『シャープ』を崩壊させた4人の男たち――債務7500億円・リストラ3000人、“世界の亀山モデル”は何故崩壊したのか?

『シャープ』が喘いでいる。再建の目途は全く立たず、身売り話が絶えない。家族経営の会社としてスタートし、一事は売上高3兆円を叩き出すまでに成長した日本を代表する企業に何が起こったのか。歴代社長を支えた側近の生々しい証言で明かされる蹉跌と転落の歴史。 (取材・文/ノンフィクション作家 立石泰則)

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1月11日、日本経済新聞朝刊1面トップに、こんな見出しが躍った。『シャープ再建、国主導で 革新機構、2000億円出資』。シャープが官民ファンドの『産業革新機構』と協議している経営再建案の概要を伝えるもので、機構は過半数の株取得を目指しており、その出資額は2000億円規模の見通しだという。別の報道では、「台湾の“鴻海精密工業”が7000億円でシャープを買収し、M&Aを仕掛ける」とも伝えられた。昨年9月末の時点で、シャープの有利子負債は約7500億円に達しており、3000人規模のリストラも行ったが、依然として経営危機を脱する見通しは立っておらず、身売り話ばかりが先行する状況だ。それに対し、当事者のシャープは曖昧なプレスリリースを発表するだけだ。「当社液晶事業の分社化や産業革新機構による当社への出資並びに主力取引銀行への金融支援の要請などに関する報道がありましたが、これらは当社の発表に基づくものではありません。当社は現在、経営再建に向けて、液晶事業の構造改革などについて複数社と協議を継続しておりますが、現時点で決定した事実はありません」。ある金融記者は、同社の髙橋興三社長の最近の様子をこう語る。「今のシャープは“俎板の上の鯉”で、会社としても社長としてもできることは何も無い。元々、当事者能力はゼロの髙橋さんでしたが、することが無いのですっきりした表情でした。寧ろ、前よりも元気がいいくらい」。経営危機に陥っている会社のトップの姿とは信じられないが、一体シャープで何が起こっているのか。

ある中堅社員は、筆者の取材にこう漏らした。「決められないのは、シャープという会社のカルチャーという気もします」。この言葉の意味を理解するには、シャープの歴史を繙く必要がある。シャープの創業者である早川徳次氏が金属加工業の会社を創業したのは1912年。ベルトのバックルやシャープペンシル等のヒット商品で成功したが、関東大震災で家族と工場を失い、早川氏は再起を期して大阪へ移る。そこで出会った“孤児”が、後に2代目社長となる佐伯旭氏だ。早川氏に引き取られて入社した佐伯氏は仕事に励み、僅か29歳の若さで取締役に、1970年には社長に就任。以降、佐伯氏は社長を16年務め上げ、“佐伯時代”を築き上げることになる。佐伯氏は若い技術者の進言を取り入れて、コンピュータや半導体等といった将来性のある分野に積極的に投資。更に、社長直轄の“緊急プロジェクト”を立ち上げる。これは、横断的な連携が必要な緊急のテーマに関して、全社から最適な人材を集めたプロジェクトで、後に電子手帳の『ザウルス』等のヒット商品が生まれている。また緊プロでは、プロジェクトを通して人材育成の効果も表れた。“同じ釜の飯”を食った彼らの間には同志的な結び付きも生まれ、3代目社長となる辻晴雄氏や4代目社長となる町田勝彦氏(上段右写真)といった人材も育っていった。佐伯氏は1986年に会長へと退くが、その存在感が希薄になることはなかった。佐伯氏の女婿の町田氏が社長時代、同じ敷地に住む佐伯氏の下を訪ねて経営について話し合うのが常だったという。シャープという会社の本質は“家族経営”なのである。実は、この家族経営故の限界が、今日のシャープの苦境へと繋がっているのだ。創業者の早川氏は、こんな経営理念を残している。「いたずらに規模のみを追わず、誠意と独自の技術をもって広く世界の文化と福祉の向上に貢献する」――。「規模のみを追わず」の意味するところは、身の丈に合った経営に他ならない。




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だが、創業者精神(経営理念)は語り継がれても受け継がれないのが世の常だ。町田社長時代に、「身の丈に合った」家族経営が揺らぎ出す。1998年に4代目社長に就任した町田氏は、「2005年までに国内で販売するテレビをブラウン管から液晶(パネル)に換える」と宣言した。それまでシャープでは、液晶ディスプレイはパソコンモニターが中心だったが、これをテレビへと大きく舵を切ったのである。そして、テレビ用の液晶パネル工場を亀山に建設するが、こうした流れに危機感を覚えたのが最高顧問に退いていた佐伯氏だ。2002年2月、亀山工場の生産本部長に就任する役員の谷善平氏を呼び出し、自分の考えをこう伝えたという。「いいか。液晶の投資は亀山で終わりだ。君の課題は、亀山の10万坪の敷地をどう使うか、考えることだ」。だが、2004年に亀山第1が稼働すると、谷氏は代表取締役副社長を退任した。顧問に退き、佐伯氏の意向は現場には伝わらなかった。当時、液晶事業では取締役の片山幹雄氏(左写真)が奮闘していたが、2006年、片山氏は佐伯氏の意に反して液晶への投資を続け、亀山第2を建設する。そして翌年、僅か49歳の若さでシャープの5代目社長に就任するのだ。どうして町田氏は、片山氏を止めなかったのか。町田氏に仕えた経験のあるシャープOBは、こんな人物評価をしてみせた。「町田さんは、一見すると粗野に見えるかも知れませんが、神経はとても繊細です。他人の意見もよく聞く。たとえ自分の考えが決まっていても、他人の意見を聞いた上で判断されます。逆に、未だ決めていない時は、(他人の意見が)正しいと思われても直ぐには判断されません。片山さんに対しても、本人が気付くまで待つというところがあったように思います」。それに対し、片山氏は自他共に認める“超強気”人間である。しかも進言嫌いの為、有意義な意見であっても進言者をトバしてしまうことが少なくない。

町田氏が“家康”タイプなら、片山氏は“信長”タイプだと評する声もあった。町田氏と片山氏があるプロジェクトを巡って対立した場面に立ち会った経験のある中堅社員は、その時の様子をこう話す。「まるで仲のいい親子喧嘩でしたね。最初は反対するのですが、『お前がそこまで言うのならやればいい』と最後は町田さんが押し切られるパターンです」。片山氏が社長に就任した年、シャープは2007年3月期の連結業績で初めて、売上高が3兆円を超えた。その43%を液晶テレビと液晶パネルの売上高が占め、液晶事業の売上高は1兆円を超えるまでになっていた。その半面、液晶事業に依存した歪な売上げ構成は“液晶一本足打法”とも揶揄された。液晶事業の不振が、直ちに本社の業績を直撃する危うさを喩えたのだ。身の丈を考えるなら液晶事業を分社化し、本社の連結から外しておくのが経営の常道である。だが、町田氏が片山氏に分社化を勧めたという話は聞こえてこない。前出のOBは、その理由をこう推測する。「シャープには抑々、コア事業を分社化した経験がありません。町田さんの時代の2005~2006年は『勝てる場所で勝つ』が1つの方針になっていました。“自分の得意な分野で勝負する=身の丈にあった経営”という理屈です」。況してや、「液晶に非ずんばシャープに非ず」の片山氏が、分社化に応じて自らシャープから出て行くことは考えられなかった。この間のシャープは、リスクヘッジを決断する経営首脳を持たなかったのである。ここからシャープの躓きが始まる。液晶事業絶頂期の2008年9月にリーマンショックが起きる。液晶事業の不振がモロに響いて、2009年3月期の決算は約1300億円もの最終赤字に陥った。にも拘らず、「液晶がシャープを大きくする」と信じて疑わない片山氏は、その年の10月に4200億円の建設費用を投じた堺工場を稼働させるのである。一方で、液晶テレビ(パネル)は国内のみならず、『サムスン電子』『LG電子』の韓国勢に加え、新興国・中国のメーカーも増産に踏み切っていた。

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供給過剰になれば値崩れするのは当然で、価格競争に巻き込まれれば十分な利益を確保できない。2012年3月期決算でそのツケが一挙に噴出し、3760億円という巨額な最終赤字を計上した。この非常事態に逸早く動いたのは、当時、会長を務めていた町田氏だった。シャープの決算数字が確定する前に台湾に飛び、旧知の鴻海精密工業のトップであるテリー・ゴウ氏と直接交渉し、資本業務提携に漕ぎ着けたのだ。堺工場は、その運営会社にテリー・ゴウ氏が個人で600億円(46.5%)を出資。これに依り、稼働率の悪かった堺工場をシャープの連結から外すことができた。社内では「この600億円が無ければ倒産していたかもしれません」と評価する声もあるが、一方でこんな批判もあった。「町田氏に代表権があるとは言え、本体への出資を含む資本業務提携を取締役会にも諮ることなく、勝手に行うことが許されるのか。株主代表訴訟でも起こされたらどうするつもりなのか」。純粋に「シャープの苦境を救いたい」という町田氏の気持ちは尊重されるべきだろうが、家族経営でやってきたシャープが会社の体をなしていないことを示すエピソードである。結局、町田氏は片山氏に液晶事業不振の責任を取って辞めるように求め、新社長に奥田隆司氏(右写真)を指名したと言われるが、これも社内に困惑を齎した。奥田氏は、それまで社長候補として名前が取り沙汰されたことも無く、目立った業績も無かった。何よりも問題なのは、社長に選ばれた明確な理由がわからなかったことである。因みに、町田氏が台湾入りした際、唯一同行を認めた役員が奥田氏である。

新社長の奥田氏の社内評は、あまり芳しいものではなかった。記者会見等でボロを出さないようにペーパーを必死に読む姿は、如何にも頼りなかった。だが、社長就任以来“レームダック”と揶揄されてきた奥田氏は、2012年末に意外な行動に出る。本社の各部署で行われる打ち上げの場に顔を出して、「来年は頑張ろうな」と声をかけて回ったのである。その場に居合わせたシャープ社員は、こう話す。「正直、驚きました。その時、『奥田さんも、ついに腹を括ったんだな』と思いました。そして、『奥田さんの下で、皆で一緒にやっていけるのでは』と初めて思いました」。しかし、年が明けると、事態は逆の方向へ進んでいた。役員・幹部を中心に“奥田降ろし”が始まっていたのである。具体的には、役員OBが現役役員1人ひとりに「社長は奥田でいいのか?」とヒアリングし、「奥田では駄目です」という流れを作ったのだ。「現役役員でクーデターの中心となったのが、髙橋(興三)・水鳴繁光・大西徹夫の3人です。彼らの間で、誰からともなく『俺たちは三国志だな』という言葉が出たと聞きました。結局、水嶋も大西も自分が社長になりたいと言わなかったので、その場の雰囲気で『次は髙橋だ』となった」。役員OBの工作を近くで見ていた別のOBは、そう回想する。こうして、奥田氏は僅か1年余りで社長の座を追われ、7代目社長に髙橋氏が就任したのが2013年6月である。翌2014年3月期(2013年度)決算では、営業利益と最終利益で3期ぶりの黒字化を達成するが、その1年後の決算では最終利益で2220億円と大幅な赤字に陥る。髙橋氏を近くで見てきた中堅社員は、こう指摘する。「2014年の好業績は、堺工場を連結から外したことに依りますが、この時がチャンスでした。銀行からの融資や公募増資等で、約5000億円の資金も手元にありました。本当はそれを使って、新しくコア事業になる分野に集中投資したり、必要の無い事業を切り捨てるといった抜本的な改革に着手するべきでした。でも、髙橋さんは何もしなかった。業績が良くなったので、『従来の延長線上でやっていけばいい』という考えでした」。

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髙橋氏(左写真)も奥田氏同様、シャープの未来像が描けていなかった。違いを挙げるなら、「けったいな文化を壊す」と宣言し、その実行の為に家族経営の歴代首脳を経営の第一線から遠ざけたことぐらいか。複写機の技術畑の出身だが、取材を進めてもエピソードが全く出てこない。唯一印象に残ったのは、2014年の新入社員の入社式の社長挨拶だ。髙橋氏は新入社員に向かって、「私は入社以来、ノーと言ったことが無い」と言い放ったという。この会社では最早、イエスマンでなければ出世できないことを社長自らが高らかに宣言したも同然だった。昨年5月、シャープは同年から始まる新たな3ヵ年の中期経営計画と組織変更を発表した。“三国志”の面々は、それまでの中期経営計画が何れも未達で終わったにも拘らず、誰も経営責任を取らなかった。一方で、現場を統括する2人の専務――液晶を含む電子デバイス担当の方志教和氏と、複写機等を担当する中山藤一氏は顧問に退かされている。流石に質疑応答では、記者から「経営責任を何故取らないのか?」とストレートな質問が飛んだ。それに対して髙橋氏は、「新たな経営計画をやり遂げることが経営責任だ」と論点をすり替えた。次の記者は、「髙橋さん、それで社内で求心力があると思っているのですか?」と追撃した。髙橋氏は一瞬絶句し、何か言おうとしたが言葉にならなかった。振り返れば、家族経営から組織で動く経営への転換に失敗した町田氏、液晶事業を過信して進むべき道を誤らせた片山氏、そして無策のまま、更に状況を悪化させた奥田氏と髙橋氏…。4人の経営者の失政は、糾弾されて然るべきだろう。経営再建には、経営トップと社員が“心を1つ”にすることが何よりも肝要である。しかし、経営トップが真っ先に自己保身に走るようでは、社内のモラルは上がらない。そんな空気に嫌気が差してか、会社側が募る希望退職者以外にも、若いエンジニアや中堅幹部の自主退社が相次いでいる。責任逃れの老人が居残った会社を税金で救う価値があるのだろうか。


立石泰則(たていし・やすのり) ノンフィクション作家。1950年、福岡県生まれ。北九州大学商学部卒。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。経済誌編集者・週刊誌記者等を経て、1988年にフリー。『松下幸之助の昭和史』(七つ森書館)・『ヤマダ電機の暴走』(草思社)等著書多数。


キャプチャ  2016年1月28日号掲載


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テーマ : 経済・社会
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