【中外時評】 忍び寄る全体主義の影――大衆迎合、統合も脅かす

20世紀の世界を戦争と破壊の惨禍に巻き込んだ全体主義は、本当に消え去ったのか? 政治家が大衆受けする政策で勢力を伸ばす国々では、とうに滅んだ筈の亡霊が蘇ろうとしているのかもしれない。公開中の映画『サウルの息子』を見た観客は、いきなり地獄の真ん中に放り込まれたような錯覚に陥る。舞台はドイツ占領下のポーランド、アウシュビッツ強制収容所だ。ガス室での大量殺害、極限状況での人間の姿を、労務班の男の目を通して描いている。カメラは主人公の顔と背中のアップを追い続け、殺戮場面等ははっきりは見えない。ぼやけた映像と音で想像するしかない。だが、この手法で恐怖は却って現実味を帯びる。強制収容所は、全体主義国家だったナチスドイツが個人の自由を奪い、人間をモノとして扱う為に作った究極のシステムだった。

その舞台となったポーランドで、強権的な政治運営が強まっている。昨年に誕生したシドゥウォ政権は、民族主義的な色彩の濃い保守強硬派で、“強い国家”の復活を掲げている。政府批判を封じる為に、昨年12月には憲法裁判所の力を弱める法改正を行った。更に、先月にはメディア法も改正して公共放送のトップをすげ替える等、相次いで政府の権限を拡大している。そこには、国家に権力を集中させる全体主義的な姿勢が垣間見える。強権政治には“お手本”がある。『サウルの息子』のラースロー監督の祖国でもあるハンガリーだ。オルバン政権は、既に2010年には、報道を締め付けるメディア法や憲法裁判所の権限縮小等を盛り込んだ新憲法を成立させている。ポーランドに先行して、国の権力を強める政治運営を進めている。両国は旧東欧の社会主義国だったが、体制崩壊後に経済開放を進めて高成長を続ける等、共に民主化の“優等生”と呼ばれ、2004年には『ヨーロッパ連合(EU)』に加盟している。それが何故、強権化するのか。背景にあるのは国民の不満だ。2008年の金融危機以降に経済不振が続き、所得格差が広がる等、国民の不満が高まり、大衆受けのする政策を掲げないと政権が維持できなくなっている。どちらの国も、EUや独仏等といった大国への不満を強調しながら、排外的なナショナリズム・民族主義に訴えて、国民の支持を着実に広げている。




更に、こうした姿勢を勢いづけたのが、シリア等からヨーロッパに大量に流入している難民の問題だ。対応できないほどの流入に加えて、イスラム過激派組織等に依るテロに対する不安も、政府の排外的な対応を後押ししている。ハンガリーでは、国境にフェンスを建てて難民や移民を閉め出したことを国民が歓迎し、政権の支持率が上昇した。こうした流れは東欧だけでなく、ヨーロッパ各国にも広がり、排外的な政治勢力が支持基盤を広げている。反難民・反移民感情の高まりを背景に、フランスやドイツでは右派の政党が伸長し、一方でイギリスやスペイン等では左派が支持を伸ばしている。しかも、強権的な政治勢力同士が互いに連携する動きも出てきている。排外的・強権的な政治勢力の支持拡大は危険な傾向だ。大恐慌で路上に失業者が溢れた1930年代には、民族主義を掲げて国家への権力集中を説く全体主義者ファシストが世界各国に現れた。

国民の不満を吸収して成長したと思ったら、いつの間にか、法律を変えて個人の自由等を制限し、独裁者が出現した。軈て秘密警察のような組織や強制収容所を作って、国民を抑圧したドイツのような例もある。勿論、歴史の教訓がある。時代背景も経済情勢も違うので、強権的な政権の伸長が直ぐに嘗てのような全体主義の復活に繋がることはあり得ない。だが、排外的な政権同士の連携が進めば、統合を進めてきたヨーロッパを分裂の危険に晒しかねない。ポーランドやハンガリーは、何れもEUに懐疑的な姿勢を強めており、EU離脱を検討しているイギリスとも接近している。危機感を持ったEUは、「基本理念である“法の支配”に反する恐れがある」として警告しているが、効果は見えない。強権化の連鎖を断ち切るには、ヨーロッパの盟主となったドイツが指導力を発揮すべきだが、難民対策で手一杯で手が回らないようだ。EUの分裂は、世界を混乱に巻き込みかねない。ヨーロッパの危機対応力が試されている。 (論説委員 玉利伸吾)


≡日本経済新聞 2016年2月7日付掲載≡


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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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