【日曜に想う】 「そろそろクビですか?」

佐賀県庁の円城寺雄介さん(38)は僕の取材対象者であり、地方行政の先生であり、実に刺激的な友人である。一見優男風で、酒もからきし駄目だが、逆風に倒れても折れはしない柳のような人。どこよりも先にiPadを県内の救急車に配備し、ビッグデータを分析して緊急搬送の時間短縮に実績を上げ、ドクターヘリの予算獲得にも成功した。情報・業務改革課に席はあるけれど、呼ばれれば全国どこでも出かけて行き、惜しげもなくノウハウを伝道する。今はドローンの多角活用に大忙しで、自民党の小泉進次郎氏とも屡々意見交換しているらしい。その彼が『小学館』から体験記を出すと聞いて楽しみにしていた。そして、この年明けにメールが届き、タイトルが決まったという。正直、腰が抜けた。『県庁そろそろクビですか?』。…これは拙い。ここまで刺激的だと、出る杭は打たれるになってしまう。理解ある上司や仲間がいてこそ飛び回ることもできるのだから、ここは一番、大人になって考え直すべきだ――。と、最初は思ったが、一晩たって考えが変わった。いや、悪くない。…「クビにしてくれ」とか「クビだと言われた」ではない。「クビですか?」と躊躇いつつも、やるべき仕事はやろう――。そんな緊張感がよく伝わってくる。まさに彼の本質で、事勿れ主義の自分が間違いだった。それは、上京した彼から本の表紙を見せてもらって確信に変わった。漫画家・江川達也氏の手に依る背広姿の彼の半身画は、少し涙目で歯を食い縛り、苦笑いとも悔し泣きともつかぬ妙な顔をしている。傍らの『“はみ出し公務員”の挑戦』という副題が、驚くほどぴったりの表情だったのである。

とは言え、何につけウラは取らねばなるまい。担当の小学館出版局文芸の下山明子編集長(ノンフィクション担当)に話を聞いた。「ええ、最初は普通に“スーパー公務員の挑戦”とか考えたんですが、どうもしっくりこなくて。いつも県庁にいなくて、はみ出し過ぎだと揶揄されることもあるんでしょうが、本人がギリギリ境界線で踏ん張って組織の中で仕事をしようとしている。そこが面白かった。『特別ではない普通の同じ悩みを持つ若い世代に対するエールになれば』との思いを込めました」。読んでみると、確かに体験記は、彼が医務課に異動して直ぐ、現場を知る為に救急車に乗せてもらおうとし、呆れられ怒られる場面で始まる。それを「役所の前例主義だ」「縦割り意識だ」と否定するのは簡単だが、彼はそう書かない。代わりに、本の終章で彼は“ヒーロー型公務員が持て囃される風潮”に疑問を呈し、どんな変革も「表に出ない地味な業務を山ほど積み重ねてようやく実現できた」と実感を語り、ただその地味な業務が「どんな人にどう役に立つのか。その想像力こそ、公務員に求められるもの」だと書く。




これには考えさせられた。思えば僕は、改革と守旧だとか主流と反主流だとか、ともすれば簡便な色分けで政局や組織を書いてきた。でも、世間はそんな対立図式で割り切れるほど単純ではないし、内部に何の異論も無い組織が健全だとは思えない。何より、その狭間で折衷を目指す地道な努力を見逃してはいけない。まさに、記者としての想像力の問題だった。加えて、どう生きていくかも考えた。僕は保守主義的な考え方をするし、憲法改正や安全保障といった政治テーマで社内の他の人と意見が合わないこともある。だが、多様な意見がぶつかって初めてもっと中庸の新たな解答が見えてくるのなら、もう少しここにいる意味があるかもしれない。年若の友人がそうであるように、はみ出し躊躇いつつも、権力者に直接取材できるこの場所で踏ん張っていこう。そうした思いを今日のタイトル、見出しに込めた。ウケ狙いではありません。 (編集委員 曽我豪)


≡朝日新聞 2016年2月21日付掲載≡
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