【“疑似科学”と科学の間】(03) 氾濫する怪しい健康情報…疑似科学を担ぐ医師と科学者たち

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酵素ジュースに酵素ダイエット…。ご存知だろうか? 「酵素を食べて体の代謝を高めれば、ダイエットや疲労回復に効果がある」という説。昔から唱えられていたが、2012年頃から女性誌等で盛んに取り上げられブームとなった。科学的にはとんでもない理論で、典型的な疑似科学だ。酵素は蛋白質なので、口から入れても消化されアミノ酸に分解される。食べた酵素が体内で活性を保ち、代謝を助けることなどあり得ない。ところが、「野菜等の自然の酵素で体の活性化を」というのは、自然大好き系には魅力的らしい。「野菜や果物を数日から1週間発酵させ、酵素を増やして飲みましょう」等というインチキレシピが、雑誌やインターネットにがんがん掲載されていた。私が月刊誌の連載記事で、「酵素を食べて効くというのは間違い」と取り上げたのは2013年7月。でも、一科学ジャーナリストの警鐘なんて負け犬の遠吠えみたいなものだ。とは言え、「もうそろそろブームも終わりかなあ」等と思っていたら、消費者庁がやらかしてくれた。同庁は「食材を無駄にしないように」と、インターネットのレシピサイト『クックパッド』で様々な調理法を提供しているのだが、2015年6月に“使いきり”酵素ジュースのレシピを公開したのだ。「果物をスライスして、瓶に砂糖と交互に重ねて漬け、1日1回素手でかき混ぜて発酵を進めろ」と言う。ご丁寧に、「手に付いた常在菌が発酵を進める」とコツまで説明されていた。しかし、公開から数十分後にはクックパッドから消えた。ツイッターで、「消費者庁が、酵素ジュースをすすめている」「素手でかき混ぜるなんて、食中毒が起きるぞ」と大騒ぎになったのだ。消費者庁は後に、「食品衛生上の問題が生じる恐れがある為、削除した。チェックが不十分だった」と託びている。このレシピは、ある地方のNPO法人が作成し、地元自治体が消費者庁に提供したもの。ということは、この疑似科学を自治体も消費者庁も見逃したということですか? これが、日本のお役所仕事だ。

酵素ジュースに限らず、健康情報には疑似科学・ニセ科学が蔓延っている。私の専門である食の分野を見ると、ダイエットは酵素ジュースの亜流が多く、大ブームになった朝バナナダイエットやグリーンスムージーも酵素の摂取効果を謳っていた。デトックス(解毒)も人気のキーワードだが、薬物依存症の治療等といった一部の医療行為を除けば、根拠は無い。通信販売やドラッグストア等で売られている、所謂“健康食品”にも疑似科学が多い。「血糖値が下がった」「癌増殖を抑えた」…。宣伝をよくよく見ると、動物実験や細胞実験の結果であり、ヒトでは確認されていない。「いや、『食べたら効いた』という体験談が広告に沢山載っているから、ヒトでも効果があるんでしょう?」。そんな風に尋ねられるが、体験談は充てにならない。“プラセボ効果”は強力だからだ。プラセボ、つまりニセ薬。効果のある成分が入っていなくても、投与されると“信じる気持ち”が体まで変えるのか、痛みが消えたり、血液測定のデータが改善されたりする。医薬品等の実験で、プラセボ効果が予想以上に大きいことが確認されている。尤もらしい健康情報のトリックは他にもある。お馴染みなのは、“量”の軽視。「タマネギは血糖値を下げる物質を含む」と、テレビ番組等でタマネギ料理が頻繁に紹介されたことがあった。群馬大学の高橋久仁子名誉教授が調べたところ、ラットの論文はあったが、ヒトでは効果が確認されていない。しかも、ラットで効果のあった量から推定して、ヒトの大人では生タマネギを1日に50kg食べないと効かない。化学物質の効果は量に依って著しく異なり、例えば食塩数百gを一気に食べれば死ぬが、1日数gずつなら問題ない。だが、「量が重要である」という科学の基本は、健康情報においては屡々無視される。相関関係と因果関係の混同も目立つ。「日本人はパンを食べるようになって癌が増えた」「牛乳の消費量が増えて骨粗鬆症が増えた…」。何でも言える。実際には、一方が変化すればもう一方も変化するという“相関関係”があるからといって、一方が原因で片方は結果であるという“因果関係”が成立するとは限らない。海外には、相関関係は見事にあるが因果関係はないグラフを並べたお遊びサイトがあり、人気だ。グラフの1つをご紹介しよう(右上図)。ニコラス・ケイジが出演した映画の本数とプールでの溺死事故件数。1999年から2009年までグラフの形は粗一致し、相関関係あり。だが、「ニコラス・ケイジのせいで人が溺死する」と主張する人はいないだろう。




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短期的な流行や笑い話で済めばいいのだが、こうした科学を装うトリックは、時に深刻な影響を及ぼす。福島第1原子力発電所事故の後、放射性物質の排出効果ありとして様々なものが話題に上ったが、根拠が無く、却ってリスクや不安を増幅するケースがあった。例えば海苦。医師らが事故直後、「避難所のおにぎりに海菩を巻いてあげれば、子供の放射線被曝が軽減される」とラジオで発言したり、インターネットで情報を流したりした。確かに、甲状腺に沃素が多ければ、新たに取り込んだ放射性沃素の蓄積が減る。だが、海苔に含まれる沃素量は極僅かで、あの混乱期に「おにぎりに海苔を巻け」というのは、避難者や支援者を苦しめるものでしかなかった。「もっと沃素を」は、「沃素を含む消毒剤(『イソジン』等の商品名で売られている)を飲めばいい」という話にまでなり、インターネットで一気に広がった。独立行政法人『放射線医学総合研究所』は2011年3月14日、『インターネット等に流れている根拠のない情報に注意』という文書を公表し、「体に有害な作用を及ぼす可能性のある物質も含まれるので、飲むのは絶対にやめてください」「飲んでもヨウ素含有量が少なく効果がありません」等と呼びかけた。私自身もその後、お母さんたちから度々尋ねられた。「子供を放射線から守りたい。デトックスしたい。週刊誌に載っていた健康食品はどうですか? あの果物を毎日2個食べさせたら、本当に防げるのですか?」。答えはノーだ。疑似科学が許し難いのは、それを信奉することに依り、人々が適切な医療や食生活から遠ざかってしまい、健康を大きく損ねたり、心を病んだり、実害を生むのが屡々だからだ。

疑似科学・ニセ科学の裏側には、往々にして医師や科学者が存在する。儲けを狙って、医学的に確立されていない療法をクリニックの売りにしたり、健康食品の広告塔を務めたりする科学者も少なくない。こうした“確信犯”が描くストーリーは単純でわかり易く、テレビや雑誌等にも取り上げられ易い。真面目な研究がメディアで報じられる内に変質し、とんでもない疑似科学に化けるというケースもある。京都大学の研究チームが2012年に発表したトマトの研究が典型だろう。「トマトでダイエット」等と雑誌やテレビ等で取り上げられ、トマトジュースが店頭から消えるほどのブームとなった。『カゴメ』の調査に依れば、2011年は116億円だったトマトジュースの市場規模は、2012年には250億円に膨らんだ。では、トマトジュースを飲んだら痩せられるのか? そんなことは論文には書かれていなかった。実験でわかったのは、トマトジュースに含まれる特定の成分を合成してマウスに与えたところ、血中の中性脂肪が下がり、脂肪の代謝系が活発になったということのみ。体重減少効果は無かった。ところが、「血中中性脂肪が低くなり、脂肪代謝系が活発になっている」→「脂肪が燃えて無くなる」→「体重減少」という三段論法で、「トマトやトマトジュースを摂れば痩せられる」となってしまった。研究チームに依れば、記者会見に集まった新聞記者たちは比較的、落ち着いた記事を書いたという。ところが、そこから伝言ゲームのように拡大解釈が広がり、テレビのワイドショーやインターネットメディアではダイエット効果のニュースになった。トマトは食物繊維やビタミン類等が豊富な野菜だから、消費量が上がるのは悪くない。しかし、更に大きなビジネスチャンスに繋げたのはサプリメント業者だった。「寝ている間に勝手にダイエット!?」「寝る前に飲むだけで努力無し!?」等と、雑誌・チラシ・インターネット等に宣伝が躍った。2013年12月、消費者庁は企業に対して景品表示法違反で措置命令を出した。当たり前だが、ダイエット効果の根拠が無かったのだ。京都大学の研究を歪めて報じたメディアの責任も大きい筈だが、景品表示法では情報を媒介した者の責任は問われない。

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メディア関係者の中にも一般市民と同じように、動物実験とヒト試験の区別・相関関係と因果関係の違い・量の重要性・体験談の無意味さ等、知らない人たちが多い。科学的根拠となるのは第一に学術論文だが、英文の論文に目を通して確認するジャーナリストは少ない。取材力が低いと、儲けや売名に走ったり、自説のみに固執したりする医師や科学者のいうことを鵜呑みにしてしまう。それに、コツコツ進む科学は地味だ。「トマトに含まれる成分を合成して、それをマウスに大量に食べさせたら、脂肪代謝系が活発になり…」より、「トマトで脂肪燃焼!」のほうがわかり易い。しかも、人目を引く。センセーショナルになる。こうして、報道は派手に過激になり、事実から逸れて科学ではなくなってしまう。こうした現象は実のところ、世界各国で起きている。但し、日本は深刻のようだ。少々古い学術論文だが、日本の『国立がん研究センター』とアメリカ合衆国ミネソタ州にある名門総合病院『メイヨークリニック』が、インターネットにある肺癌に関する情報の質について研究し、『Journal Thoracic Oncology』で報告した(2009年7月号)。アメリカでは『Google』、日本では『Google』『Yahoo! JAPAN』という2つの検索エンジンを使い、肺癌の治療についてよく読まれている50のサイトをピックアップし、その内容の科学的妥当性を調べた。すると、アメリカのサイトは80%が適正だったが、日本は50%以下しか妥当でなく、10%以上が民間療法の宣伝だったのだ。日本と欧米の違いの理由の1つは、科学者の動きかもしれない。欧米には、マスメディア等で話題になった健康情報等の間違いを科学者が指摘するサイトが幾つもある。イギリスの科学者を中心とする市民団体『Sense about Science』は、疑似科学やおかしな報道に対して「Ask for Evidence(根拠を尋ねろ!)」というキャンペーンを展開している。欧米では、情報発信や間違った情報の是正が社会に対するアウトリーチとして大学や研究機関で評価される。一方、日本では同様の活動が評価され難い。寧ろ、研究がマスメディアに大きく取り上げられ、テレビ出演等を果たすことが業績となり、研究費獲得にも繋がる。それが最も顕著に表れたのが、『理化学研究所』元研究員の小保方晴子氏に依るSTAP細胞の会見だろう。一方、インターネットで小保方論文の瑕疵を指摘した人や、同研究所で事実の解明に尽した科学者たちが大きく昇進したという話は聞こえてこない。

では、私たち一般市民は疑似科学にどのように対処したらよいのだろうか? 少なくとも、心引かれる主張・説があったら、単なる相関関係に依るものでないことや、ヒトで確認されていること、それも体験談や小規模の投与試験ではなく、プラセボ効果等を排した試験を行い論文として発表されていること、摂取量が妥当であること等をチェックしてもよいだろう。「国が隠している」「大手企業が私利私欲を貪る」というような“陰謀論”が、今や成立し難くなっていることも知っておいてほしい。医学・栄養学・食品のリスク等、健康に関わる情報は世界中で研究され、ある程度は公開されている。嘘を吐いたら、世界中から集まるデータと整合性がなくなり、ばれ易い。ばれたら世界に知られ、社会的な制裁を受ける。「そんなリスクは負いたくない」と大手企業も国も通常の神経であれば考える。私の専門である食の分野に戻れば、健康への一番の近道は決まっている。野菜や果物多めのバランス良い食事を適量摂ること。ダイエットなら、摂るエネルギーよりも消費するエネルギーを若干増やし、それを持続させることだ。疑似科学が主張する効果等と比較にならないほど大きな効果、そして強いエビデンスがある。しかも、安くて手軽。自信を持ってお勧めだ。疑似科学に振り回される必要は全く無い。だが、何の変哲も無い結論で新味が無い。この内容でテレビ番組は視聴率を稼げるか、週刊誌が売れるか? そう考えると、メディアが疑似科学を伝えてしまったり、面白可笑しくセンセーショナルに情報を変えたりする理由が見えてくる。だから、健康情報は過激になる。バイアスがかかる。時には、科学を逸脱する。それを常識にするのが、先ずは最大の対策ではないか。そして、複数のメディアから情報を集め、インターネットでも複数のページを見比べ、医療関係者に尋ねる等して考える。そんな努力が、疑似科学から貴方の、家族の、体と心を守る。


松永和紀(まつなが・わき) 科学ジャーナリスト。1963年、長崎県生まれ。京都大学大学院農学研究科修士課程修了。『毎日新聞社』記者を経てフリーに。科学的根拠に基づく食情報を収集して提供する消費者団体『FOOCOM』を設立し、ウェブサイト『FOOCOM.NET』を運営中。著書に『食卓の安全学 “食品報道”のウソを見破る』(家の光協会)・『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書)等。


キャプチャ  2015年12月号掲載
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テーマ : 実験 科学 サイエンス
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