【日曜に想う】 今そこにある“緊急事態”

与党・自民党は「憲法に緊急事態条項が必要だ」と言う。「有事や大規模災害などが発生したときに、緊急事態の宣言を行い、内閣総理大臣等に一時的に緊急事態に対処するための権限を付与することができることなどを規定」(自民党憲法改正草案Q&A)したいそうだ。「発生したとき」? 何を言っているのだろう。緊急事態なら、日本は5年前のあの日からずっと、その真っ只中にいるではないか。東京電力福島第1原発の事故は“起きた”のではなく、“起きている”のだ。抑々、事故直後に政府が発令した“原子力緊急事態宣言”は未だ解除されていない。今も大量に発生し続ける高濃度汚染水をコントロールできていない。溶け落ちた核燃料がどうなっているのかも判明していない。それを調べる為のロボットの投入計画も思うにまかせていない。毎日7000人もの人が事態の収束に向けて全力を傾けているが、出口は遥か遠い。にも拘らず、現政権は例えば避難経路が確定せず避難訓練も不十分なまま、原発の再稼働を急いでいる。その判断と、緊急事態条項に前のめりの姿勢との間に整合性を見い出すのはかなり難しい。3.11の2ヵ月後、ドイツのミュンヘンで社会学者のウルリッヒ・ベック氏(故人)と会った。リスク社会論で知られる碩学のその時の言葉を思い出す。「あれが自然災害だったという考え方は間違っています。地震が起き得る場所に原子力施設を建設するというのは政治的な決定です。自然が齎したことではない。人間がそこにリスクを齎したから、自然現象が災害になったのです」

「リスクに備える」と言いながら、リスクを直視しているように見えない。現政権のこんなちぐはぐぶりはこれが初めてではない。安全保障法制を強引に成立させた時もそうだった。“積極的平和主義”というスローガンを掲げ、中東・ホルムズ海峡の封鎖の恐れや、有事の現場から逃げ出さなければならない母子といった、現実味の乏しいイメージを強調した。その一方で、中東で発生している夥しい数の難民問題にはあまり関心を示さない。大量の難民は、人道的な問題であるだけでなく、世界の安定を揺るがす深刻なグローバル危機であるにも拘らずだ。現実の緊急事態は、政治にとって重い課題だ。だが、簡単には解決策を見つけられない。他方、空想の緊急事態は、今そこにあるわけではない。当時、「憲法守って国滅ぶ」と保守系の政治家や言論人は繰り返していた。曖昧な不安の空気を醸し出して支持に繋げる。思えば、古今東西、権力者の常套手段である。「衆議院選挙の時期に有事や災害が発生して投票ができなくなると、衆院議員がいない状態になりかねない。そのようなケースを避ける上で緊急事態条項は必要だ」――。自民党は、そう主張する。




では、万一の議員不在をそれほど問題視する党から衆参同日選挙に傾く声が出るのは、一体どういう訳だろうか。両院を同時に選挙すれば衆議院議員はいなくなるし、参議院議員も改選される半分は選挙活動で議会を離れる。どちらか1つだけの選挙時よりもっと大きな議員不在が生じるだろう。これも、自民党が持ち出す緊急事態が空想の域を出ず、自分たち自身も懸念などしていないことを物語ってはいないか。本当に心配なら、同日選など恐ろしくてできない筈だ。立法府の空白を重大なリスクと説きながら、同日選に依るもっと大きな空白には頓着しない。こんな風に改憲を考える人たちが、「責任感の強い」(安倍晋三首相)という形容に値するとは思えない。 (論説主幹 大野博人)


≡朝日新聞 2016年2月14日付掲載≡


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テーマ : 軍事・安全保障・国防・戦争
ジャンル : 政治・経済

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