【こころの玉手箱】フリーキャスター・小倉智昭(04) 『世界まるごとHOWマッチ』のナレーター…ふざけて出した高い声、一躍有名に

大人気だった『独占!男の時間』も、世間ではワースト番組と言われた。競馬コーナーでは秋田弁の有馬記念の実況を思いつき、やってみたら大ウケ。裸の女性を抱いての実況に挑戦したら、アナウンス部長から注意されて衝突した。時間外勤務は月100時間以上。局で一番忙しいアナウンサーになったが、「東京で有名になっても高が知れているな」と思い始めた。29歳の時、大橋巨泉さんから「ニッポン放送で始まる競馬中継をやってくれないか?」と誘われた。「小倉君は日本一のアナウンサーだ」と口説かれてフリーになることを決意し、巨泉さんの事務所に所属した。けれど、仕事は競馬中継だけ。離婚して子供の養育費もあり、借金は膨らむ一方で、“バンス(前借り)の小倉”と言われた。電気・ガス・水道全てを止められる経験もした。苦しい時期は7~8年続いた。事務所は気の毒がって5年間マージンを取らなかった。その間、ワイドショーのリポーターや400組にも上る結婚披露宴の司会等で食い繋いだ。転機が訪れたのは1983年。クイズ番組『世界まるごとHOWマッチ』(毎日放送/TBSテレビ系)のナレーターに起用されたのだ。司会は巨泉さんで、解答者は石坂浩二さん、ビートたけしさん、チャック・ウィルソンさん等。スタジオに沢山笑いがあるから、「ナレーションはオーソドックスに」と言われた。ある回で、「リオのカーニバルの紙で作ったビキニ、HOWマッチ」というナレーションがあった。台本はたった3行で、「小倉、以下アドリブ」とある。胸と腰をくねくね振りながら踊るダンサーの映像に、甲高い声で思いっ切りふざけたナレーションを付けてみた。本番でそれを見た巨泉さんが、「小倉のバカヤロー、あいつ面白いな」と言い出し、番組終了後直ぐ、「小倉はこれから全部、あれでやれ」。以後、放送作家は台本に「石坂浩二“シルクロード”風に」とか「フーテンの寅さんのタッチで」とか書いてくる。僕は色んな声を使い分けるようになり、“七色の声”と有名になった。始めた頃は1本3万円だったギャラは、7年経って辞める時には30万円にまで跳ね上がっていた。


小倉智昭(おぐら・ともあき) フリーアナウンサー。1947年、秋田県生まれ。独協大学フランス語学科卒業後、1971年に『日本科学技術振興財団テレビ事業本部』(現在の『テレビ東京』)に入社。1977年にフリーとなり、『世界まるごとHOWマッチ』(毎日放送/TBSテレビ系)のナレーションが話題に。1秒で18文字話す早口。現在は『とくダネ!』(フジテレビ系)キャスター。


≡日本経済新聞 2016年3月3日付夕刊掲載≡
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