【誰がテレビを殺すのか】(11) 地上波の功罪に揺れるテレビの未来

20160213 10
「打ち出の小槌だった」――。フジテレビの幹部は、地上波を利用したこれまでの放送事業について、そう表現する。1953年に、テレビの本放送が始まってから60年余り。この間、民間の放送局は公共の電波を使いながら、番組という映像を流すことで“娯楽の王者”という地位を手に入れ、広告に依る強固な収益モデルを築き上げてきた。フジテレビを始めとした民放キー局が国に支払う電波利用料は、年間4億円前後。対して、そこから生まれる広告収入は2000億円前後にも上る。投資に対して500倍以上の“リターン”がある計算だ。毎年1000億円近い番組制作費を投資に加えたとしても、それでもリターンは2倍。ここまで“コスパ”が良く、安定したビジネスモデルは、産業界を見渡してもそうそうない。テレビ局の“電波利権”と度々揶揄される要因は、まさにそこにある。では何故、冒頭の幹部は「だった」と過去形で話したのか? それは、国と二人三脚で半世紀以上に亘って築き上げ、守り抜いてきた地上波という牙城が、テレビ離れ・スポンサー離れに依って、今まさに音を立てて軋み始めているからだ。破られる筈のない牙城が脆くも崩れ去り、町は忽ち殲滅される――。旧約聖書のヨシュア記第6章には、そうした記述がある。『ジェリコの戦い』と呼ばれ、ゴスペルやジャズのスタンダードナンバーとして歌詞にもなっている逸話だ。ジャズの愛好家として知られるフジテレビの日枝久会長も、一度は耳にしたことがあるだろう。話の粗筋はこうだ。古代イスラエルの預言者・モーゼの後継者だったヨシュアは、モーゼの遺志を受けて世界最古の町・ジェリコの攻略に向かう。町を覆うのは、打ち破られることはないとされる分厚く強固な城壁だ。そこでヨシュア軍は、神のお告げに従い、6日間かけて毎日ゆっくりと城壁の周りを一周し、7日目には街を7周した。その後、司祭が羊の角笛を吹き、軍勢が鬨の声を上げると、城壁は忽ち崩壊したという。“地上波”という城壁の中に居を構える民放各局にとって、ヨシュア事は『NETFLIX』を始めとした動画配信事業者に、角笛は宛らスマートフォン等の携帯端末に見えているかもしれない。

主な受像機が液晶テレビから、一部ではスマートフォンに移り変わり、更に自主制作を柱にした良質なコンテンツを武器に、定額配信に依って安定的な収入を得るインターネット配信事業者は、民放にとって自らの存在を霞ませる脅威になっているからだ。民放各局は番組の見逃し配信等、民放自前のインターネット配信を強化し、配信事業者とも一部で手を組む等といった対応を急ぐが、飽く迄も場当たり的な対応に過ぎない。それは、地上波が齎してきた収益があまりにも大きく、民放のインターネット配信がその減収分を補うような存在には、到底なり得ないからだ。今、民放が置かれている状況はヨシュア軍侵攻の6日目なのか、将又7日目なのか。強烈な“外圧”に抗えず、止む無く屈するのであれば未だ言い訳が立つが、現状はもっと深刻かもしれない。先述したように、今まで自分たちが信頼を置いてきた“下僕”である制作会社が面従腹背の様相を呈し、大金をちらつかせるインターネット配信事業者に急速に擦り寄り始めているからだ。つまり、城壁は外圧に依ってではなく、内部の土台が揺れ動くことで軋み始めている。それが、要となる制作力・コンテンツ力の低下を招き、質の悪化で視聴率の低下に繋がっても、民放を長年支えてきた広告主の企業たちが、優しく救いの手を差し伸べてくれる訳では決してない。実は、大手メーカー等といった広告主の間でも制作費の基金を創設し、インターネット配信事業者向けにドラマ等を作る動きが水面下で出てきているからだ。落ち目の地上波に億単位の費用を投じるより、コンテンツ自体の販売収入と、ドラマのワンシーンに商品を出すような形で広告をするほうが「今の時代には合っているのかもしれない」と、大手メーカーの役員は話す。「この業界は、あと数年も経たない内に必ず大きな変革の波に呑み込まれる。その時、(民放)キー局はまさか潰れはしないだろうけど、今の規模のままでは到底生きられないだろうね」。遠い目をしながらフジテレビの幹部はそう話すが、『ジェリコの戦い』の一説では、ヨシュア軍が町に到着した時、絶対に崩れない筈の壁は既に崩れ落ち、町は誰一人いない廃虚になっていた。 =おわり

               ◇

本誌副編集長 田島靖久・中村正毅・宮原啓彰・森川潤/データ解析は小島健志が担当しました。

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メールの返信は3日後。電話の折り返し依頼は基本無視。一事が万事――。そんな対応だったフジテレビの企業広報部が“光の速さ”で反応したのが、亀山千広社長の自宅を訪ねた時でした。チャイムを鳴らしてから私のところにメールが来るまで、実に30分余り。しかも、“夜回り禁止”とでも言いたげな内容だったので、正直、笑ってしまいました。我々と同じように、血の滲む思いで夜回りをしているフジテレビの記者たちがいることに考えが及ばず、自分たちの保身だけで動いているようです。これが同じ報道機関の広報というのだから、大丈夫かと心配になりました。神は細部に宿る。フジテレビ凋落の一端は、こんなところにも現れている気がします。 (本誌 中村正毅)

今号の特集とは見解が稍異なりますが、テレビは最早“娯楽の王者”ではありません。では、インターネットの有料配信がその座を奪うのかというと、答えは否でしょう。思えば、テレビは常にお茶の間の中心に座し、付けっ放しで流れていました。これこそが家族団欒の象徴であり、王者と言われた所以です。家族の繋がりが希薄になる中で、娯楽は既にスマートフォン・ゲーム・漫画等に取って代わられています。とりわけ、スマホでSNSをしたり、動画アプリを触ったりといった“プロ”の関与しないものが幅を利かせ始めた今、敢えて有料配信にお金を払うのか疑問です。そして、勝者は誰もいなくなった…。それが、ポストテレビ時代の姿ではないでしょうか。 (本誌編集長 田中博)


キャプチャ  2015年11月14日号掲載
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