【日曜に想う】 停波命令、ISに出しますか

「我々は、帝国主義者やシオニストの脅しには屈しない」。ラジオから威勢のいいメッセージが流れ出す。程無く雑音が激しくなり、軈て異なったアクセントの言葉がそれを覆い、聞き取れなくなる――。イラクのクウェート侵略がきっかけとなった湾岸戦争の取材の為、中東にいた25年前の経験だ。イラク国営放送の番組は屡々、そうやって尻切れトンボになった。敵対するイスラエルの放送局が同じ周波数で重ねていたらしい。テロ・戦争・内乱等が起きた時、メディアで繰り広げられるのはそんな鬩ぎ合いだ。冷戦下の東西の間でも、各地の紛争地帯でも同じようなメディア戦が続いてきた。ラジオからインターネットに主舞台が移っても変わらない。例えば中国は、インターネット空間に飛び交う情報や主張に神経を尖らせ、気にくわない国内外のサイトはブロックする。現実に起きる緊張度の高い局面でメディア空間に動員される手段は、法治も国境も尊重しない実力の行使だ。

「放送局がテロリスト集団が発信する思想に賛同してしまって、テロへの参加を呼び掛ける番組を流し続けた場合には、電波停止(停波)もあり得る」と、総務省の高市早苗大臣は自分のホームページのコラムに書いた。「なるほど」と思う訳にはいかない。総務大臣は同じコラムで、それを他の例等と共に「万が一、不幸にも“極端なケース”が生じてしまった場合」としているが、そうだろうか。残念ながら、テロや武装闘争を呼びかける“放送”を“万が一”の出来事と言えるほど、現代は平和ではない。危ない“放送”なら、今も世界中に流され放題だ。過激派『IS(イスラミックステート)』や同調者のインターネットでのテロ参加への呼びかけは、その典型的な例だ。ジャーナリストの後藤健二さんや会社経営者の湯川遥菜さんを殺害したISは、インターネットで日本政府に向けて「お前の国民はどこにいたとしても、殺されることになる。日本にとっての悪夢を始めよう」と流していた。そんな“放送”は止めなければならない。でもどうやって? 少なくともISに対して、日本の総務大臣が「停波を命令するぞ」と警告してみても空しいだけだろう。テロは国境を越えたグローバルな脅威。他方、停波は国内にだけ通用するナショナルな対策だ。国内の放送局への規制を正当化するのに、専ら国外からラジオやインターネットで入り込むリスクを持ち出す――。問題と解決が全く噛み合っていない。仮に、国内の放送局がテロを呼びかけるという場面が起きるとしても、それはその国が既に内乱状態に陥っている時ではないか。何れにしても、停波命令という行政処分に出番がある領域ではあるまい。いいか悪いか以前に、こんな“極端なケース”に対しては、ただ単に役に立たない。




憲法学者ら5人が2日、総務大臣の発言を問題とする声明を出した。そこでも、テレビが「インターネットを始めとする他のメディアに比べて強い影響力を持つとも、言えなくなっている」と指摘。既存の放送への規制に拘る異様さを批判している。先立つ先月29日にも、“電波停止”発言に抗議する声明が出ている。こちらの呼びかけ人は、放送の現場をよく知るジャーナリスト7人。声明は、「テレビ報道を取り巻く環境が、著しく“息苦しさ”を増していないか」と自問。“自主規制”“忖度”“萎縮”が放送現場の内部から広がることへの強い危機感を訴えた。記者会見では、その懸念が現実になりつつあるという発言もあった。政権が殆ど意味の無い“極端なケース”に言及するのは何故か。自分たちの目に“公平”と映らない番組への牽制という真の狙いを曖昧にしておく為。そうとしか思えない。 (論説主幹 大野博人)


≡朝日新聞 2016年3月6日付掲載≡
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