アウトサイダー優位のアメリカ大統領予備選、背後にある民意とは――リーマンショックの8年間への怒りと“9.11からイラク戦争の時代”への拒否反応

20160227 05
今月1日のアイオワ州党員集会に始まった大統領予備選は、9日のニューハンプシャー予備選、20日のネバダ州党員集会(民主党)・サウスカロライナ州予備選(共和党)、23日のネバダ州党員集会(共和党)が既に終了した。民主党では、ヒラリー・クリントン候補が1位→2位→1位と優勢だが、得票率では常にライバルのバーニー・サンダース候補に猛追を受けている。サンダース候補は多額の個人献金を集めており、8年前の“オバマ対ヒラリー”の予備選のような“長期戦”に持ち込む構えだ。一方の共和党では、ドナルド・トランプ候補の勢いが止まらない。当初は一種のタレント候補として早期に失速すると思われた同候補だが、緒戦のアイオワで2位だった後は3連勝しており、ネバダ州では45.6%の得票率を獲得して“地滑り的(ランドスライド)勝利”という形容もされている。また、父と兄に続いてホワイトハウスを狙っていたジェブ・ブッシュ氏(前フロリダ州知事)は、サウスカロライナ州での惨敗を最後に選挙戦から撤退した。共和党では、独走するトランプ候補をマルコ・ルビオ候補とテッド・クルーズ候補が追うという展開で、選挙戦としては、この3名に絞られてきた。これは、昨年の時点で多くのアナリストが予想した選挙戦とは全く違う構図となっている。現時点の選挙戦を一言で形容するなら、“民主党のサンダースvs共和党のトランプ”という“アウトサイダー”の勢いが止まらないということだ。実業家でテレビタレントのトランプは完全なアウトサイダーだが、上院議員のサンダースも“民主的な社会主義者”を自称しており、極端なリベラル政策を掲げて“ワシントンとウォール街のエスタブリッシュメント”を敵視する姿勢はアウトサイダーに他ならない。その一方で、民主党のヒラリー・クリントンや共和党の上院議員・知事経験者等は、序盤戦を通じて苦戦が続いている。こうした動きに対して、昨年末までは様々な解説がされていた。「サンダースの躍進は、ヒラリーの一連の“メール疑惑”や“ベンガジ疑惑”等の反動である」とか、「トランプへの支持は、本命視されていたジェブ・ブッシュ候補の“弱々しさ”等、他候補のほうに問題があるから」という具合だ。そんな中、「いくら世論調査の支持率が高くても、本番の党員集会や予備選では、こうした“アウトサイダー”への支持は限られるのではないか」というような見方もあった。だが、実際の結果はそうした予測を裏切るものだった。

アナリストたちの中には、「これから南部へ行けばサンダースの勢いは止まるだろう」とか、「カリフォルニア等の大票田になればトランプは勝てないだろう」等という見通しもある。だが、序盤戦の結果については、このようなアウトサイダーの“旋風”が続いている。これは歴然とした事実だ。であるならば、その背景にある民意を読み解かなくてはならない。今、アメリカの有権者の中にある“思い”とは何なのだろうか? 何が、ここまで彼等を“アウトサイダー支持”に走らせているのだろうか? 同じアウトサイダーと言っても、トランプ候補は排外主義的な極右、サンダース候補は格差是正と反戦を叫ぶ極左と、アメリカの対立軸の両極端であるように見える。だが、両者の発言を検証し、そこに寄せられる支持者の思いを見ていくと、2人にはハッキリした2つの共通点があることがわかる。1つは、“リーマンショック以降の8年間”への怒りであり、「その8年間を否定したい」という強い衝動だ。トランプの支持者も、サンダースの支持者もオバマ大統領個人を嫌っているのではないし、「オバマ大統領の政策を全部ひっくり返したい」と思っている訳でもない。だが、このオバマの8年に重なってくる“リーマンショック以降のアメリカの8年”への強い怒りがあり、その怒りが“既成政治家”への強い不信感となっている。確かに、両者の表現は違う。トランプは「偉大なアメリカを取り戻す」という言い方をしているし、サンダースは「格差の是正」を主張している。だが、その根本にあるのは“2008年秋以降の経済の低迷”に依る雇用の不安、そして生活への不安だ。両者の政策は決して練られたものではない。トランプの言う「中国と日本から雇用を奪い返す」というスローガンは、アメリカが高度先端産業にシフトしている中で、経済的な最適解として“国際分業”を行っている現実を考えると、殆どリアリティーは無い。スローガンとして、時代錯誤と言わざるを得ないものだ。とりわけ日本に関しては、現在は主要な産業はアメリカでの現地生産が主流であって、日本経済がアメリカの雇用を脅かしているような構造は薄れており、まさに時代感覚を疑わざるを得ない。だが、自分が嘗て製造業に従事していたり、製造業の栄えていた地域で生活していた中高年に取っては、“リーマンショック後の8年”が暗黒の時代であるならば、それこそアメリカの製造業が繁栄しながら日本と貿易摩擦を繰り広げていた20世紀は“眩しい過去”に見えるのだ。トランプは、そのようなファンタジーを売って見せることで、民意の中にある“怒り”の“捌け口”を提供している。




その“怒りの捌け口”には内容は無い。だが、有権者は一旦トランプのファンタジーに共感すると、同時に現在のアメリカの経済構造――とりわけ“リーマンショック以降の現状”を代表し、また肯定しているように見える既成政治家を「絶対に選びたくない」という感情に捕らわれてしまう。そして、この“既成政治家への拒絶感情”というのは、一旦刷り込まれると容易に消せないのだ。2010年に始まった『ティーパーティー(茶会)』運動は、同じように景気回復の遅れへの怒りが背景にあった。だが、ティーパーティーの主体は中小の自営業者たちであり、その“怒り”の核にあったのは、オバマ大統領が公的資金を使いながら景気浮揚に失敗していることへの“納税者の反乱”という面があった。だが、今回の“トランプ現象”は、中高年の賃金労働者たちに依る、より直接的な“景気と雇用への怒り”という違いがある。感情としてより直接的であり、母体の広がりもある。一方で、サンダースの“格差批判”は、2011年に始まった“占拠デモ”運動の精神をより直接的に政治的パワーに転換したものと言えるだろう。これも、“この8年の否定”ということでは同じことだ。アプローチこそ、「最低賃金を15ドルに上げる」とか、「ウォール街への課税を強化して、その財源で公立大学の無料化をする」という、まさに“社会主義的”な政策を掲げているが、その根本にある“リーマンショック後のアメリカ”への粗全否定という感覚は共通だ。

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2つ目は、更にその前の8年間――つまり、“9.11からイラク戦争の時代”への拒否反応だ。トランプの暴言には排外主義や野蛮な軍事作戦を示唆するものが有名だが、一方で、9.11とブッシュの時代に対する舌鋒も相当なものがある。例えば、「9.11が起きたのはブッシュの時代だ」という言い方でテロを予防できなかったブッシュ政権を批判してみたり、「ブッシュは政治的に正しい戦争をやって失敗した」という言い方もしている。こうした言い方を聞いていると、まるでトランプが政権を取ったら大軍勢を率いて世界中で戦争を繰り広げそうだが、発言を詳しく見ていくと反対のことも言っている。例えば、対『ISIS(別名:イスラム国)』の作戦にはシリアの安定化が欠かせないとして、トランプは「自分はプーチンと親しいから、プーチンに問題を処理させる」として、アメリカ軍の直接関与を否定している。北朝鮮情勢も同様だ。今月7日に北朝鮮がミサイルの発射実験を行ったが、その3日後にCBSテレビに登場したトランプは、「北朝鮮の指導者を亡き者にする」等という物騒な発言をしている。だが、驚くべきはその続きである。トランプは中国と交渉して、中国の手で北朝鮮の指導者を“亡き者”にさせるというのだ。つまり、シリア問題も北朝鮮の問題も、「アメリカが直接関与はしない」で、「交渉に依ってロシアや中国に問題を解決させる」としているのである。これは一見すると、トランプ一流の「自分はビジネスの修羅場を経験した交渉の名手だ」という自己顕示欲の発露に過ぎないように見える。事実、この種の発言が出る度に、「そんな他力本願では保守派の支持は得られないだろう」という解説も見られた。だが、そうした専門家の予測を覆すようにトランプの支持は伸びている訳で、その背景には「ブッシュがアフガン・イラク戦争に突き進んで、アメリカの威信と国富の双方を失った」という8年間への忌避の感情があると言っていいだろう。つまり、一見すると非常に強気な“暴言”でありながら、アメリカ軍が直接的に戦争に関与することには強い抵抗を示す世論の“厭戦感情”を巧妙に掬い取っているのである。その中心にあるのは、ブッシュの8年への否定だ。この点に関して言えば、サンダースの“反戦思想”も同じである。イラク戦争に対して当初から反対したという一貫性は、若者に強くアピールしている。

確かに、トランプの暴言には乱暴な排外主義があり、抑々「知的なるものを否定しつつ、大衆を扇動しよう」という危険なデマゴーグの手法が再三用いられている。また、サンダースの主張は、その強引な手法は経済合理性に反するし、アメリカ社会で広範な合意を形成する現実味には乏しい。だが、この両者の底流にあるメッセージは驚くほど似通っているのであり、それは“オバマの8年”と“ブッシュの8年”への強い批判に他ならない。現在、ヒラリー・クリントンにしても、共和党の“プロ政治家”たち――即ち、マルコ・ルビオやジョン・ケーシックにしても、サンダースやトランプの攻撃に対して“防戦姿勢”が目立つ。要するに、アウトサイダーの2人のメッセージをそのまま受け止めて「非常識だ」と批判したり、「自分は経験があるから相手よりも上だ」という論法に留まっているのだ。そうなると結局は、「こうした既成政治家というのは、過去の8年乃至16年の“アメリカの低迷”に責任がある」と有権者に決め付けられてしまう。また、これからのアメリカを「より安全で、より繁栄した状態に持っていく能力が足りない」という印象を与えてしまうのである。まさに、トランプやサンダースの“思うツボ”という訳だ。この点に気付いて、改めて2017年以降のアメリカの内政と外交に関して“新しい時代を切り開く提案”ができれば、その政治家は既成政治家グループの中から一歩抜け出して、アウトサイダーを抑えこむことができるだろう。だが、そうした新しい発想が誰もできないのであれば、アウトサイダーの旋風は更に南部や中西部でも猛威を振るうことになるのではないだろうか。年明けの世界経済は大荒れの様相を呈してきたが、アメリカの景気がここで更に悪化するようであれば、有権者の“怒りの感情”には更に油が注がれることが予想されるからだ。


冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 作家・ジャーナリスト。1959年、東京都生まれ。東京大学文学部卒。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。『福武書店(現在の『ベネッセコーポレーション』)』勤務を経て、1993年に渡米。著書に『“反米”日本の正体』(文春新書)・『“上から目線”の時代』『“関係の空気”“場の空気”』(共に講談社現代新書)等。現在、メールマガジンJMM(村上龍編集長)の『FROM911、USAレポート』・週刊メールマガジン『冷泉彰彦のプリンストン通信』を配信中。


キャプチャ  2016年2月27日付掲載


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テーマ : 国際政治
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