【言論の不自由】(04) “子供に選挙権”でも年寄り優遇よりはマシ

20160214 06
今、日本で言論不自由の最たるものは、新聞・テレビ等の大手マスコミの良識主義なる空想に依る自己規制と責任転嫁主義の弊害だ。どう見ても殺人犯が捕まって手錠されている画像で、手錠にボカシを入れて人権を守ったつもりでいる。もう有名な話になったが、シリアからの難民の幼気な幼児が波打ち際に死んで打ち上げられた写真を、日本の新聞は「死体だから」と載せなかった。世界は、あれを見て「シリア難民を救え」と大騒ぎになったのだ。ちょっと前になったが、3.11の大惨事の報道でも遺体は不思議に1人も映っていない。海外では、遺体が延々と海岸に横たわる写真を見ている。物凄いことが起きた実感は、スイスの山の中の視聴者のほうが東京の視聴者よりも持っており、遥かにショックが大きかった。大勢が亡くなった交通事故や暴走事故の被害者の惨状も、マスコミで見たことは無い。全ては綺麗事で、死体等は生まれてこの方、嘘っぱちのドラマでしか見たことがない。だが、インターネット情報にしか接していない若い連中は、そういうのを全部生で見ている。『ISIS』(別名:イスラム国)に捕まって首をちょん切られた人質も、彼らはちゃんとボカシ無しで見ている。興味が無くて見ていない若い子もいるが、見る機会すら与えられない年寄りインターネット不自由有権者とは、根本的に異なる情報環境ができている。

そこで、だ。選挙権の18歳への引き下げの話である。政治家も大手マスコミも挙って賛成するから、天邪鬼の良識派は「子供に政治がわかるか」と、つい反旗を翻しそうになる。だが、それが間違い。「18歳は未だ早い」等という見解こそ、言論不自由の根源だと思う。考えてもみよ。選挙権も成人もずっと20歳以上でやってきた日本だが、果たしてあるべき社会が今、実現しているだろうか? とんでもない。年寄りにばかり有利な手当が実現し、大事な将来世代の育成に十分な措置を講じているとは言い難い。納めた税金の倍以上のペイバックを受けて(国の経費の半分は借金で賄われている)、手厚い社会保障に寄りかかり、たった2%の消費税上乗せに、煩わしい限りの軽減税率を作り、税金を減らせと言う。「20歳以下の将来世代にツケを回せ」と言っている訳で、大人たちの信じられない図々しさ。年寄りがずっと選挙権を握ってきたおかげで、それが罷り通っているということだ。たった2%の支払い増は、1ドル=100円の為替が2%円安の1ドル=102円になった結果、輸入品が値上がりするのと同等の効果に過ぎない。円は、ちょっと前に1ドル=80円だったのが、今は120円にまで安くなっている。輸入品に限れば50%の消費税アップに相当する。2%など誤差にも入らない。そんなわかり易い事実さえ、言論不自由の国では何故か誰も言わない。「新聞やテレビはネタ仕入れにかかる消費税が重いから、軽減脱率に積極的だ」という勘繰りもあるほどだ。




扨て、言論不自由と18歳選挙権の関係に、もう少し深入りしてみる。抑々、言論不自由の源は相反する2つの理由に起因する。1つは、言論を発する際の、その元となる情報や知識の不足である。もう1つは全く逆で、あまりにも色んな情報を仕人れ過ぎて、これを言うとこうなりああなり、反論がこう来て再反論すると、訳のわからん連中が大騒ぎし始めるのが目に見えているから、何も言わないというタイプの言論不自由だ。後者の場合、最近の出来事では安保法案に憲法学者が「違憲だ」と言い出し、「何といっても憲法専門の学者が反対なのだから、良くないに違いない」と妙な世論が形成されたのがいい例だ。抑々、法律学を目指している者が研究して面白いと思うのは、訴訟法や行政法やどうにもならない国際法・条約系統だ。憲法等という簡明極まりない学問に一生を捧げるなどしないものだ。つまり、素人目には憲法学者は崇高に見えるが、その筋ではレベルは遥かに下で、法学者が真面に相手する手合いではない。だから、他の法学者はあまり乗ってこなかったのだ。前者の場合は若者に限らない。いくら年を取っても、情報や時の課題についての判断で言論不自由になるかならないかは、その人のセンスに依る。自分の考えを長文で表現するのはとても難しい。だから、元首相の小泉さんのように短文や一言発言で済ます方式が誰でもやり易くなる。『ツイッター』等がいい例で、90%以上はどこかで聞いた風なこと(つまり、既に情報として流れている感想文や見出し)を知ったかぶりしてコピーして物を言ったと思い込んでいる人々の意見、というより感想だ。自由に発言しているかのように錯覚しているが、抑々自分の頭の中が既に自由でなくなっている場合が多い。

これを言論自由の世界に誘導していくのは、とても難しい。しかも、この領域に大多数は安住し、文句は達者だが対案は薄く多数迎合的で、中長期的に日本の保守性を結果として支えている。寡黙なサイレントマジョリティーと結合し易い。年齢とは直結しない。従って、18歳を選挙権を持つ大人として遇することは、過去や柵や固定観念に毒されていない新鮮な選択を我々に示してくれる新しき者として迎え入れることになる。これ以上、期待される集団はいないということだ。情報や知識の不足と偏りの結果として彼らが何を選択するか、古いものに凝り固まった年寄りは刮目して見守るべきなのだ。こんなチャンスは、そう続くものではない。彼らも何れ年寄りの選択肢に興味を持ってくる。そうなる前の新鮮な選択は貴重だ。それよりも心配なのは、あの国対政治なる与野党の馴れ合い習慣の復活、テレビに映りたい一心の野党のパフォーマンスだけの醜い行動、先ず人数集めありきで党の基本姿勢(党綱領)は後から作るという信じ難い政党政治、日本の将来より“団扇”やちっちゃなスキャンダルや片言隻句の揚げ足取りが政治だと信じている選挙万能主義等々、真の政治とはかけ離れ過ぎた政治の現実である。それを若い貴重な新規参入選挙権者が見て、端から投票行動に興味を失ってしまうことのほうが遥かに害が大きい。若い子は見かけと違って、我々よりずっと真摯で真面目で理想に燃え易い。どうやって大人たちがそれを守っていくか、今の言論不自由を真に言論自由に変えるか、問われているのはこちら側だ。


菊池哲郎(きくち・てつろう) 国際医療福祉大学特任教授。1948年、福島県生まれ。東京大学法学部卒業後、『毎日新聞社』に入社。ロンドン特派員・経済部長・論説委員長・常務取締役主筆等を歴任。その他、政府税調委員・NHK中央番組審議会委員・毎日新聞社特別顧問・経済同友会会員等を経て現職。


キャプチャ  2015年12月号掲載


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テーマ : 選挙
ジャンル : 政治・経済

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