言うことだから、俺も俯きながら下駄履いて。行きはタオルがピッとなっているんですけど、帰りは濡れて段々垂れ下がって隠し辛い(笑)」

能町「当時の早稲田キャンパスって、どんな感じだったんですか? 学生運動がありましたよね?」
タモリ「最初、うちのクラスに革マルが2人、民青が1人いて。早稲田紛争が2年の時に起きて、学生運動が激しくなるんですよ。学校は封鎖で行けなくなって、革マルの奴から最終的には詰られたんです。『意識が低い』って。確かに、『政治に興味無いな』と自己批判して(笑)」
能町「ちょっとだけ自己批判したんですね(笑)。当時、西洋哲学科ですよね?」
タモリ「そう、西洋哲学の暮らす約40人の中に革マルが2人」
能町「そう考えると、学生運動に嵌まっていた人は抑々少ないものなんですね」
タモリ「少ないですよ。半分ぐらいがやっていた感じで言われますけども。ただ、娯楽も無かった。学生運動はカネがいらないでしょう。デモは運動にもなるし(笑)」
能町「じゃあ、半分ストレス解消みたいな」
タモリ「そういえば、激しく俺を詰った革マルの奴に何年後かに会ったんですよ」
能町「へえー!」
タモリ「ある作家の人と待ち合わせて、その人の打ち合わせが終わるのを近くで座って待っていたら、打ち合わせの相手がそいつだったんです。それで、じーっと見ていたら、直ぐそこにいて俺が見ているのに一切目を合わさない。全く俺のことを無視するんです。その作家の人に聞いたら、やっぱり同じ名前。大手の出版社で出世しているんですよ。それからもう1人の革マルは、ゴルフ練習場で声をかけてきたんです。『森田?』『おお』と言って。小さいながらもIT企業の社長をやっていました。あの頃の学生運動の奴らって結構、出世するんですよ。一旦、体制側になると」
能町「ゴルフ場で声をかけてきた人は、タモリさんのことをどう思っていたんですか?」
タモリ「自分が詰ったことを忘れて、兎に角、懐かしがっていたんです。それで、『何十年後かにゴルフ場でこんな出会いするんだ。凄いな』と思って…。それっきり会わないですから。全く運命は無い!」




能町「確かに(笑)。大学に女子学生はあまりいなかったんですか?」
タモリ「少なかったです。クラスに3人ぐらい。クラブでも学年で1人ぐらい。あの頃の学生で彼女がいるなんてのは珍しいですよ。女の子がお酒を飲む席に来なかったですから。先ず、カネも無いでしょう。今は全部割り勘だけれども、当時、男はデートの費用は借金してでも作るもの。そんな余裕無いですから、童貞がウヨウヨですよ。理論ばっかりは言うんですけど」
能町「早稲田の居候時代に、ジャズ研のマネージャーで給料を貰うようになるんですよね」
タモリ「トランペットやっていたのに、呼ばれて『お前、喋りのほうが上手いから喋り行け』と言われて、2年でクビ」
能町「『お前のペットは笑っている』って言われたんですよね(笑)。でも、ショックはありましたよね?」
タモリ「結構、ショックだった。でも、直ぐ『これは喋るほうが面白いな』と。露木茂さん、あの人も司会をやっていたって。あの人はアナウンス研究会からの出向。司会は大体、そこから出向してくるんです。2人で話すと、やっぱり『あの頃は稼いでいたな』って」
能町「大学内で“出向”ってあるんですね(笑)」
タモリ「出向なの。でも、モダンジャズだけは専門的な知識がいるんで、自分のクラブから誰かを出すようになったんです」
能町「マネージャーのお給料はどこから出るんですか?」
タモリ「“年末ダンスパーティー”っていうのを、各クラブが1ヵ月半ぐらい毎日どこかでやって、それが全部クラブのカネになるんです。演奏旅行もあります。俺、マネージャーと司会もやっていますから、人よりも倍ぐらいギャラがいい。大卒の初任給の3~4倍」

能町「うわー凄い! 余裕の生活ですね。贅沢したりしなかったんですか?」
タモリ「学生としては、いいところ行ってましたよ。福岡の隣の家の、同い年のトミコちゃんっていう幼馴染がいるんです。それが東京に出てきた時に『何か御馳走しよう』と。『あんまり福岡じゃ食べられないものがいい』って言うから、ドイツ料理に連れて行ったんです。六本本でアイスバインとかを食べさせて。俺は覚えていないんだけど、心付け程度に、少し余計にカネを払ったらしいんですよ」
能町「ちょっと調子に乗っていますね(笑)」
タモリ「もう、何十年か早いバブルですよね。1人バブル。で、トミコちゃんが帰って、それをうちの親父に報告したんです。『凄くカネがあった』って言ったみたいで、そしたら親父から『悪の世界に入っているのか?』みたいな凄いハガキが来て。親父は兎に角、真面目だったですからね」
能町「如何わしい商売でも始めたんじゃないかと(笑)。でも、学生で六本木に連れて行くって、当時でも相当リッチな生活ですよね」
タモリ「学生が行けないようなところばっかり行っていましたね。店では、『どこかのお坊ちゃまだ』と思われたりしていたみたいですけどね」
能町「それでも友だちの家に転がり込んでいたんですね」
タモリ「そうそう。『洗剤さん』って言われて」
能町「ギャップが激しい(笑)」
タモリ「――それにしても、昭和40年代の東京の写真を見ていてもピンとこないんですよね。『あれ? こんなに汚かったかな』と。『もっと都会っぽかったのにな』と思うことが多々あります」

能町「地下鉄は、東京に来て初体験ですよね?」
タモリ「そう。転がり込んだ部屋の奴もあんまり東京を知らないんですが、ビックリしたのはそいつと渋谷から地下鉄に乗ろうとした時、ありとあらゆる地下の入り口に行っても地下鉄が無いんです。途方に暮れてボーッと空を見たら電車が走っていて、『あれ、山手線じゃないな』って」
能町「ああそうか、銀座線! まさか、山手線より高いところを地下鉄が走っているとは思わないですよね」
タモリ「それに乗ったら直ぐ地下に入ったんで、それから俺、『東京というのは、何と起伏に富んだ街なんだろう』と思って、興味を持ち出したんです」
能町「渋谷は谷を越えて直ぐ地下に潜りますもんね。じゃあ、街や起伏に興味を持ったのは地下鉄がスタートだったんですね!」
タモリ「大都会の真ん中に起伏に富んだところがこんなにあるのは、世界でも珍しいだろうと。それから街を歩くようになって、坂道が好きになって」
能町「福岡の頃は、あまりそういうことを考えていなかったんですね」
タモリ「うん。街の周辺に坂道があるのは当たり前だけど、東京は真ん中に坂道があって、しかも坂道を登っても降りても未だ街っていう、それが不思議で」
能町「じゃあ、渋谷も当時、結構歩いたんでしょうね。ジャズ喫茶もあるし。飲んだりもしたんですか?」
タモリ「あの頃は、酒はそれほど飲まなかったですね。百軒店のほうにジャズ喫茶が3軒ぐらいあったんですよ。“オスカー”や“スウィング”とか」

能町「“名曲喫茶ライオン”は、今もありますね」
タモリ「去年、あまりの懐かしさにライオン行きましたね。線路の横の小っちゃな飲み屋街(のんべい横丁)、今の渋谷もあそこだけは一緒ですね。あと、渋谷駅の西口の飲み屋街」
能町「当時、大きな建物は何ですかね?」
タモリ「昔のパンテオン、東急文化会館。上にプラネタリウムがあった。文化会館の1階に洋菓子の“ユーハイム”っていうところがありまして、ここの店員に凄い惚れていて。ケーキあんまり食べないのに行っていた(笑)」
能町「へえ! その後、何かあったんですか?」
タモリ「友だちが『そんなに好きなら俺が言ってきてやる』と言って間に入ってくれて、1回デートしたんですよ。喫茶店に行って、食事して」
能町「おお」
タモリ「で、それから何ヵ月か後に友だちと2人で渋谷を歩いていたら、その子も向こうから友だちと2人で道玄坂を下ってきたんですよ。『エーッ! こんなことがあるんだ』と思って、お茶飲んで電話番号聞いて。『これは運命だ。付き合おう』と思って、後日、ユーハイムに行ったらその女の子がいない。『あの子はどうしたんですか?』って聞いたら、『田舎からお父さんが来て、連れて帰りました』って。それっきり会っていない。だから運命は無い!(笑)」
能町「運命、徹底的に無いですね…」
タモリ「東京の街が教えてくれたことは、『運命は信用しない』ということ!」
能町「でも、坂は信用する」
タモリ「そう。坂は信用する!」


キャプチャ  2016年1月14日号掲載
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