【私のルールブック】(38) 信用は結果論、スジを通して得るモノ

他人を信じるのは難しい。だって、抑々赤の他人なんだから。でも、考え方をちょっと変えれば容易という見方もある。だって、信じたほうが良い人っぽく映るし、信じると決めてしまえば丸投げできるから。実は、昨年の暮れ頃に色々あった。恥ずかしい話だが、私の運転手を務めていたスタッフが免停を食らった。私が乗車中にちょっとした違反切符を切られたのだが、一発免停になるほどのものではなかったので気にも留めていなかった。ところが翌日、「免許停止になった」と…。事情を聴くと、プライベートにおけるオートバイの運転で違反を積み重ねていたらしい。何で報告してくれなかったのか。一言あれば、対処のしようはいくらでもあったのに…。

私は報告義務に煩い。“ほう・れん・そう”(報告・連絡・相談)は徹底していたつもりだったが、徹底し過ぎた故に、逆に言い辛くさせてしまったということか? 理解してくれているものと信じていたが、残念な結果となってしまった。こんなこともあった。ある日、とあるタレントさんからメールが…。読み進めると、「お金を貸してほしい」と…。正直、お金の貸し借りをするほどの仲ではない。というか、金銭の授受が大嫌いな私である。ただ、メルアドの交換は確かにした。何故ならば、私がお世話になった方に紹介されたからである。「まだまだ世間知らずな子ですが、可愛がってやって下さい」と言われ、「だったら、何かの機会にご飯でも連れて行ってあげようかな」と思い、数回メールをしてみたのだ。しかし、今時の子にありがちな、数日経ってからの、しかもお断りメールを平気で返す子だったので、その時点で私の中では“ない”子になってしまったのである。そんな子からの、突然の“お金貸してメール”。皆さんならどうしますか? とは言え、ちょっとだけ悩みました。「お世話になった方からの…」がありましたから。お世話になったということは、こちらも信頼しているから身体を預ける訳で、「その方から紹介された子を否定することは、その方自身をも自分の中で無き者にしてしまうのではないか?」という恐怖心にも似た感情がどこかに生まれてしまい…。結構、悩んだかな。でもね、やっぱり無理ですよ。それこそ筋が通らない。自分の都合でお願い事をするならば、都合の悪い時にこそ付き合いを深めておかないと…筋を通しておかないとでしょ。




信用って、何なんだろう。どうやったら、産み落とせるモノなんだろう。恐らく、作為的に創り出せるモノじゃないような気がする。信用は飽く迄も結果論で、その人の生き方が、言動が、筋の通し方が、結果として信頼に足るモノと他人が勝手に判断するのではないだろうか? 連載の仕事を引き受ける。原稿には〆切が付き物だ。内容は度外視して、先ずは〆切を守ることから始めるのが筋である。それがあった上でのクオリティーの濃淡であり、それらを乗り越えて初めて、信用の入り口に辿り着けるのではないか? だとすると、私は果たして信頼を得られているのだろうか? 〆切は守っている。しかし、その先に進んでいる自信は無い。だからこそ、〆切を守り続けるという最低限の礼儀は継続しなければならないのである。誰だって、信用されたいから…。


坂上忍(さかがみ・しのぶ) 俳優・タレント。1967年、東京都生まれ。テレビ出演多数。子役養成に舞台の脚本・演出等、多方面で活躍中。


キャプチャ  2016年2月11日号掲載


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テーマ : 俳優・男優
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