【新聞エンマ帖】 COP21報道に猛省を促す/原節子追悼コラム読み比べ

パリで開かれていた『第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)』で、京都議定書に代わる『パリ協定』が全会一致で採択された。新しい枠組みで合意したのは18年前の京都議定書以来で、日本を含め参加各国は当然ながら「高く評価したい。温室効果ガスの計画的削減に向け、革新的な技術開発の推進に全力を尽くしたい」(菅義偉官房長官)と歓迎ムード一色だった。だが、率直に言って今回の合意は、締約国会議自体の存在意義を問われかねないほど中身は無く、拘束力も無い。地球温暖化対策を真剣に考えるなら、新たな仕組みや会議枠組みの検討が必要かもしれない。新聞各紙の12月15日朝刊の社説も概ねパリ協定を歓迎したが、“全会一致”や“京都議定書以来”に引きずられて問題の本質を見失っていると言わざるを得ない。猛省を促したい。朝日は『危機感共有の第一歩だ』と題した社説で、「平均気温の上昇を2度未満に抑えるというこれまでの目標だけでなく、『1.5度未満に抑えるよう努める』と明記した意義は大きい」と評価。更に、「二酸化炭素など温室効果ガスの排出をできるだけ早く減少に転じ、今世紀後半には森林や海による吸収以下にする“実質ゼロ”の長期目標も盛り込んだ。『数ヵ月前まで考えられなかった』と環境団体も驚く」と画期的な合意であることを強調した。日経は、「温暖化ガスの2大排出国である中国と米国を含む196カ国・地域が加わる。それぞれの能力に応じて温暖化ガス排出削減の責務を担う。先進国だけが削減義務を負っている京都議定書に比べ、対策の実効性と公平性の面で大きな前進だといえる」と指摘。産経も、「先進国と途上国の立場の差を乗り越え、すべての国が温室効果ガスの削減に取り組む体制を築いたことが大きな前進だ」とした。東京は、今後の課題は例示しながらも、途上国にも対策義務が課されたことを受け、「(削減目標見直しの)5年後に、世界は初めて同じ舞台に立つ。パリ会議は歴史的な成果を挙げたと言えるだろう」と持ち上げた。毎日も、「化石燃料に依存する現代文明からの転換点となることを期待したい」と記した。

各紙6段(日経は7段)ぶち抜きの社説で温暖化対策の重要性への認識を示した中で、読売は通常の4段で、パリ会議や協定自体の評価にはあまり触れなかった。各紙の根拠無き合意の礼賛ぶりに辟易しただけに、冷静な見解と評価したいところだが、「各国が目標をどれだけ達成し、さらに引き上げられるか。パリ協定の実効性が問われる」とあまりに凡庸な批評を盛り込んだのには落胆させられた。「そんなことは誰でもわかっているよ」と突っ込まれる為に、態と入れたとしか思えない。パリ協定のどこが駄目なのか? 産業革命前からの気温上昇を「2度よりかなり低く抑える」、できれば「1.5度未満」との目標は、現状を考えれば相当に高いハードルであることは論を俟たない。その点の難しさは各紙とも、総合面等の記事で指摘している。問題は、全ての国が温室効果ガスの「削減目標の作成・報告を義務化した」としながら、実際に各国がこの条項に縛られることは無い点だ。『ワシントンポスト』に依ると、パリ会議のアメリカ代表一行は、協定の最終案の中に各国に財政措置の強制を意味する単語を見つけ、直ちにケリー国務長官が議長であるフランスのファビウス外務大臣に電話して、強制力の無い言葉に替えさせた。2大排出国の1国であるアメリカが、端から目標が達成できると考えていない。温室効果ガスを削減しないと自国の利益が保てない、或いは損になるような仕組みを作らない限り、目標は永遠に絵に描いた餅である。産経は社説で、「資金援助問題で途上国側が『温暖化は先進国の責任』とする主張が繰り返された」とした上で、「またぞろ資金援助要求の大合唱である。これではCO2の削減交渉か、それとも援助額の上積み交渉なのか分からない」と揶揄した。先進国が大量排出する温室効果ガスが温度・海面上昇の主因であり、一定の責任を負うことに疑問の余地は無い。お門違いの文句は社説の品格を落とす。




コラムを“新聞のへそ”とは誰が言ったのだったか。無くても困らないのに、無いと何だか頼りない。ご自分の腹を見下ろして、そこにへそが無い様を想像してご覧なさい。だだっ広い新聞紙の全面が役に立つ情報だけで埋まっていたら、そんな光景になるのです。役に立たないけど欠かせない何かを、どう書くか? だから、コラムは難しく、奥が深い。その妙を解さない半可通はコラムにもニュースや情報を求めるが、浅はかだね。コラムに必要なのは、「へぇ」というさり気ない物知り、「ふぅん」という密やかな納得、その日1日尾を引く後味。その余韻が、普通の記事では得られない世界や歴史や人間への見方を読者に気付かせてくれる。だから、各紙1面のコラムは、今も紙価を左右する力と責任を担っている。昨秋、女優の原節子が人知れず亡くなった。75日が過ぎて公になった翌11月27日朝刊のコラムは全紙、追悼記が並んだ。年に幾度か、テーマが一斉に揃う。何れ腕に覚えある記者たちの競作である。読み比べの楽しみ、これに勝るものはない。1面コラムの代表といえば朝日『天声人語』だが、このン十年、生彩を欠く。この日は、37歳当時の対談を素材に、終生未婚だった女優の辛辣な男性観を紹介した。悪くない着眼だが、一本調子で“転”が無く、勿論“結”も無い。男性論がいつ意外な時空へ広がるかと期待したが、肩透かしに終わった。この際、言う。天声人語を書き写すのはお止めなさい。創刊最古の毎日『余録』は、代表作の『東京物語』を取り上げる正攻法。戦死した夫の母親に再婚を勧められた紀子を演じた女優が答えた名台詞、「いいんですの。私、年を取らないことに決めてますもの」。ここを入り口に、「日本映画が最も輝いた時代、その時を止めて永遠に色あせぬ作品と演技を後世に残した原さんの静かな後半生だった。紀子のせりふそのままの選択である」と書く。筋立てが凡庸過ぎはしませんか?

東京『筆洗』は、欄の名前が一番洒落ている。こちらも『東京物語』で勝負したが、何と、引用した台詞・“世界の映画監督が選んだ史上最高作”という権威付け・話のオチまで全部、毎日と同じ。こういう時、コラム子はお互い定めしバツが悪かろう。辛い商売である。日経『春秋』は、小欄が清新な筆致に注目する成長株。やはり導入が『東京物語』だったので案じたが、戦死した夫の父親に亡夫を忘れる日が増え、心の隅で何かを待っている自分を「わたくし、ずるいんです」と責めて泣く場面を選んだ。「この人が話すとき『ずるい』という言葉はしみじみと切なく」「その声、その口跡、そのたたずまい」「そのたおやかな姿」が「戦前と地続きだった日本をいまに伝え」る「時代を背負った女優」と原節子の偉大さを評する文章は、前3紙と比べ、語彙・リズム・構想のどれも上手だ。但し、今回は「ずるい」も6度も繰り返したのが傷と映った。新聞コラムの両雄が現在、読売『編集手帳』と『産経抄』とは知る人ぞ知る。先に産経抄。作家の片岡義男氏が中学生の時、電車で原節子に席を譲ろうとした体験から書き起こす意外性。労わりの心を持ち、読書家で社会意識が高く、生い立ちが貧しかった人となりを、具体的なエピソードと詰めた言葉で手際良く切り取りながら、いつの間にか、原節子という女優が過ぎ去った昭和の時代を体現する存在だったと得心させる。新聞コラムならではの練達の筆である。抜群の1等賞は編集手帳に進呈したい。原節子を“さん”付けで呼ばない理由に始まって、「焼け跡に舞い降りた天使」と呼んだ写真家の比喩から、日本人皆が「行き届いた言葉遣いに、美しい身のこなしに、敗戦後の生き惑う身を励まされた」と説き、原節子が何故特別な存在なのかを柔らかく、的確に言い表す。そこには、情感と歴史観と社会批評が見事に織り成されている。これで、行数は各紙最短の原稿用紙1枚余り。脱帽である。


キャプチャ  2016年2月号掲載


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テーマ : 環境・資源・エネルギー
ジャンル : 政治・経済

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