【異論のススメ】(12) 重視されるリーダー育成…“普通の”若者にも目線を

先日、アメリカで宇宙からの重力波が直接検出され、アインシュタインの一般相対性理論の正しさが粗証明されたそうである。彼が一般相対性理論を発表したのは第1次世界大戦の最中、1916年のことであるから、丁度100年前である。1世紀かかって、この理論の正しさが論証されたことになる。「時間と空間が歪む」という、素人には何を言っているのかさっぱり理解不能な相対性理論は、しかし、その謎めいた雰囲気に依って、物理学とは無縁の者をも魅了するものであった。そして、内容は知らずとも、アインシュタインと言えば相対性理論ということになり、あの舌ペロリの愛嬌ある写真と共に、誰もがその名を知る天才ということになった。

扨て今年、東京大学を始めとする幾つかの大学が推薦入試を実施した。所謂“受験秀才”ではない独自の思考力を持った学生を集めるという。言ってみれば、将来、国際的に活躍できる超秀才、或いは天才の卵(そんな言い方があるとして)を入学させようという訳である。まあ、“アイネ・クライネ・アインシュタイン(小アインシュタイン)”を発掘しようということだ。東大の場合、外国語に堪能で、科学オリンピックのコンテスト等で良い成績を収めた者等が候補だという。その結果をある雑誌が紹介していたが、それに依ると、ムンバイで開催された『国際物理オリンピック』で銅メダルを獲得した人が理学部に合格したそうだ。この人は、東京都教育委員会に依る『次世代リーダー育成道場』にも合格したという。まさに“スーパー高校生”であり、政府の進める“スーパーグローバルリーダー”候補であろう。更に、高校時代に専ら河川の水質と生息生物の研究に没頭して論文を書いた人が工学部に合格。また、高校3年でニューヨークの国連本部で“難民問題”について模擬国連世界大会で優秀賞を獲得した人は、法学部に合格したそうである。只々道に迷い、小説を読んでみたり、哲学書を齧ってみたり、鬱々とした高校時代を送ってきた私等には殆ど想像もできない世界である。是非とも才能を伸ばして活躍してもらいたいと思う。と同時に、“スーパーグローバルリーダー”を若いうちから育成するという今日の政府方針や、教育を取り巻く風潮には、実は大きな疑問も感じるのである。ここに述べることは勿論、今回、東大等に合格した人たちについてではない。飽く迄も社会の風潮についてである。私は、果たして物理学がオリンピックになるものなのか、また、模擬国連世界大会なるものが如何なるものか全く知らないので、具体的な論評はできない。しかし、この数年、大学の学術研究においても、どこそこで賞をとっただの、年に何本の論文を執筆しただの、国際会議に何回出席しただの、論文が何回引用されただの…といった小賢しい数値的成果主義が過度に幅を利かせている。社会においても、様々な分野での“スーパー科学者”や“スーパードクター”を探し出し、有名人に仕立てるという風潮がある。




それはそれで、研究者に刺激を与えて結構だとも言えるが、気になることもある。数値的成果主義や“スーパーグローバルエリート”等は、基本的に理系の(それも多分極一部の)発想であろう。このような発想は元々、文系には馴染まない。特に、人文系の学問や哲学・思想は、専ら数値化されない人間の心の動きに関心を持ち、生きることの意味を問うものであった。答えなどどこにも無い。勿論、オリンピックの科目にはならない。答えが無いのだから、成果主義にも馴染まない。数値化されず、成果も出なければ、教育としての評価は不可能だろうし、所謂“一流大学”に入って“エリート”になることは難しいであろう。しかし、それで何が困るのであろうか? 私は、特に若い時期には、こうした目に見えた成果等とは無縁の人文的なものに浸り、その中で自分の生の意義を問うて悪戦苦闘することは、大変に大事なことだと思う。挫折を知ることも若者の特権である。勿論、そんなこととは全く無縁の若者もいるだろうし、既に大学の専門研究に携わっても遜色ない高校生もいるだろう。彼らに機会を与えることは結構なことだが、本当の教育の目線はそこに置くべきではない。何をしたらいいのか、どこに自分の居場所があるのか未だわからず、悶々とし、社会性を持てずに自分を持て余している者や、時代や社会に同調できずに反抗心を燻らせている者。こうしたある意味では“普通の”若者たちの心情に寄り添うことこそが、本来の教育だと思う。そして、現実には心に問題を抱え、対人関係で悩み、「社会と調和できない」と思っている若者たちは随分と多いのであって、この“普通の”若者が自分の道を見つける場所もまた高校や大学なのである。アインシュタインという桁外れの天才を引き合いに出しても仕方ないのかもしれないが、確かに彼はズバ抜けた数学と物理の才能はあったようだが、学校では決して秀才ではなかった。しかし、数値的成果主義等とは無縁の素晴らしい感受性や、ユーモアのセンスを持った人であったことは疑いないようである。


佐伯啓思(さえき・けいし) 1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に『反・幸福論』(新潮新書)等。


≡朝日新聞 2016年3月4日付掲載≡
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