【東京五輪は救えるか】(下) 五輪はもはやお荷物なのか――ロサンゼルス“商業”五輪の成功で招致熱は上がったが、その後は又も赤字続きで先進国からソッポを向かれる

20160213 16
1964年の東京大会の時と同様、2020年に向けた準備は順調に進んでいるとは言い難い。だが、開催費用が当初予算を上回るのはよくある話だ。オックスフォード大学経営大学院の研究で、1960~2012年に開催されたオリンピックのうち、信頼に足るデータが入手できる大会を分析したところ、全て予算を超過していたという(平均179%)。1976年のモントリオール大会で当時のジャン・ドラポー市長は、「オリンピックが赤字になるなんて、男が妊娠するのと同じくらいあり得ない」と言い放っていた。ところが、開催費用は予算の8倍近くに達し、超過割合は調査対象となった大会で最大だった。1964年の東京大会も含む3分の1以上の大会では、信頼できるデータが得られなかった。これらのケースでは超過幅がどれほど大きかったかは、想像するしかない。2024年大会の開催地選びでは、ドイツのハンブルクが住民投票で賛同を得られず招致を断念。立候補は4都市になった。同じような状況は、1984年大会の際にも起きていた。それまでの数大会はトラブル総きだったからだ。1968年のメキシコ大会では流血の大規模デモ、1972年のミュンヘン大会ではテロ事件が起きた。1976年のモントリオール大会は大赤字に終わった。1980年のモスクワ大会は、ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻を巡って西側諸国にボイコットされた。

1984年大会の開催地選考で手を挙げたのはロサンゼルスだけだった。しかも、ロサンゼルス市そのものは立候補を拒んだ為、『国際オリンピック委員会(IOC)』は、市当局でなく民間でも立候補できるよう憲章を改正した。このIOCの特別措置と高額なテレビ放映権料、それに民間企業の関与に依り、ロサンゼルス大会は2億1500万ドルという大幅な黒字を計上することができた。開催に必要なインフラが既に整っていたことも、黒字になった要因だった。東側諸国のボイコットにも拘らず、ロサンゼルス大会は成功と見做された。そして、これを転換点に開催を望む都市が急に増えた。だが、その後に開催されたオリンピックはどれも大幅に予算を超過している。ロンドン大会の開催費用は当初予算の5倍、アテネに至っては16倍だった。当然のことながら、名乗りを上げる都市は減っている。2004年大会の開催地を選んだ際には11都市が立候補し、最終選考には5都市が残った。だが、2020年大会の選考では立候補都市は6つで、最終選考まで進んだのは3都市だった。冬季大会の開催を望む都市は更に少ない。2014年のソチ大会で巨額の費用が掛かったことが、その傾向に更に拍車を掛けている。2022年大会の開催地選考では巨額の費用がネックとなり、一度は名乗りを上げた都市の殆どが立候補を断念。残ったのは北京とアルマトイ(カザフスタン)という、会計の透明性よりも人権侵害で知られる国の首都だけだった。オリンピック開催が“負け戦”になるのは最初から見えている。なのに、IOCは今後、どうやって開催地を募っていくつもりなのか。お手並み拝見といこう。 (ノンフィクション作家 ロバート・ホワイティング/ハーバード大学ケネディスクールシニアアドバイザー デイヴィッド・ロバーツ)

               ◇

2020年の東京オリンピックは国を挙げての一大イベントとなる筈が、新国立競技場の建設費高騰に公式エンブレムのデザイン盗用問題と、昨夏に相次いだトラブルで負のイメージが付いて回るようになりました。しかも、新国立競技場に関しては未だに火種が燻っています。開催まで課題が山積したのは1964年の東京オリンピックも同様でしたが、果たして4年半後の祭典は成功させられるのか。問題の根源を猪瀬直樹氏に伺いました。 (本誌 安藤智彦)


キャプチャ  2016年2月2日号掲載


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テーマ : 東京五輪
ジャンル : 政治・経済

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