『味の素』、“成功の呪縛”断ち世界トップ10へ速攻――世界の主要市場で薄い存在感、“ショットガン型”への脱皮図る

『味の素』は、売上の半分以上を海外で稼ぐグローバル企業。しかし、食品業界世界トップ10への道は遠い。“うま味調味料”に依存した従来の勝ちパターンに拘らず、真のグローバル企業への“最後の挑戦”をする。その姿を追う。 (河野紀子・大竹剛・ロンドン支局 蛯谷敏)

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「これほどの数の商品を1年間で発売したことはない」。そう語るのは、『ブラジル味の素』の坂倉一郎常務だ。味の素の海外事業における最重要国で、グローバルトップ10入りへの成長を加速させる改革が始まっている。その1つが、2013年から2015年まで西井孝明社長自身がトップを務めたブラジル味の素だ。冒頭の坂倉常務の言葉は、ブラジル味の素が今年度に発売した20の新商品を指している。創業から60年になる同社で、これまで年間の新商品投入数が10を超えることは稀だった。ブラジル味の素の食品事業の売上高は昨年度で約300億円。会社全体も、ここ数年は年10%前後で成長を続けている。だが、味の素は全く満足していない。この成長率を20%弱に引き上げ、2020年度の事業規模を2012年度比で3倍にする計画を立てている。この為、ブラジルでは数年前から更なる成長加速の為の改革が始まっている。端的に言えば、従来の勝ちパターン依存からの脱却だ。味の素の海外食品事業における伝統的な勝ちパターンとは何か。右図を見てほしい。先ず、最も基本的なうま味調味料で販路を開拓する。その後、販路やブランドが十分に確立したら、それを梃子に消費者の生活水準の上昇に合わせて、付加価値が高い商品を徐々に増やしていくのだ。日本では『味の素』で販路を開拓し、風味調味料の『ほんだし』、合わせ調味料の『Cook Do』、更に冷凍食品といった順に展開してきた。付加価値が増すほど、商品の単価も上がっていく。国に依って多少の商品の違いはあるが、日本で誕生したこの“積み上げ型”の事業展開は海外でも成功を収めた。特に威力を発揮したのが東南アジアの新興国で、青空市場を現地スタッフが徹底的に訪問し、現物の商品を現金で販売する“三現主義”を駆使して販路を築き上げた。一度構築した販路は、商店主との強い信頼関係で結ばれ、競合他社が容易に崩すことはできない。

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この勝ちパターンを以て、味の素は他の国内企業からは“新興国攻略の手本”と見られることも多い。今年度の連結売上高予想1兆2630億円のうち、海外食品の割合は4割を占める。現金商売ではないものの、ブラジルの成長も積み上げ型に依るものだ。最初に投入した商品は、うま味調味料ではなく混合調味料だったが、その後、風味調味料・粉末ジュース・スープと付加価値を上げてきた。半面、積み上げ型には欠点もある。事業が軌道に乗るまで時間がかかるのだ。新商品を投入しても、その魅力を販売店が理解し、末端の消費者にまで浸透させるには5年かかる。しかし、西井社長は5年も待っていられない。従来の勝ちパターンでは明らかに時間が足りない。しかも、これまでの成功体験が、今後の成長の足かせになりかねないと考えていた。「既存の勝ちパターンの枠に捉われずに、商品ポートフォリオを一気に増やす必要がある」(西井社長)。そこで、ブラジル味の素は戦術を大きく転換した。導入したのが、既存の強い商品を中核とした“隣地拡大”の発想だ。その一例を示したのが左図だ。ブラジルでは、風味調味料市場で65%という高いシェアを持つ『Sazon(サゾン)』という商品がある。このサゾンの資産を、粉末技術・ブランド・生産設備・販売チャネルといった具合に分解し、それらを活用して周辺領域に新商品を仕掛けていく。例えば、2014年に発売した調味料『Satis!(サティス)』の新商品は、サゾンの粉末技術を活用した。肉に粉を振りかけてレンジで温めるだけで、『ミラネーザ』と呼ばれるミラノ風カツレツを作ることができる。日本で言えばCook Doに相当する、ある特定の料理で調理の手間を省く加工食品だ。この他、ブランドを生かして派生商品を発売したり、外食向けの販売チャネルを活用して醤油やオリーブオイルを展開する。1つの商品を基点に全方位で商品展開を検討することで、従来の発想に捉われない開発が加速している。「ショットガン(散弾銃)のように商品を展開する」と西井社長は言う。その成果が、冒頭の急増した新商品の数だ。




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但し、商品数をただ闇雲に増やすだけでは質が落ちかねない。そこで、ブラジル味の素では新商品の開発精度を高める仕組みを導入した。その1つが、“美味しさ”の定義をすり合わせるプロジェクト『デリシャスネス・イン・ブラジル』だ。ブラジル人と日本人の開発担当者の間で“美味しさ”の評価軸を合わせることで、新商品の空振りを減らす。例えば、ブラジル人の多くは、日本人以上に肉は焦げ目が付くほどしっかり焼いたものが“美味しい”と感じる。これまでは、現地の開発担当者が暗黙のうちにこうした差異を考慮していたが、それでは一向に日本人担当者との認識のズレは埋まらない。その為、何を“美味しい”と感じるのか、美味しさを表現する言葉の定義から厳密にすり合わせをすることで、日本の技術開発の成果を迅速に導入し易くする。味・香り・外観・食感…。海外の消費者がどんな要素に美味しさを感じるのかを客観的に知ることは、付加価値の高い商品を開発する上で欠かせない。実は、この仕組みを発案したのは、他ならぬ西井社長だった。味の素ブラジル社長として現地に赴任した直後の食事で、危機感を持ったという。「現地の流儀に倣って、ブラジルの伝統料理にファロッファ(キャッサバ芋を乾燥させた粉)をかけて食べたが、無味無臭で美味しくない。周囲の日本人も同じ意見。しかし、何故ブラジル人は美味しいと感じるのか、誰もはっきりと説明できなかった。我々がやってきたことは、何かずれているんじゃないか」(西井社長)。この食体験が、デリシャスネス・イン・ブラジルを立ち上げるきっかけとなった。西井社長が日本に帰国した後も、ブラジル味の素の改革は続いている。昨年、研究開発部と事業部を一体化し、商品の研究開発から事業化までを一気通貫でマネジメントする体制にした。作る側と売る側が同じ組織に属することで意思疎通を円滑にし、意思決定のスピードを上げることが狙いだ。

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更に、開発・販売・工場・顧客窓口等、全部門の担当者は週に1度、必ず顔を合わせて互いの状況を報告する。組織の連携を強固にし、事業規模3倍に耐える組織作りを進めている。最近の資源価格の暴落で、資源分野への依存度が高かったブラジル経済には逆風が吹いている。消費にも陰りが見え、食品事業は伸びが鈍化している。それでも、ブラジル味の素の売上高の約半分は工業・飼料用アミノ酸輸出が占めており、通貨レアルの下落は追い風だ。「猶予を貰っている間に食品を一気に伸ばしたい」とブラジル味の素の藤江太郎社長は言う。味の素は、ブラジル、タイ、ベトナム、インドネシア、フィリピンの重点5ヵ国を“ファイブスターズ”と呼んでいる。現在進行中の中期経営計画では、5ヵ国に東南アジア諸国連合と中南米を加えた地域の売り上げを2012年度の約2000億円から2020年度に2.5倍にするイメージを示している。2020年度には、これらの地域が日本の食品事業を上回ると見られる。ブラジルと同じく3倍というハードルに挑戦する為、隣地拡大に加えて、既存の販売網を深掘りする国もある。1991年に進出したベトナムだ。「未だ勝者は決まっていない。今こそ攻めなければ商機を失う」。『ベトナム味の素』の本橋弘治社長は気合を入れる。「We must win!」――。朝8時、ホーチミン市から車で20分ほど離れたところにあるサイゴン第2営業所に、威勢のいい掛け声が響き渡った。20人の現地スタッフが、2人1組で営業用のトラックに乗り込んでいく。ベトナム味の素は、これまで主に販路を増やすことに力を注いできた為、きめ細かな商品提案ができていなかった。その為、本来は強い商品であっても、地域に依っては競合他社に売り負ける場合があった。競合他社の商品の売れ行きまで細かく分析できるのは、三現主義が築き上げた販売網があるからこそ。その優位性を生かし、2014年からは競合品に負けている地域を徹底的に攻めている。例えば、競合メーカーの調味料を使っている外食企業の担当者を招き、味の素の商品を使った調理法のセミナーを開いた。すると、参加者の半数が味の素の商品に切り替えた。商品力があっても、特徴を伝え切れていなかった。そこで、商品毎の販売数を地域で分析し、地域限定で弱い商品のテレビコマーシャルを集中的に流すようにした。成果は見え始めている。63の省・市のうち、調味料における味の素のシェアが3割以下の地域の数は、2014年の21から今年度中には8まで減る見通しだ。

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味の素にとって最大の海外市場であるタイも、体制の立て直しを急ぐ。調味料と加工食品の2014年度の売上高では、『タイ味の素』は1000億円を超え、海外全体の約4割を占める。目下の課題は、1993年に発売し、缶コーヒー市場で7割という高いシェアを誇る『Birdy(バーディー)』の梃子入れだ。当初は、ガソリンスタンドでトラック運転手等に“眠気が覚める飲料”としてヒットしたが、20年が過ぎ、ブランドに陰りが見えていた。タイ味の素も、バーディーの改良を続けてはいたものの、小幅な改良が主で、新たな需要を喚起する商品は生み出せていなかった。その“缶コーヒーの王者”という慢心を突くように、食品世界最大手であるスイスの『ネスレ』が攻勢をかけてきた。ネスレがエスプレッソ風味の缶コーヒーを発売すると、味の素は次第に顧客を奪われた。2014年、味の素は追うようにエスプレッソ風味等の商品を投入し、売り上げは持ち直したが、危機意識は強い。タイ味の素の渡辺毅取締役は、「タイが倒れたら海外全体に影響する」と気を引き締める。抑々、バーディー躍進の理由は、現地スタッフが三現主義でローラー作戦を展開し、40万軒のガソリンスタンドを販売先として開拓したことにあった。だが、最近はスーパーやコンビニエンスストアが台頭してきた。コンビニ大手の『セブンイレブン』の店舗数は9000店に迫り、販路として特にコンビニの影響力が高まっている。スーパーやコンビニでは本部商談が中心で、現物を現金で取引することは殆ど無い。更に、外資系の小売りチェーンでは本国からの駐在員が商談に出るケースもあり、語学力の乏しい現地スタッフでは対応できない場合もある。従来の強みである三現主義が通用しない為に、タイ味の素は、本部商談に対応できるように現地スタッフを再教育する等、変化に対応した営業体制を急ピッチで築く必要性に迫られている。味の素アセアン本部長の高藤悦弘取締役専務執行役員は、「成功体験は、時に仇となる。過去の体制を壊し、新たな成長に舵を切らなければならない」と力を込める。この問題意識は、進出が早かったファイブスターズだけの話ではない。これまで手薄だった欧米市場等にも当て嵌まる。

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2015年度、味の素は前年度比25.5%の増収を見込むが、貢献した事業の1つが、2014年に約840億円で買収した北米の冷凍食品会社『ウィンザー・クオリティ・ホールディングス』(現在の『味の素ウィンザー』)だ。西井社長が「出来過ぎなくらい」と評するその買収は、攻めあぐねていた北米市場で時間を買う為のものだった。上左図のグラフを見てほしい。調味料を含む加工食品の市場規模は西欧が最大で、北米が続く(イギリスの調査会社『ユーロモニター』調べ)。次は上右図。調味料・ソース・ドレッシングにおける各地域のメーカー別金額シェアだ。アジア太平洋では味の素が3.8%でトップだが、北米や西欧では『クラフトハインツ』や『ユニリーバ』等の欧米企業が圧倒的に強い。2つのグラフから言えることは、「味の素は、世界の主要市場で存在感を必ずしも発揮できていない」という事実だ。味の素がアジア太平洋で首位を走るのは、日本での高いシェアに加えて、タイ等のファイブスターズで事業基盤を広げてきた成果でもある。但し、アジアでも中国やインドという世界最大級の“胃袋”を抱える成長市場には、十分に入り込めていない。ファイブスターズ以外で存在感を発揮できていないのは、消費者向け食品事業で本格的に進出した時期が遅かったという側面がある。例えば、ヨーロッパへの本格参入は2008年だった。しかし、進出の遅さには理由がある。欧米先進国は日本よりも早くに食品市場が成熟し、流通もチェーン化が先行していた。その為、現地スタッフを雇い、現金・現物でうま味調味料を販売して事業基盤を固めるという従来の勝ちパターンが通用しない。新興国でも、インドのような国では、香辛料を使った料理が主流で“うま味”があまり理解されないという弱点もある。「うま味が通用しない国では、事業の足場を作れていなかった」と味の素食品事業本部海外食品部の寺本博之部長は言う。しかし、継続的な成長には、最大市場である欧米の他、中国やインド等といった人口が多い国を狙って事業基盤を構築する必要がある。うま味調味料で事業基盤を作ることができなかった地域を、どう攻めるのか。その1つの解が、現地企業の買収だ。ウィンザー買収では、東部のミシシッピ州に工場を持つことが魅力の1つだった。味の素は既に、アメリカ西部のオレゴン州に冷凍食品の自社工場を持っていたが、全米に販路を拡大するには東部に足場を築くことが必要だった。

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買収後の統合作業は着実に進んでいる。ウィンザーが持つ中華等のアジア系冷凍食品の販路に、味の素の冷凍ギョーザ等を乗せ始めている。生産技術を提供する等して収益性を向上。今年9月からは、ウィンザーの工場で味の素の技術を使ったチャーハン等の冷凍米飯の製造設備を稼働させる。味の素では、味付けしたご飯をお釡で炊いて、それを炒め機に移して具材と合わせる。一方でアメリカのメーカーは、炊いた米を外部から調達して具材を混ぜるだけ。「どちらが美味しいかは歴然としている」(西井社長)。買収に加えてもう1つ、力を注いでいるのが提携だ。2014年、味の素はインドとナイジェリアで即席めん事業を展開する目的で、『東洋水産』と提携した。合弁会社を通じて、うま味調味料からの積み上げ型で市場を拡大するのではなく、売れる商品から一気に市場を取りに行く。インドやナイジェリアでは、即席めんが大衆食として根付いている。インドではネスレ、ナイジェリアでは『インドフード』(インドネシア)のブランドが圧倒的に強い。それでも味の素に拘らず、消費者が受け入れてくれる即席めんに参入することで、何とか成長スピードを上げたい考えだ。買収や提携ではなく、自社商品で市場をこじ開けることもある。南米のチリやコロンビアでは、自社の即席めん『Aji-no-men(アジノメン)』を2014年ころから本格的に投入し始めた。両国の消費者は、インド等と同様に、うま味に対する理解が低い。そこで、「即席めんと言えばアジノメン」と言われるほどの基盤がある隣国のペルーから商品を輸出し、「いきなり加工食品から橋頭堡を築く」(『ペルー味の素』の川端良成社長)。だが、こうした取り組みの多くは味の素にとって未知の分野で、難度は高い。実際、味の素は2014年、ウィンザー買収前に2つの案件を逃している。何れも舞台はヨーロッパで、1500億円規模の案件だった。買収を試みた会社は香料等の素材メーカーで、必ずしも加工食品の販路拡大に繋がるものではないが、買収の難しさを露呈した。西井社長は、「販路拡大の為の買収は今も諦めていない」と明かす。実際、専門チームをパリ等に常駐させて、買収案件の発掘に乗り出している。ネスレ等の欧米企業だけではなく、現地メーカーも力をつけている。競争が激化する中、戦線拡大にはリスクも伴う。競争力のある商品・事業を支える人材を供給し続けられなければ、延び切った兵站は、いつか破綻する。それを避ける為に味の素は、世界トップ10のグローバル企業と戦える経営体制を手に入れようと、構造改革を続けてきた。


キャプチャ  2016年2月29日号掲載


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テーマ : 経済・社会
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