心優しい青年が残した悲痛な遺書――消防本部が隠蔽した20歳消防士パワハラ自殺の真相

2014年6月、命を助けるのが仕事である消防隊員が自ら命を絶った。彼は当時20歳。未来ある彼の心を悩ませたのが、上司からのパワハラだった。本誌では、実際に彼が書いた遺書をご遺族から許可を得て入手。そこには、彼が悩み抜いた末に自死を決断したことが克明に記されていた――。 (取材・文/本誌特別取材班)

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日本海に面した、とある市で起きた出来事だった。2014年6月上旬。市の消防本部の分署の幹部から、この署に勤務する20歳の青年の自宅に午前9時半過ぎに電話が入った。電話を取ったのは母親だった。「お子さんが訓練に来ていないのですが、もう家は出ていますか?」。青年は、8時半にはいつものように車で家を出ていた。母親はそう告げた。午後1時半頃、今度は母親の携帯電話が鳴った。かけてきたのは署長だった。「同僚のLINEに『ごめんなさい。今まで本当にありがとうございました』と書き込みがあったので、直ぐに警察に捜索願を出してほしい」。両親は直ぐに捜索願を出し、消防本部に向かった。そこで署の幹部らは、LINEの文言にあった「ごめんなさい」について思い当たる話として、こう説明した。「『数日前の訓練で大きなミスがあったので、本人に注意をした』と現場の上司から報告を受けています」。そして、最悪の結果となった。タ方になって、この青年は河川敷で自死しているのが発見されたのだった。青年の傍には自らのノートがあり、そこには家族宛て・職場宛ての遺書が残されていた。【家族宛て】「20年間と約11ヵ月、育てていただき本当にありがとうございました。私はもう疲れました。でも、生まれ変わってもまた、この家族で一緒にいたいと思います」。そして、別のページに書かれていた職場宛ての遺書。そこに重要な鍵が残されていた。「この結論に行きつくまで、とても時間をかけ、とても迷いました。でも、自分のような技術、体力、気持ちが無いような人間は、ここにいても、なんの役にも立たないと思いました。だれかにめいわくをかけてまで生きる価値は、私にはありません。なので死にます」。実は、この遺書に書かれていた「技術、体力、気持ちが無いような人間は、ここにいてもなんの役にも立たない」という言葉は、消防本部の訓練で指導者である特定の上司が、この青年に常に激しく浴びせていた言葉そのものだったのである。

両親がそうした事実関係を知ったのは、亡くなった青年の自宅を弔問に訪ねてきた職場の人たちの話からだった。実は、一度や二度ではなく、この上司に依って、“訓練”と称した行き過ぎたパワハラが恒常的に横行していたことがわかったのだった。青年が所属する消防本部では、全国的に実施される消防の技能大会の“障害突破”という種目に出場する為に、連日激しい訓練が行われていた。青年もそのメンバーだった。ところが、この上司は訓練の際、自殺した青年に対して集中的に度々罵声を浴びせていたというのだ。自死の後、両親が独自に職場の人たちや関係者たちから話を聞く等して明らかになったのは、「(自死した青年への)罵声は、指導の域を完全に超えている。『辞めてしまえ』『帰れ』『(お前のような人間は)必要無い』といった言葉を浴びせたり、ヘルメットの頭を殴っていた」ということであった。更に、青年に対してだけではなかった。「その上司のパワハラは消防本部でも有名」、「他の署員の頭を殴ったり、丸坊主を強要された人もいる」という。両親はそうした証言を元に、消防本部に対して再三、自死の原因調査や第三者委員会に依る調査を申し入れた。これに対して、消防本部は“本格的な調査の前段階”として、先ずは独自に予備調査のようなものを行ったが、それはとても客観的とは言えず、「最初から、この事実を封印する為のアリバイ作りのようなもの」(遺族を支援する市民団体関係者)だったのだ。一応、青年の同僚らにアンケート用紙を配り、パワハラの実態があったのか等を書かせたそうだが、これを消防本部は“実名”署名で提出を義務付けたというのだ。実名というのでは、職場内にいる上司についてあれこれ書ける筈がない。怖くて証言できない。そんな程度のアンケートを基に結局、市からは去年4月、「パワハラは無かった」、「第三者委員会の設置も必要無し」という回答が来た。完全に隠蔽する気なのだ。そこで、両親は今、県に公務災害認定を申請している。認められるかどうか、現在、県で調査中だ。母親の目的は補償でも何でもない。その事実認定調査の過程で“パワハラが横行していること”が明らかになり、その一部分でも世に公表され、「それに依って、息子の為に勇気を持って証言してくれた人たちや、若い隊員が今後、良い環境で人助けの尊い仕事ができるようにしたいのです」と母親は話している。しかし実は、消防でのパワハラが原因と見られる自死は、この青年のケースだけではないのだ。消防組織内で、同じようなケースは後を絶たないのだという。前出の遺族を支援する市民団体関係者は、「実は、2014年の1年間で、パワハラに依ると見られる消防内部での自死が、全国で7件もあります。しかし、それらは殆ど表に出ていない」と話す。




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では、何故これらが表面化しないのか? そこには、消防本部のトップや、消防組織を管轄する市町村等が、事実を巧妙な手口で隠しているという信じられない実態があるという。「例えば(前述の)7件の中には、消防本部の幹部や市の幹部等が、こんな手を使っているケースもあります。自死ではあるけれど、公務に絡めてその死亡を処理して補償金を多く出したり、自死した署員の遺族を優遇して市職員として採用する等するのです。遺族を黙らせる為に、あの手この手を使っているんです」(前出の市民団体関係者)。つまり、消防内部でのパワハラ自死は、組織的に市町村等もグルになって闇に葬られているのだ。消防内部の隠蔽問題は、まだまだある。2011年3月11日に起きた東日本大震災からまもなく5年だ。あの時、第一線で対応したのは自衛隊員や警察官、そして勿論、消防隊員も全国から被災地に入り、救出や遺体を運ぶ作業に全力で当たった。特に消防の場合は、爆発した福島第1原発の原子炉への注水という、被曝の危険性も顧みない大仕事に挑んだ。だが、被災地に出向いた全国の消防隊員のうち、その後に『心的外傷後ストレス障害(PTSD)』になり、自殺したり、退職者が出たことについてはあまり知られていない。「日常活動でいくら遺体等を見ているからといって、震災の時のそれはまるで違いました。うちだけではありません。自衛隊だって警察だってそうですが、あのショックから立ち直れない隊員が出てもおかしくない」(消防OB)。にも拘らず、こうした心の傷や、前記のような指導と称したパワハラ問題等もそうだが、これを救済する窓口や組織が消防本部内に無いのである。「普通の民間会社等は労働組合があって、労働者の立場に立った相談窓口がありますが、消防にはそれが無いのです」(同OB)。

実は、日本では消防には団結権が認められておらず、組合を組織できない。一応、有志たちが任意団体として『全国消防職員協議会(全消協)』を組織して、辛うじて組合に準じた活動を行っているが、任意組織だけに人手や資金集め等といった活動には限界がある。また、消防本部の管轄は、組織的には地方自治体の市町村の傘下にある。この為、予算等も自治体毎、給与もバラバラ、待遇もバラバラだ。こんなことも起きている。「東日本大震災の被災地で活動している隊員は、全国から応援に来ました。ところが、現場で同じ救助を徹夜でやっても、給与体系が自治体に依って違うので、ある部隊は無給だったりします。その後、大災害等の特別救助の場合は基準を合わせるようになりましたが、職場環境等は各地の消防毎に熱心・不熱心の差がまだまだあります。今、全国に申し入れています」(全消協幹部)。このように、消防本部は給与・労働条件・隊員の健康管理体制・相談窓口等といったものが全国均一ではない。それらは其々、各地方自治体や各消防本部のトップ等に委ねられるから、消防本部毎に中身・対応・ルールがバラバラになってしまうのである。「署員の健康管理体制や相談窓口の設置等を比較的一生懸命やっているのは、首都圏の市の消防等でしょうか。自死した20歳の青年の消防本部のように、全国には意識が低い消防本部は沢山あります」(同幹部)。この他、例えば組織が閉鎖的なのは自衛隊も同じだ。消防隊員と同じように、被災地の活動の後にPTSDになった隊員は多く、更に2003年のイラク派遣の後にも、「行った場所が非戦闘地域だったにも拘らず、昼夜砲撃等の危機に晒されたこと等から、帰国後にPTSDで自死した隊員が20人以上もいる」(自衛隊OB)という。しかし、「しっかりとした相談窓口が組織内に無かった」(同OB)上に、自死の事実は調査・公表されていない。このように、消防にしても自衛隊にしても、パワハラやPTSDに依る自死者の事実は隠蔽されてきたのだ。

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全消協の近江孝之会長が訴える。「PTSDやパワハラが原因と見られる自死等は、相談したり、打ち明ける環境が必要なんです。全消協も、地域に依っては未だ組織ができていないところもあって、万全の体制ではないのです。確かに、我々は危険を顧みず、人命を助けることが使命です。覚悟はできていますし、使命感は強いものがあります。昔は、『人を助ける為なら、隊員は自分を犠牲にしろ。自分の体のことや健康など考えるな。怪我したり死んでも当たり前』といった考えが消防内部でよく言われていましたね。でも、時代と共に“救助”という概念も変わってきています。例えば、海上保安庁等は『隊員が不健康だったり、怪我をしたら、肝心な時に人を助けられない』と変わってきている。一理あります。人命を救えるように、体力・気力を常に保ち、健全でいなければならない。日頃の健康管理体制や相談窓口等を消防内部に設置することは最重要テーマです。そうしないと、パワハラ自死やPTSD自死は無くならない」。実は、20歳の青年のケースを始め、2014年に7件を超えた消防のパワハラ自死の実態等については現在、民主党等の野党が独自調査を行っているという。民主党の政調幹部は、「行政ぐるみで将来のある青年の死やパワハラを隠蔽しているとすれば大問題。事実関係を明らか にして、公務災害を認めさせる。また、団結権については、ずっと以前に国際労働機関(ILO)の勧告も出ている。権利を認めて、全消協が発展的に消防隊員たちの健康や精神衛生上の窓口になれるよう繋げたい。20歳の彼の死を無駄にしない」と話している。現在開会中の通常国会で、こうしたパワハラの実態等を「追及する予定」(同幹部)だということで、今後は消防組織が抱える“ブラック性”が炙り出されそうだ。


キャプチャ  2016年3月号掲載


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