【中外時評】 新産業革命の光と影――変化受けとめて安全網を

「あれは最良の時代であり、最悪の時代だった。叡智の時代にして、大愚の時代だった。新たな信頼の時代であり、不信の時代でもあった」(加賀山卓朗訳)――。フランス革命前後の英仏社会を描写したディケンズの『二都物語』の有名な冒頭の行である。だが、「時代が全く異なる2つの顔を見せている点では、今こそまさにそうではないか」と感じる。技術進歩やグローバル化は、ちょっと前には考えられなかった様々なことを可能にしている。世界の裏側にいる友人と顔を見ながら無料通話ができる。自動運転はもう目の前だ。年に12億人が海外旅行を楽しむ大観光時代でもある。一方、世界経済は金融危機の後遺症に苦しみ、大停滞の時代と言われる。技術革新やグローバル化は格差拡大の要因にもなっている。中東の混迷は大量難民やテロを招き、文明の衝突さえ危惧される。

そんな捉えどころのない時代と、どう向き合うべきか。先月開いた世界経済フォーラムのダボス会議は、激しい速度で進む“新産業革命”が社会や経済に何を齎すかに特に焦点を当てながら、取り組むべき方策を論じ合った。会議の議論やインタビューを通じて感じたのは、時代の行く末への警戒感の高まりだ。1つは、「欧米の庶民の生活不安や既存の政治への反発は本物であり、大衆迎合型の政治家や政党が政権を取ってもおかしくない」という認識だ。「大統領選は、最後は主流派が勝つのが過去の例。だが、今回はわからない。中間層は良い仕事を得られる自信を失い、移民や新技術に不信の目を向けている」とアメリカのアダムズ元財務次官は眉を顰める。「家も買えず、安定した仕事も無い。家も年金も心配ないお父さん世代とは違う」。あるイギリス人エコノミストは、社会主義路線に傾く労働党のコービン党首を支持する娘を諌めたら逆襲されたという。もう1つは、「人工知能(AI)やロボットの進化は利便性や効率性を増す半面、既存の産業を壊し、雇用不安を深刻にしかねない」という認識だ。世界経済フォーラムの報告書『職の未来』は、「2020年までに、主要15ヵ国・地域で710万人の雇用が消える」と予測し、「成長分野で生まれるエンジニア等の新雇用は210万人に止まる」とした。




「民主主義を支えてきた分厚い中間層が先細りすれば、社会の安定が脅かされないか」――。そんな危機意識も示された。勿論、過剰な不安を戒める声も多い。インドの大手情報技術サービス企業『インフォシス』のシッカ最高経営責任者(CEO)は、「人間の創造性に限界は無く、AI等を無闇に恐れるのは禁物。個人はインターネットを通じて教育を受けたり、色んな仕事を得たりする機会も広がった」と強調した。日本は幸か不幸か、新産業革命の先頭走者でない分、影響は未だ小さい。だが、その波は何れ日本にも押し寄せる。備えは必要だろう。先ず重要なのは、新技術を活用した様々なビジネスやサービスは積極的に受け入れることだ。既存の産業や雇用を守ろうとするあまり変化を遅らせれば、活力は失われ、経済や暮らしの停滞に繋がる。その上で、新しい変化に人々が適合できるよう、時代に即した安全網を築くことだ。「小学生になる今の子供の65%は、未だ存在していない仕事に就く」と『職の未来』は予想する。技術変化に伴い、必要となる技能をいつでも習得できるよう、職業訓練の仕組みを全面的に拡大・強化する必要がある。働けば、最低限の暮らしが営める税制や最低賃金の設計も求められよう。

『二都物語』の舞台となった時代は、第1次産業革命が産声を上げた頃と重なる。ディケンズが同書を書いた19世紀半ばまでに、社会もその影響を大きく受けた。同時代人のマルクスは、「風車は封建領主が主導する社会を、蒸気機関による製粉所は産業資本家が主導する社会をうむ」と書いた。技術が社会を規定するという“技術決定論”には危うさがあるが、AIやロボットに代表される新しい産業革命が齎す仕事や働き方への影響は軽視すべきでない。コロラド州のヒッケンルーパー知事は、「不安を煽るのでなく、変化を乗り切る為の解決策を実行するのが政治家の役割」と語る。同州は、起業促進や地元企業に長期失業者の採用や訓練を促す施策等で失業率を大きく下げた。変化に対応する機会は平等に与えられ、努力すれば報われる。そう確信できる制度を築けるか。新産業革命の時代を、個々人が技術を生かして能力を発揮できる社会にできるか否かの分かれ道になる。 (論説副委員長 実哲也)


≡日本経済新聞 2016年2月14日付掲載≡
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