【言論の不自由】(10) ベルギーの王立劇場に行ってきた

2020年東京オリンピックのロゴ問題で佐野バッシングに沸いたあの夏。“パクリ元”を訪ねると、「We love Japan!」と歓迎された。一体、誰の為の“炎上”だったんだろう?

20160306 01
『リエージュ王立劇場』へ行ってきた。数ヵ月前まで日本中を大いに揺らせた騒動の震源地であるが、もう忘れてしまっている人のほうが多いかも知れない。“エンブレム”というキーワードを出せば思い出すだろうか。そう、2020年東京オリンピックのエンブレムの“パクリ元”があるとされた劇場である。2015年7月、東京オリンピックのエンブレムが決定した。デザイナーは佐野研一郎。佐野の嬉しそうな顔がメディアを駆け巡ったが、同月末に事能は一転する。「佐野のエンブレムは自分のデザインのパクリだ」とするべルギーのデザイナーが現れたのである。彼の名前はオリビエ・ドビ。「自分がデザインしたリエージュ王立劇場のロゴマークが、東京オリンピックのエンブレムにパクられた」と主張し、「法的手段に出る」と訴えた。そして同年9月、佐野がデザインしたエンブレムの使用中止が決まった。日本のメディアでも、オリビエ・ドビの主張やロゴデザイン自体は何度も取り上げられたが、リエージュ王立劇場が注目されることは殆ど無かったように思う。インターネット上では“ベルギー”“王立”という響きに、暗黙のうちに「凄い場所だ」と思い込んでいる人も沢山いた。しかし、べルギーは日本と比較にならないほどの小国だ。人口は1125万人。リエージュはベルギー第5の都市で、人口は20万人弱。日本で言うと、山梨県甲府市や鳥取県鳥取市に近い。とても小さな街の劇場なのだ。だから、騒動の最中から、当のリエージュの人々がこの“パクリ問題”をどう思っているのかを聞いてみたかった。そこで今回、遅ればせながらリエージュへ行ってきた。首都のブリュッセルから列車で約1時間。国際高速鉄道『タリス』も停車するリエージュ=ギユマン駅は立派な駅舎だったが、乗降者は多くない。そこからタクシーでリエージュ王立劇場へ向かおうとする。しかし、運転手にまるで別の場所に降ろされてしまう。どうやら彼は、王立劇場の位置をきちんと把握していなかったらしい。おかしいな、リエージュの人皆に愛されている場所だと思っていたのに。仕方ないので、グーグルマップを頼りに王立劇場へ辿り着く。だが、そこにあったのは、思わず通り過ぎてしまいそうになるくらい細やかな規模の劇場だった。恐らく、20歩もすれば劇場前を横切れてしまう。漸く対面できた見慣れたロゴも、看板やドアに上品に配置されているだけだった。然してサイズが大きい訳でもなく、何の前提知識も無くこの場所を訪れていたら、ロゴの存在自体に気付かなかったかも知れない。

ここで今更浮かび上がってくる疑問は、「少なくとも日本では有名デザイナーだった佐野研一郎が、オリンピックという一世一代のコンペに応募する時に、人口20万人しかいない街の劇場のロゴを参考にするか?」ということだ。この意匠はインターネット上でも見ることはできたようだが、それでも小さな街の小さな劇場のロゴを探し出すのは難しい。仮に、このロゴを見る機会があっても、それをオリンピックのエンブレムの参考にしようとするだろうか? そんなことを考えながら劇場前で記念撮影をしていたら、陽気な紳士から話しかけられた。「日本人か?」と聞かれて「そうだ」と答えると、「一緒に写真を撮ろう」と提案された。勿論、あのロゴの前でだ。「こうやって、あの騒動の後に観光客が増えたんだよ」と笑顔で語られる。「この辺りに住んでいる人かな?」と思っていたら、彼の名前はセルジュ・ランゴーニ。この王立劇場の館長だった。彼は休館日だったにも拘らず、劇場内を案内してくれた。決して大きくはないが、2年前に改装されただけあって、非常に綺麗で上品な劇場だった。館内にはカフェも併設されていて、地元住民の憩いの場になっているのだろう。折角だから、一連の騒動について話を聞いてみた。館長曰く、「これは双方にとって、本当に難しい問題だった」という。「ロゴが被っていることは、初めはただの笑い話だが、数年後には深刻なトラブルになってしまうかも知れないと思った。ただ、双方が揉めて複雑な問題になってしまった」。館長は「難しい問題だった」という言葉こそ使うものの、誰かに批判の矛先を向けたりはしない。現在、日本に対しての恨みは全くないという。元々、日本人のアーティストがこの劇場に来ることもあったし、今回の一件で日本に対するイメージが悪くなったということもないという。また、「この劇場のロゴは、騒動が起こる前は地元住民にも十分に認知されていなかった。それが今や、日本からの観光客が毎日のように来るまでになった。とても面白いことだよね」と愉快に話す。一連の騒動を、非常に前向きに捉えている様子が窺える。館長と撮った写真がフェイスブックにアップロードされたのだが、そこには館長の「We love Japan!」というメッセージが添えられていた。




20160306 02
人口20万人の街にある劇場のロゴ。それが1億3000万人の人口を抱える大国でのオリンピックを巻き込んだ大騒動になるなんて、前代未聞だろう。だけど、冷静に振り返ってみると、エンブレム騒動をここまで大きくしたのは、決してリエージュではなかったことに気付かされる。確かに、事の発端はべルギーのデザイナーに依る告発だった。しかし、それが日本中を揺るがすような騒ぎになった舞台はインターネット空間だった。関係者に依る内部告発もあっただろうが、エンブレムだけではなく、佐野がこれまで手掛けてきた作品の粗探しが盛り上がった。また、リエージュ劇場を凄い場所に見せるような演出も始まった。そこが、べルギー国王が創立した由緒ある劇場であることが強調され、ウィキペディアにも非常に細かい情報が記載されるようになった。抑々、日本語版ウィキペディアには“リエージュ劇場”という項目自体が存在しなかった。それがエンブレム騒動の持ち上がった直後、8月1日にはページが立ち上げられ、約1ヵ月の間に内容が異様に充実していった。第1次世界大戦の影響でリエージュが文化都市になったという歴史から、別館の“フォンク”には可動式客席が完備されているというマニアックな情報まで記されている。何と、べルギーの公用語である筈のオランダ語版やフランス語版のウィキペディアページ以上の情報量だ。更に、エンブレム訴訟に関わると報道された弁護士のアラン・ベレンブームにも立派な日本語版ページが作成された。元々、ウィキペディアにはフランス語版ページしかなかった彼だが、8月30日に項目が立ち上げられると、一気に記載内容は豊富になっていった。そこでは、ベルギー国王の弁護士を務めた経歴を含め、彼が如何に権威ある弁護士であるかということが仰々しく綴られている。勿論、誰がウィキペディアページを作成しようと自由なのだが、“リエージュ劇場”と“アラン・ベレンブーム”の日本語版ページが佐野バッシングの為に作成されたことは明らかだろう。「こんなに凄い劇場のロゴを模倣し、これほど凄い人物が弁護士に付いている。佐野はピンチだ」という情報操作だ。ウィキペディアだけを見ていたら、“リエージュ劇場”が小さな街の劇場とは思えないかも知れない。また、矢鱈と“王立”劇場であるという点が強調されていたが、実はべルギー国内には幾つも王立劇場が存在している。館長自身がどこまで知っていたかはわからないが、フェイスブックに投稿した「We love Japan!」というメッセージは非常に腑に落ちる。何せ、日本人が勝手にリエージュ劇場の宣伝をしてくれていたのだ。これまで“炎上”と言えば、ネット右翼が起こす韓国や中国バッシングが盛り上がり易い定番のネタだった。しかし、エンブレム騒動は日本人に依る日本人バッシングであった。

右翼は“国益”という言葉を愛用するが、エンブレム騒動に依って結果的に日本社会が損失を被ったことは間違いない。エンブレム回収や審査のやり直しに様々なコストがかかる一方で、今回の一件で得をした日本人は非常に少ない。強いて言えば、今後決定される新エンブレムのデザイナーとその関係者くらいだろうか。韓国や中国批判には一応の大義名分があった。例えば、「南京大虐殺は無かった」と抗弁することで「日本人は今も昔も素晴らしかった」ということを国際的に印象付け、日本のイメージを上げるというものだ(それが本当かどうかは非常に怪しいが)。しかし、エンブレム騒動は日本人に依る日本人に対する攻撃であった。ということは、たとえそれが一切の“国益”にならなくても、一度“敵認定”されてしまえば、誰もが血祭りに上げられてしまう可能性があるということだ。そして、誰かを叩く為ならば、他国を過剰に称賛することも厭わない。今から20年前、インターネット黎明期には「誰もが自由に情報発信できるインターネット空間は、民主的な理想郷になる筈だ」という幻想があった。では、誰もがインターネットを使う時代になり、何が起こったのか? それは、「言論の自由が、言論の不自由を生み出す」という逆説的な事態だった。誰もが何のタブーも無く情報発信ができる空間は、最も言論の自由が体現されているように見える。しかし、それ故に一度“敵認定”されれば、その人物は徹底的に批判され、時には個人情報までが晒される。“自由”であるが故に、良識や制限無く誰かがバッシングされ続けるのだ。結果、人々は炎上を恐れて、インターネット上で自由な発言をしないようになる。僕自身も、インターネットに公開されることが前提の文章よりも、紙メディアのほうが自由に自分の意見を書くことができる。本誌のような文字だらけの雑誌を読むのは、一定のリテラシーを持った賢い人物だと想定できる(と多少リップサービス)。だから、誤解されそうな微妙な意見も書き易い。一方でインターネット上では、何を書いても直ぐに批判される。ネット右翼もいれば、ポリティカルコレクトネスに煩い人もいる。そんな世界で皆の目線を気にしていると、「誰も文句が言えないが、当たり前過ぎてつまらないこと」ばかりを書いてしまいそうになる。勿論、匿名でネット右翼の一員となり、誰かを叩くゲームに参加することもできるが、それも結局は既に始まった祭りに便乗するだけなのだから、“言論の自由”を体現しているとは言えない。リエージュ劇場からすれば「いい宣伝になった」という笑い話程度の出来事に、この国は一夏の間、翻弄されてしまった。しかし、これからも結果的に“言論の不自由”度を強めてしまうような、一見“言論の自由”を行使した炎上イベントは続いていくのだろう。まあでも今回、ここに書いた程度のことならインターネットで公開されても炎上しないかな。ちょっと難しいことも書いちゃったしね。 =おわり


古市憲寿(ふるいち・のりとし) 社会学者。1985年、東京都生まれ。東京大学大学院博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。著書に『希望難民ご一行様 ピースボートと“承認の共同体”幻想』(光文社新書)・『絶望の国の幸福な若者たち』『誰も戦争を教えてくれなかった』(共に講談社)等。


キャプチャ  2015年12月号掲載
盗作 [ 青木万利子 ]

盗作 [ 青木万利子 ]
価格:540円(税込、送料込)



スポンサーサイト

テーマ : 東京五輪
ジャンル : 政治・経済

Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR