【日日是薩婆訶】(07) 価値観の違う人々の和合こそ究極の共生だといいたい

早い時は11月9日に初雪だったこともあるが、今年は穏やかな霧月である。恐らく、霜が降ったのも未だ1~2回ではないだろうか。この季節には、農作業を終えた後の“淨”を感じる。元々、“淨”という文字は、農作業で使った鋤・鍬を川の水で洗い、壁に立てかけた姿を表す。つまり、やること全てをやり終え、後は来春を待つばかりという清々しい気分である。この時期に檀家さんが老衰で亡くなったりすると、戒名の文字としてどうしてもこの“淨”の字が浮かぶ。以前は当然のように思えたことだが、最近はそんな感覚もいつまで続くかと不安になる。世の中は、“淨”とは裏腹な不正ばかりが目に付く。『旭化成建材』の杭打ち施工データ改竄問題や、『フォルクスワーゲン』の排ガス不正ソフトの発覚等、何れも老舗と言われ、信用されてきた企業に依る裏切り行為である。こういう事態は、モノが杭ならば尚更、我々の心理的基盤を揺るがす事態と言えるだろう。この杭の問題では、私の住職する寺の庫裡改修に当たっても悩まされた。これまで500年余り、同じ土地に同じような建物が無事に建っていた訳だが、設計士に依っては、新たな基礎作りの為に7mほどの杭を数本打ち込むという。「設計士に依っては」と申し上げたが、結局、その案は採らず、別な設計士に相談したところ、地質調査をやり直し、最終的には杭無しで行けるということになったのである。4ヵ所のみを掘り下げる最も簡易な地質調査では杭が必要と判断されたが、超音波でもっと広範に調べると、杭無しでも大丈夫ということになったのである。こうした実際の事例を踏まえて考えると、大体、施工業者自体が抗の必要性を然程逼迫したものと認識していないのではないか。うちの場合は昔と変わらない建物が改築されるので、然程問題ではないし、寧ろ抗など打ったら現在、庫裡の裏手にある池が保たれるかどうかもわからない訳だが、横浜等の高層ビルでは地面にかかる負荷がどれほど増えるのかも計り知れない。全国の各地で、結局、3052件の杭打ち工事のうち360件、現場責任者196人のうち約3割に当たる61人がデータ不正に関与していたらしい。明らかに、そこにはルールそのものを莫迦にする態度が見て取れる。現在の建築基準法にも確かにおかしいと思える決まりはあるが、こうして莫迦にされるルールについては、よくよくルールそのものを見直す必要もあるだろう。地震国ならではの“石場建て”の復活承認も求めたいところだ。兎も角、ルールがおかしいならば広く議論して正しく修正し、改めて遵法意識を高めることが望ましい。

扨て、そんな背信行為が新聞紙面を賑わせている時、一瞬にして「それどころではない」と思わせる出来事が起こった。パリでの同時多発テロである。折しも、ヨーロッパには今年に入ってから80万人を超える難民が流入中である。難民発生の原因は、シリアの内戦という内部事情はあるものの、やはり『ISIS』(別名:イスラム国)の脅威と、それに対する空爆が大きい。民族問題や宗教問題は下地として無視できないが、空爆に依るその急激な増加と深刻化は明らかだ。それなのに、テロの発生に依って空爆が強化され、更に増える難民がその行く手を閉ざされる事態になりつつあるのである。元々、ISISの発生にはサダム・フセイン氏の側近たちが関わっている。イラクにあるとされた核施設は結局、見つからなかったのに、アメリカ軍に依ってあれほど無残に処刑された大統領への思いは、怨みの連鎖で拡大し、拡散していった。その点を忘れてはいけないと思う。日本で流される情報には既に欧米の意向が反映され、例えばサダム・フセインが高名な小説家であることも知らされない。彼は恋愛小説を数多く書き、その翻訳は18ヵ国語で出版されている。日本語訳も徳間書店から出版されている、謂わば世界的な作家なのだ。この事実を知っている日本人がどれだけいるだろう? イラク戦争勃発当時、アメリカのブッシュ大統領はイラクや北朝鮮を“悪の枢軸国”と呼んだが、喧嘩状態になった双方の片方だけが100%悪い等ということはあり得ない。仏教徒であるなら当然、そう思う筈である。しかし、この問題に関しては、どうも多くの人々が“テロ=悪”という単純な図式に絡め取られ、背景にまで眼を向けていないように見えて仕方がない。今、起こっている空爆でも、一体どれほどの民間人が死んでいるか、殆ど真面な情報としては流されないが、今年に入りアメリカやフランス、更にロシアが加わった空爆は既に9000回とも言われる。アメリカに依る『国境なき医師団』の病院誤爆は流石にニュースになったが、それ以外にも無数の一般市民を巻き添えにしながら空爆は続けられている。つまり、空爆という行為それ自体が、生き残りの市民をテロリスト候補に育て、ISIS予備軍を産み出し続けているのである。




元々、ムスリム社会への理解は、この国では深まっていない。スンニ派とシーア派等の違いはある程度知っていても、例えば彼らが利子を用いない金融を成り立たせていることや、偶像礼拝を徹底的に禁止していること等、あまり実感を以て理解はできないのではないだろうか。斯くいう私も、大学時代にはオリエント研究会という同好会に属し、イスラム教の世界を色々と学んだのだが、「実感を以てか?」と訊かれれば「NO」と答えざるを得ない。だから2011年、フランスが公の場でブルカ着用を禁止したことも、まるで我々の絡子や剃髪が禁止されたようだと、敢えてその屈辱感を想像するしかない。昨年1月のシャルリーエブド襲撃事件でも、似顔絵そのものを認めない社会では当然の怒りだろうとは想うものの、そこまで爆発するほどの彼らの鬱屈は、“表現の自由”を謳う社会に住んでいては中々実感として理解できない。しかし、彼らが建造物の壁等に施す抽象模様(アラベスク)を発達させ、また幾何学そのものを進歩させたのも、明らかに具象を描くことを禁じる文化故なのである。兎に角、我々にすれば際立って異質な社会であることは間違いない。しかも、それはそれで、長い歴史を生き延びてきたもう1つの社会であることも認めなくてはいけないだろう。例えば“政教一致”であったり、女性に対する扱い方であったり、理解し難いから「それはおかしい」と思いがちだが、そうした態度が越権であり僭越であることは間違いない。今こそ謙虚に、ムスリムたちの生き方を知る必要があるのではないか。欧米流の考え方、或いは英語とドルに依る“グローバリズム”に馴らされた我々には、彼らの生き方が珍妙に見えるかもしれない。“ラマダーン(断食月)”の習慣も奇妙だし、“ジハード”に至っては本来の“奮闘・努力”といった意味を逸脱し、日本では“聖戦”という特殊な訳語を使って怖れている。しかし、こうした一方の価値観に依る偏見は相手にとっても同じである。つまり、彼らから見れば、恐らく自分たちを責め立てているのは、妖怪の如き市場原理主義と、肥大化した個人の病んだ欲望ではないか。

無論、問題なのは一部の過激派や原理主義者であることは承知している。しかし私は、そうした過激な行動への非難を、ムスリム全体に安易に拡大する目線を怖れるのだ。元々、彼らの社会をよくは知らない人間にとっては、彼らの何が普通で何が特殊かさえ区別できないではないか。我々日本人は、道教の智慧として“鶴と亀”の喩えを知っている。鶴は千年、亀は万年。それはどうやら、長寿の目出度いカップルらしいと見当はつくものの、このカップルについて真面目に考えていくと、彼らには一緒に暮らす生活基盤さえ見当たらないことに気付く。片や本来は渡り鳥だし、もう一方は同じ池で殆ど一生を過ごす。「あんな泥の中で蚯蚓を食べて暮らすなんて、いくら蓬莱島の使いだって耐えられない」。鶴はそう思うのではないか。しかし亀も亀で、「片脚立ちで眠る奴の考えることなんか信用できるか」と思っているかもしれない。どう考えても、鶴と亀は同じ価値観を共有できそうにないのである。しかし、それなら何故、この両者を道教は長寿と和合のシンボルに据えたのか…。一体、その心は奈辺にあるのか…。それは恐らく、「価値観の違う人々の和合こそ最高の和合だ」と考えられたのではないか。その延長線上に恐らく、“七福神”がある。“なくて七癖”が七福に転じるのは、偏に「あんた、ワシとは違うけど、えらいオモロイなぁ。はっはっは」という哄笑故なのである。何気無く“鶴と亀”というが、そこには自分の考えを他者に押しつけない、説得も勧誘もしないという強靭な共生の思想が潜んでいるのである。それは“和合への意志”でもあるだろう。今こそ我々は、イスラム社会とキリスト教圏に、この究極の和合の思想を投げかけるべきではないか。理性や分別は、結局は人々を分断に導くしかないのである。つらつら不安な話ばかりを書き連ねてしまったが、今回の“薩婆訶”は“鶴と亀”、そして“七福神”に捧げたい。「“アブラハムの宗教”同士は喧嘩ばっかり」等と諦めず、この地球の平和を2つの宗教文化圏の温存を含めて切に祈りたい。

今月は、朗報も1つ紹介しておきたい。福島第1原発の事故以後、私は福島県内の子供・若者を支援する『たまきはる福島基金』の理事長を引き受けているのだが、この(2015年)11月9日、奈良の“南都隣山会”から募金の一部を贈呈頂いたのである。南都隣山会とは、東大寺・興福寺・西大寺・唐招提寺・薬師寺・法隆寺という、所謂“奈良の6大寺”で構成される。震災以後、6大寺は其々東日本大震災の為に義援金を募る募金箱を置いて下さっていたのだが、そこから当方の基金に500万円、また被災地で両親を喪った孤児を支援している『JETOみやぎ』に500万円、そして地元・奈良の赤十字に200万円余りを贈呈して下さったのである。贈呈式は東大寺で行われた。所謂“奈良の大仏さま”が坐を組んだ腿の上に舞台があり、まさに大仏さまのお膝元で、大勢の観光客が見上げる中で執行されたのである。6大寺の関係者一同で『般若心経』を唱え、それから東大寺の筒井寛昭別当様から目録と小切手を頂戴した。各山の貫首・管長・別当等、呼び方は様々だが、重鎮たちが勢揃いし、境内には鹿と紅葉がまるで花札のように美しかった。様々な御寄付・御支援を受けつつ、子供たちを支援する活動がいつまで続くのかと思えば物憂いが、こうした力強い御支援が名にし負う奈良6大寺から頂けたのは感概無量である。小説『阿修羅』(講談社)を書いて以来、興福寺の多川俊映貫首様と御縁が出来、最近は毎年のように奈良にお邪魔していたのだが、意外な御縁の広がりに驚くばかりである。ここは日本という国の仏教の、広がりがそのまま深まりに繋がるという素晴らしさに「スヴァーハ!」を唱えておこう。ここまで書いて窓の外を眺めると、あれよ、雪が積もっているではないか。しかも、未だシンシンと降り続いている。今年(2015年)の初雪、11月25日、坐禅会まえ。関東から坐禅会に出かけてくる人々の足許が危ぶまれたが、暗くなって幾分弱まってきた。無事に坐禅会を終え、参加者に来年のカレンダーを差し上げ、送り出した。明朝は当山の開山忌である為、開山像は昼間に御移動頂いていたものの、本堂のストーブに石油を足さなくてはなるまい。「ああ、夜なのに慌ただしい」とは思うものの、これも健康の元と、諦めて小走りに玄関の石油ドラムまで1往復。開山復庵宗己禅師、示寂後658年。取り敢えず、ここまで法燈が受け継がれてきたことに「スヴァーハ!」。昔はもっとキツく、多分多数の火鉢を並べたことだろう。初雪に“淨”化された開山忌を無事終えてから、この原稿も書き終えた。


玄侑宗久(げんゆう・そうきゅう) 作家・臨済宗妙心寺派福聚寺住職。1956年、福島県生まれ。慶應義塾大学中国文学科卒業後は職を転々とし、1983年に天龍寺専門僧堂に入門。2001年に『中陰の花』(文藝春秋)で芥川賞、2007年に柳澤桂子との往復書簡『般若心経 いのちの対話』(『文藝春秋』2006年12月号)で文藝春秋読者賞、2014年に『光の山』(新潮社)で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。『アブラクサスの祭』『アミターバ 無量光明』(共に新潮社)・『御開帳綺譚』『龍の棲む家』(共に文藝春秋)・『無功徳』(海竜社)・『福島に生きる』(双葉社)等著書多数。近著に『仙厓 無法の禅』(PHP研究所)。


キャプチャ  2016年1月号掲載




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