【中外時評】 北方領土交渉への視座――厳しさ増すロシアの対応

安倍晋三首相が早期のロシア訪問に意欲を示している。日本は今年、5月に伊勢志摩で開く『主要7ヵ国(G7)首脳会議(サミット)』の議長国を務める。その立場も利用してロシアとの対話を深め、懸案の北方領土交渉の進展を促す心積もりなのだろう。首相の非公式な訪露案は元々、プーチン大統領が打診した。本来の順番である大統領の訪日計画が中々実現しない中、ロシア側が次善の策を示した訳だ。その意味で、大統領も日露対話に前向きと見ることはできる。実際、ロシアの外交政策で日本の位置付けが上がる兆しは窺える。1つは、ウクライナ危機に伴う国際的な孤立との関連だ。原油安と欧米の経済制裁の影響でロシア経済は昨年、マイナス成長に陥った。モスクワ国際関係大学のドミトリー・ストレリツォフ教授は、「欧米との対立は最早限界で、『西側の反露戦線を崩すには、包囲網が最も弱い日本を相手にすべきだ』との意見が政権内に浮上している」という。

もう1つが、中国依存への警戒感だ。アジア外交でバランスを取るには、日本との関係にも配慮する必要がある。背景には、対中接近に依る経済的利益が然程見込めない失望感もあるようだ。ロシアの大手銀行幹部は、「欧米の制裁で中国からの資金調達に期待したが、融資条件が想定以上に厳しい」と嘆く。東シベリアの天然ガスを中国に供給する大型契約も、当初は中国からの前払い金をパイプライン建設費用に充てる計画だったが、ロシアは自己資金で進めている。『エネルギー研究所』のタチヤーナ・ミトロワ部長は、「中国は前払いでなく高利の融資を提示し、ロシアが拒否せざるを得ない条件を強いた」と見る。更に、国際舞台で存在感を誇示するプーチン大統領の外交姿勢も、今年のG7議長国の日本には追い風だ。『世界経済国際関係研究所』日本経済政治部のビタリー・シュビトコ部長は、「大統領は、大国との首脳間の接触や訪問を特に重視する。それ自体が国際政治面での彼の権威を認めることになるからだ」と言う。




とは言え、こうした順風が北方領土交渉の進展に結び付く訳ではない。「平和条約と領土問題の解決は同義ではない」。直近のラブロフ外務大臣の記者会見の発言は、それを如実に示した。日本とは平和的に共存しており、「平和条約を結んでいないという実感も無い」とまで言い切った。一方で外相は、「如何なる問題も避けはしない」と領土交渉を続ける意思は示したが、厳しい条件を付けている。要約すれば、

(1)平和条約締結後に歯舞・色丹の2島の日本への引き渡しを定めた1956年の『日ソ共同宣言』は両国が署名し、批准した唯一の文書だ。
(2)宣言は“善意の証し”として引き渡しが可能だとした。つまり、両国が「第2次世界大戦の結果、4島はソ連領になった」と認めるのが前提だ。
(3)日本が大戦の結果を認めなければ交渉は前進できない。
(4)問題解決を促すあらゆる相互協力、特に外交分野の協力拡大を望む。日本は、アメリカ追随ではない独自の外交を見せてほしい。

との趣旨だ。

日本では、「プーチン大統領はラブロフ外相ほど厳しくない」という楽観論もあるが、現政権はプーチン氏に権力が集中する。大統領の意向を反映した発言と見るべきだろう。「プーチン氏は2000年に大統領に就任した当初、全ての領土問題を数年で解決しようと真剣に考えた。今はその目標は消え、状況はより厳しくなった」とシュビトコ部長は見る。更に、「大統領は今でも、『仮に日本がロシアの主張を受け入れ、2島で決着できるなら、国内世論に関係なく実現できる』と考えていると思うが、その場合でも日本から価値ある対価を得ることが条件になる」と予測する。その対価とは何か? 「経済協力は、今は二義的だ。より重要なのは、日本が欧米と距離を置いて国際舞台でのロシアの役割を認め、世界やアジアの問題を解決する対等なパートナーと見做すことだろう」。ハードルがより険しくなっていることは疑いない。ストレリツォフ教授も、「大統領は当初、56年宣言に基づく早期解決を確信していた。今は日本が受け入れないとの認識の下、状況に応じてその都度、曖昧な対日戦術を続けることが唯一の方策となっている」と語る。来月には日露の外務次官級協議が開かれ、首相の訪露が議題に上る見通しだ。首脳間の信頼醸成は大切だが、明確な戦略無しに対話を重ねても、都合良くロシアに利用されるだけなのかもしれない。 (論説副委員長 池田元博)


≡日本経済新聞 2016年1月31日付掲載≡


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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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