【シャープの選択】(03) “お家芸”液晶、天国と地獄

20160305 03
『シャープ』の液晶開発・生産の中核拠点である天理工場(奈良県天理市)が8月末、液晶生産を終える。業績不振を受けた拠点の統廃合の一環で、液晶の4拠点のうち、生産停止は初めてだ。液晶事業が右肩上がりの成長を続けていた2005年に3000人近かった従業員は、今や半分程度。8月末には、生産に関わる130人強の従業員も配置転換で工場を去る。敷地内の社員寮は閑散とし、遊ぶ子供がいなくなった公園には草が生い茂る。近所の男性(68)は、「まるでゴーストタウン。液晶と共に成長してきたシャープの歴史を象徴している」と呟いた。シャープは、1973年に世界初の液晶電卓を発売する等、独自の技術を培った。1998年に4代目社長に就任した町田勝彦が「全てのテレビを液晶に置き換える」と宣言し、一気に液晶への傾斜を深める。2000年から2009年までに稼働させた6工場で液晶パネルを大量生産し、自社のテレビや携帯電話に組み込んで販売する。“垂直統合”と呼ばれるこの事業モデルは大きな成功を収め、この体験に経営陣は縛られる。最盛期、船便では間に合わない為、飛行機をチャーターして45型の大型テレビを北米市場に送り込んだという。「1台当たりの運賃が6万円かかるが、それでも利益が出た」。当時の担当者は振り返る。しかし、2008年のリーマンショックを境に一気に業績が悪化する。巨大な工場を持て余し、中国・韓国勢に価格で対抗できなくなっていった。それでも、シャープ経営陣は液晶に拘った。液晶大手『ジャパンディスプレイ(JDI)』の首脳は、「シャープの液晶は複雑骨折している。時々の経営者が判断を誤り、当面立ち直れない」と手厳しい。

2013年に就任した高橋興三も、当初は「液晶がなければ再建できない」と液晶に注力し、翻弄された。出足は悪くなかった。台頭する中国の新興スマートフォンメーカー『小米科技(シャオミ)』を顧客に取り込む等、2014年3月期に液晶事業の営業利益(本業の儲け)を400億円超の黒字に転換させた。変化の激しい液晶市場を制御できたかに見えた。しかし、長くは続かなかった。2014年秋以降、低価格攻勢をしかけるJDIにシャオミへの納入シェア(占有率)を奪われた。その責任を取らされる形で、担当専務だった方志教和を更迭したところ、シャオミに“取引停止”を迫られた。シャオミを見い出した方志に厚い信頼を寄せていた為だった。方志の取り計らいで取引停止は回避したが、JDIに奪われたシェアを取り戻すのは容易ではなかった。これに中国経済の減速が追い打ちをかけ、業績が悪化した。昨年9月、幹部を集めた会議で、高橋は「天国と地獄を見た。液晶さえ、液晶さえなければ」と思い詰めたように繰り返した。翌10月、高橋は液晶事業が赤字となる業績の下方修正を発表した。これが引き金になって高橋は、液晶部門を分社し、JDIと統合させることを目指す『産業革新機構』を支援先に定める。社内も機構支持の姿勢を強めていく。ところが、2月25日の臨時取締役会で経営陣が選んだのは、液晶事業を本体に残す経営計画を掲げた『鴻海精密工業』だった。選定のポイントとなった支援額の大きさと引き換えに、価格変動が激しい液晶を抱えたまま、再生の道を歩むことになる。液晶の呪縛から逃れられなかった上、鴻海という異質な存在に生殺与奪の権を握られるという経営陣の選択は、現場に波紋を広げている。 《敬称略》


≡読売新聞 2016年2月29日付掲載≡


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