「俺は刑務所で“廃人”にされた」――今も昔も絶えない“塀の中の人権蹂躙事件”を元受刑者が怒りの告発!

刑務官に依る暴行、医務官による虐待、女性受刑者へのセクハラ等、刑務所内における“事件”は絶えないが、今は何かと煩い時代。ムショ生活も以前に比べてマシになったと思っていたが…。刑務所収容時代に受けた傷が原因で今も真面に社会復帰できないでいる男性が、刑務所の実態を明らかにした――。 (取材・文/フリージャーナリスト 井川楊枝)

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杖を突きながら歩くその姿は痛々しかった。「2013年6月に、右足の土踏まずにシコリができたんですよ。若しも刑務所に入っていなかったら、ここまで悪化はしていなかったでしょう」。針生勝さん(45)は、苦渋に満ちた表情でそう言う。神奈川県横浜市で生まれ育った針生さんは、中学2年生の頃から地元の暴走族グループに所属し、鑑別所に2回、少年院にも2回入った。その後は極道となり、刑務所には水戸・徳島・横浜・網走・府中と計5回入所。45年間の人生のうち、18年間を堀の中で暮らしている。「徳島は2007年に刑務官に依る暴行事件等も起こったので、酷かっただろうって思われるかもしれません。でも自分の場合、全然そんなことなかったですね。寧ろ凄く待遇が良くて、あの事件が起こった時には『嘘だろう…』と思ったぐらいですから。でも、府中は本当に酷かった」。全国最大の3000人以上の収容人数を誇る府中刑務所に入ったのは2012年11月。不良に犯罪の片棒を頼まれ、現行犯で逮捕された。5年求刑の3年半の実刑だった。刑務所歴の長い針生さんを以てしても「酷い」と語る府中刑務所の実態は如何なるものだったのか。「先ず、怒りを覚えたのは“医務の件”でした。自分は狭心症を患っていたんですが、ある晩、心臓が苦しくなったので報知器を鳴らしたんですね。でも、いつまで経っても誰も来ないんですよ。2時間とか3時間も。本来だったら15分に1度は回らないといけないってなっていたけど、階段とかで看守同士で喋ったりしていたんでしょうね」。心臓であれば、少し遅れれば一大事にもなりかねない。そんなことは小学生にもわかる筈だ。だが、刑務所に入って1年ほど経った頃、針生さんは新たな病に侵されていることが発覚する。右足の土踏まずにシコリが生まれたのだ。

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「痛みが酷くて、先生が触ってもそのシコリがわかったぐらいでした。診察してもらったところ、MRIを撮ることになりました。8月には反対の左足にもシコリができたので、『両方、MRIを撮ってくれ』と頼んだんですが、『今回は右だけしか申請していないから』ということで右足しか撮ってもらえませんでした。全く融通がきかないんです。結果、腫瘍等はありませんでした。『筋肉痛ではないか』と言われたんですが、4月になったらもうどうしようもなく痛くなって…」。車椅子の使用許可が降りたが、当初は使用させてもらえなかったという。担当に異議申し立てをしたものの、医務にすらも通わせてくれなかった。そのことを責めたてたところ、“強要”や“不正要求”の処分を受けることとなったという。「1週間後に担当が変わり、車椅子で通えるようになりました。同じ受刑者の中には腹の下にシコリができた人がいたんですが、彼は診察願いも書かせてくれないし、女性看護師も見てくれなかった。結局、1ヵ月ぐらい経ってから診察してもらったんですが、その頃にはかなり症状が酷くなっていましたね」。刑務所は医者不足であり、満足のいく診察を受けられないというのはよく聞く話である。しかし、針生さんの話を聞く限り、刑務所側は「態と診察を受けさせない」という意地悪を行っているように思えてならない。「その後、診断結果は足底腱膜炎から筋肉痛、菌になったりと移り変わりました。2014年9月17日に、何故か府中から立川刑務所に移ることになったんです。当時、法務省から監査官がやって来ることになっていたんですが、自分が苦情を訴えると言っていたから、恐らくそれで飛ばされたのでしょう。でも、その立川には整形外科すらも無かったんですよ。医務課長は自分の症状に理解してくれていたけれど、満足な診察も受けられず、専門でもない医師が『腫瘍が見受けられる』とか適当な診断をしたりと、酷いものでした。左足のMRIも一向に受けられず、更に土踏まずの痛みを庇う為に歩いていたところ、へルニアも患ったんです」。出所後に診察を受けたところ、足底腱膜炎と診断されたが、医師からは「ここまで悪化したのは、碌に治療せずに放置したからだ」と言われたという。




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こうした医療の問題以上に、針生さんが憤りを覚えていることがあるという。「2014年6月25日に懲罰審査会にかけられ、その決定を翌日に言い渡されたんですが、そこで間違った審査が下されたんですね。無事故賞(一定期間、刑務所内で事故を起こさないでいると貰える賞のこと)を持っていなかったのに、『無事故賞を剝奪する』旨を宣告されたんです。その日に申し出たんですが、4日間、音沙汰がありませんでした。30日目、遂に頭にきたので担当に文句を言いました。そうしたら2区長が来て、『無事故賞については撤回する』と言われたけれど、説明も謝罪も何もありませんでした。何で審査会では幹部が10人もいるのに、誰一人として無事故賞の確認をできなかったのか。そして、何で『申し訳なかった』の一言すらなかったんでしょうか」。それ自体は些細な誤りではあった。しかし、その後の7月7日、裁決書を見て、針生さんは堪忍袋の緒が切れた。針生さんからその裁決書を見せてもらうと、こう記載されている。「なお、本件懲罰の執行に当たって、同所職員が申請人に対し、無事故賞をはく奪する旨を誤って告知した事実が認められるが、その後、同月30日、誤りに気付いた際、同所職員が申請人に対し、謝罪したことが認められる」。一言も謝りなど受けていないのに、何故「謝罪した」等と記載されているのか。所長の代理からは「間違えた報告をした」と言われたが、これは法的書類であり、その訂正すらもされなかった。刑務所の人を食ったような対応に納得できない針生さんは、法務大臣・弁護士会・視察委員会・東京矯正管区に不服の申し立て・事実の申請・人権救済の申し立てを行った。針生さんは、その配達を記録した郵便書留を取り出して筆者に見せてくれたが、十数枚と重なるその用紙の束には、彼の堪えようのない憤りが感じられた。

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「反応は芳しくなかったですね。明らかに刑務所側の落ち度なのに、ずっと無視され続けましたよ。弁護士会も何もしてくれませんでした。こうした人権侵害を弁護士が無視するのは如何なものでしょう? 囚人には唯一、“不服申し立て”という権利があるけれど、これだと何の意味もありません。所長も1年以上、全く非を認めず、自分の落ち度を隠し通そうとしました。刑務所は受刑者の更生を目的としているのに、刑務官自体が誤りも認めず、不正を行っているんです!」。出所後の現在も、針生さんは足の裏の痛みからコルセットを装着し、杖を突く生活を余儀なくされ、満足に働くこともできない。医療費も嵩み、借金塗れとなっている。テレビすら無い家で、解離性障害や人間不信といった精神的疾患の症状に苦しんでいる。「府中刑務所に入って廃人になりましたよ。今は30円しかないし、将来設計も見い出せない。自殺するか、『また刑務所に行こう』等と考えてしまいます。国家賠償を要求するにしても、誰の助けも無いし…」。苦しげに吐き出す針生さんの話には救いが無い。しかし、この事実が公になることで受刑者の不服申し立ての制度が見直され、人権について見直されるのではないか――。それだけが、今の針生さんの心の拠り所となっているようだった。

■国家権力を笠に着る勘違い“横暴”刑務官
刑務所内での力関係は絶対だ。刑務官が囚人に対して暴行に及んだり、女性囚人に対して性的関係に至ったりすることは、表沙汰になっていないだけで数多いと思われる。「刑務官の中にも話のわかる人はいたけど、国家権力を笠に着ることで『自分は偉い』と勘違いし、受刑者に暴力を振るう人はどこの刑務所にも必ずいる」と元受刑者(40代・男性)が語る。酷い場合、殺人にまで至る。『名古屋刑務所リンチ殺人事件』においては、革手錠付きのベルトで腹部を締め、受刑者2人が死傷した“革手錠事件”と、肛門に消防用ホースで放水して受刑者1人が死亡する“放水事件”が起こった。当初、刑務所側は「急性心不全」と偽って法務省に報告したものの、4ヵ月後、同様に革手錠の虐待を受けた囚人が弁護士会や監獄人権センター等に人権救済を申し立てした結果、この事件が明るみに出る。仮にその受刑者が訴えなければ、殺人は隠蔽されたままだった。世間から隔離されたその施設では、人権を蔑ろにした虐待が頻繁に起こっているのだ。


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