【中外時評】 今こそ待機児童の解消を――子育てを社会で支えよう

『保育園落ちた日本死ね』。国に不満をぶつけた匿名のブログが大きな波紋を呼んでいる。共感もあれば、言葉遣い等に眉を顰める向きもある。何れにせよ、待機児童の問題にこれほど関心が高まったことは、これまでなかったかもしれない。だからこそ、政府も動いたのだろう。厚生労働省の塩崎恭久大臣は解消を求める署名を受け取り、安倍晋三首相も「対策を取る」と明言した。抑々、“女性の活躍推進”“希望出生率1.8”を掲げる政権にとって、仕事と子育ての両立を支える保育サービスの拡充は重要課題だった筈だ。保育所等に入れない待機児童の数は、昨年4月時点で約2万3000人だった。前年から約1800人増えて、5年ぶりに増加に転じた。受け皿は増えたが希望に応じ切れていない。

特に厳しいのは、0~2歳児の低年齢だ。申し込みを受けた自治体では、仕事や家庭の状況を細かく点数に換算し、優先順位を付けている。「自分は何点か」「どの施設なら通えるか」――。彼方此方見学し、情報を集める。それでも、僅かな差で入れないケースは後を絶たない。4月には、多くの子供たちが新たに入所する。だが申し込みが多く、「今年も待機児童が解消できそうもない」という自治体は少なくない。問題が大きくなる下地があった。しかも、待機児童は昨日今日の問題ではない。国が保育サービスの拡充等を柱に据えた少子化対策『エンゼルプラン』を打ち出したのは、1994年12月だ。その翌年の1995年、待機児童の数は約2万8000人だった。定義が今と異なる為に厳密な比較はできないが、その後も高い水準が続いている。長年に亘る少子化で、子供の数は緩やかに減少傾向にある。だが、保育所を利用する子供の数は1994年を底に増加している。家計の状況等から、「働きたい」という声は切実だ。出産を機に離職しても、早い内から再就職を目指す女性もいる。待機児童の数には、最初から諦めて申し込まなかった人は含まれない。保育所が整備されれば、「自分も」と新たな申し込みが増える。こうした潜在的な待機児童の数に追いつかないまま過ぎたのが、これまでの20年間だ。




だが、この流れは変えなければならない。少子高齢化が進む日本では、女性の力を生かすことは急務だ。政府は2013年に、保育サービスを2017年度末までに40万人分増やし、待機児童を解消する目標を掲げた。昨年11月には更に上積みし、50万人とした。何より大事なのは、これを早急に達成することだ。保育所に適した物件が中々見つからない。保育士が確保できない。逆風も強く吹いている。だが、できない理由を数えている時期ではない。自治体は民間の力も生かしながら、地域の実情に合わせてサービスを整備する。国は財政面や制度の見直しでバックアップする。あらゆる手を打つべきだ。最近は、保育所の整備が住民の反対で遅れるケースが目立っている。子供の声が大きく響く、自転車での送り迎えに依るトラブルが心配――。こうした懸念へのきめ細かい対応も必要になる。防音壁の設置や、建物の造りの工夫等、物理的に取れる手はあるだろう。子供の活動時間を工夫したり、地域との交流を深めたりして共存している例もある。

同時に、今何故保育施設を作る必要があるのか、その意義を住民に丁寧に説明し、理解を深めてもらうことが欠かせない。実は、このことが個々の事案への対処としてだけでなく、保育サービスを増やす上で大切な鍵になる。待機児童の解消が長年進まなかった背景には、“一部の働く女性の問題”と狭く捉えられ、社会的な関心を呼ばなかったことがある。それが、十分な財源が確保できないことにも繋がった。意欲ある人が仕事と家庭を両立できる環境を整えること、そして未来を担う子供が健やかに成長できる環境を整えることが、今の日本に求められている。その為には、「社会全体で子育てを支える」という意識を深めることが欠かせない。高齢者向けに偏りがちな社会保障の財源を、待機児童対策を始めとする少子化対策に振り向ける議論の出発点になる。こうした根本的な議論を抜きに、政府の対策が対症療法的な内容に留まったとしたら、何れまた同様の問題が噴出しかねない。況してや、ブログの表現を巡り感情的な議論になってはいけない。 (論説委員 辻本浩子)


≡日本経済新聞 2016年3月13日付掲載≡


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テーマ : 保育園
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