「大人が観るドラマが少なくなった」――女優・鈴木京香インタビュー

20160313 12

漸く、ドラマ『荒地の恋』(WOWOW)が放映開始を迎えます。“漸く”というのは、信頼する渡邉孝好監督から「ねじめ正一さんの小説“荒地の恋”を映像化したい」というお話を伺ってから、もう5年近くになるからなんです。当初は映画化というお話だったんですが、中々具体化せず、最終的にWOWOWで連続ドラマとして制作されることになりました。ドラマの主人公となる北沢太郎を演じているのは豊川悦司さんです。最初に渡邉監督からお話を伺った時点で、お名前を聞き、楽しみにしていました。ですが、ある時期に映像化の話がぱったりと止まってしまって。その頃、偶々豊川さんと別な映画でご一緒して、2人で「“荒地の恋”、やれたらいいですよね」という話をしたんですね。そうしたら、それを豊川さんの事務所の社長さんが聞いていて、「2人がそんなこと言っているんだけど、どうなったの?」とプロデューサーにプッシュして下さって。それがきっかけで話が良い方向に進み、今回のドラマに繋がりました。何だか、不思議な巡り合わせを感じる作品です。

詩人とサラリーマンという2足の草鞋を履く53歳の北沢太郎の許に、ある日、古くからの友人である詩人・三田村貴一の妻である明子が訪ねてくる。2人は許されざる恋に堕ち、そこから其々の“荒地”の人生が始まる。

私が演じた“明子”は、著名な詩人である夫を持ちながら、同じ詩人で夫の友人でもある北沢と恋に落ちるという、激しい役どころです。北沢にも家庭があり、一方で夫の三田村も浮気を繰り返し…と、かなり激しい愛憎劇でもあるんです。私、どちらかというと、これまで は正妻タイプで(笑)、女優になってから20年ぐらい正妻の役が続き、愛人役も演じるようになったのは、この7~8年でしょうか。渡邉監督が以前、『緋色の記憶』というNHKのドラマでファムファタールというか、周囲の人々の人生を狂わせる女の役をやらせて下さって、それが私自身にとって、とても大きな転機になったんですね。今回の明子を彷彿させるような女性だったので、役を頂いてとても嬉しかったし、やりがいを感じました。でも、渡邉監督でなかったら、それこそ「北沢の正妻の治子をやらないですか?」と言われたんじゃないかな(笑)。映画化の話を最初にお聞きした時点で、実は自分がどの役になるのかわかっていなかったんですよ。だから、渡邉監督が持ってきて下さった原作を読みながら、「私はどの役かしら?」とあれこれ想像して。登場する女性がどれも魅力的だから、誰でもよかったんです(笑)。治子の役も面白そうだし、北沢さんのお嬢さんの役も素晴らしいキャラクターだし、「何だったら、後から登場する北沢のずっと年の離れた恋人の阿子でもいいな」というぐらい(笑)。冗談ですよ、できっこないです。明子という女性は、最初に原作を読んだ時には、気性の激しい、自由奔放な女性という印象だったのですが、原作を読み込み、関連する書籍を色々と読んでいく内に、「父親の愛情を求め続けた少女の心のまま大人になった女の人なんだ」と思うようになりました。それに、家のことを一生懸命綺麗に整えたり、“経済料理”と言いながら、普通のおばんざいのようなものだけれども、手の込んだ料理を細々と拵えたりする。普通の女性以上に可愛らしい、女性らしい女の人なんですよ。そういうところを見ていると、どんどん明子のことが好きになってしまって、「彼女の可愛らしい面をしっかり出してあげたい」と思うようになりました。「精神を病んでいる」という設定なので、ドラマの中でも必然的にそういうシーンが出てきますけれども、エキセントリックで脆いだけの女性という風には演じたくなかった。




明子と関係を深めていく北沢は、勤務先である新聞社を辞め、家庭も捨てて、同じく家を出た明子と暮らし始める。それは同時に、詩人・北沢の新たな創作活動の始まりでもあった。

太郎さんに関して言えば、明子との恋愛が詩作に大きな影響を与えて、どんどん詩を書くようになる訳ですが、正直なところ、明子のことで職場を離れなければいけなくなったという経済的な理由もあったのはないかと思っています(笑)。私の存在――“私の”って言うと変ですね、明子の存在が創作活動に素晴らしい光を与えたという風に思いたいけれど、実際のところ、男性として職を離れて、サラリーマンではなく詩人として生きるとなった状況が、かなり大きかったのではないかと。明子も、それを“私の力”とは決して思っていないと思うんです。私、そこが明子のいいところだと思っているんですが、自分のことを“創作の女神”ミューズだなんてちっとも思っていなくて、「この人は素晴らしい詩人だから、書くタイミングが来ただけで、偶々その時に一緒にいるのが私なんだ」っていう感じじゃないかしら。それと、明子には経済観念の発達したところがあるんですけど、それを見て太郎さんは、ちょっと興醒めしたりするんですよね(笑)。恋にロマンや幻想を求めるのは男の人のほう。ああいうところが、「あ、男の人はそうなんだ」と面白かったりしました。明子は明子なりに、父から受け継いだ資産を何とか運用して、太郎さんの詩作の邪魔にならないように頑張っているけれど、男の人から見ると、その現実的過ぎるところがちょっと寂しかったりするんでしょうね。原作のそういう描写がとても興味深かった。だけど、同じ女性としては、「彼女の、そうは見えないけど慎ましやかといったところを、原作のイメージの通りに表現したいな」と思った。そういった部分を映画ではなく全5回のドラマで丁寧に描くことができて、結果的に良かったと思います。ねじめさんはこのドラマ化に当たって、「鈴木京香さんが小説の明子のイメージをどのように大きく裏切ってくれるのか、大いに期待している」というコメントを寄せて下さいました。ですが、私がそれをお聞きしたのが、殆ど収録が終わる頃だったんですよ。私としては「ねじめさんの書かれた明子に限りなく近付きたい」と思って演じていたので、「あれっ、どうしよう。裏切れてるかな?」と(笑)。ねじめさんがドラマをご覧になってどう思われたか、是非お目にかかってお聞きしたいです(笑)。

明子は私と同年代の女性ですが、だからと言って自分自身の経験に引き寄せて考えたりはしなかったですね。自分が兎に角、役の感情にどれだけ近付くかということ。それはどの作品でも同じです。常に「“自分”を役には反映させないようにしたい」と思っています。勿論、私の顔・私の声で演じる訳ですから、私というものが出るのは当たり前ですが、「表現するのは違う人の人生なのだから、私の意見とか私の個性といったものは要らないんじゃないか」と思っています。皆で1つの作品を作り上げた時に、そのパーツとして其々が一番輝くやり方で演じたいんです。以前は役を戴いた時に、「大き過ぎる役で、自分のキャリアでお受けするなんて烏滸がましい」なんて考えることもありました。でも、私という1人の人間が、簡単に「自分にはできないんじゃないか?」とか「私には合ってないんじゃないかな?」という判断を下すほうが、寧ろ烏滸がましいことだと今は思います。私以上に私のことを色々考えて下さっているスタッフや、その作品のことを本当に愛している人が言うんだから、できない筈がないと。だから、私の判断なんていう取るに足らないものを理由に断っていた嘗ての自分が、如何にもったいないことをしていたか、過去に帰って教えてあげたい(笑)。やって後悔した役はありませんが、やらないで後悔した役は幾つかありますから。『荒地の恋』のように、年齢を重ねた男と女の恋愛や人生をしっかり描いてくれているドラマは、どうしても今の日本では少なくなっていますよね。そういう滅多に無いチャンスをきちんとした形で作品にできて、皆さんに観て頂けるようになったのは、私だけでなく、関わった皆にとって本当に嬉しいことだと思います。それが実現できたのは、やっぱり映画監督が映画と同じように撮った作品だからでもありますし、映画好きが加入している衛星放送の制作だから、スタッフも視聴者を信用して作れるという面もあると思います。それが、演じる側の気持ちをちょっと軽やかにさせてくれるところがあって。例えば、セリフが無い見つめ合いのシーンにしても、普通のドラマであまりに長く撮ったりすると「これじゃ、チャンネル変えられちゃうかな」みたいなところがあるんですよ。でも衛星放送だと、「そのじっくりと動かないところを、またじっくり観てくれる視聴者の方がテレビの前にいるんだ」という感覚があって、安心して打ち込めるというんでしょうか。「大人が観るテレビドラマが少なくなった」と言われます。嘗てはそういうドラマも沢山あったので、ちょっと残念ですね。私、最近昔のドラマを観るのが大好きで、西田敏行さんが主演された『淋しいのはお前だけじゃない』(TBSテレビ系)なんて本当に面白いなと思いますし、NHKのドラマ人間模様『事件』も夢中で観直しています。若山富三郎さんが弁護士役で、『続・事件』『続・続事件』とどんどん続いていくんですけれども、凄く面白いんですよ。勿論、大人が観るドラマですが、じゃあ子供がついていけないかというと、決してそうじゃないですよね。やっぱり、じっくり作ったドラマで、それが素晴らしい出来であれば、皆が観ると思います。

夫と北沢の間で揺れ動く明子は、軈て住み慣れた家に戻るが、精神を病み、薬に頼るようになる。一方、北沢には阿子という若い恋人が現れ、2人の関係は少しずつ変化していく。

演じ終えて、「明子という女性は、人生の中でいつが最も幸福だったのかな?」と考えてみたのですが、「それは、ドラマでは描かれることのなかった三田村と結婚した頃ではないか?」と思うんです。勿論、太郎さんのこともとても愛していて、狭いアパートに一緒に住んで、太郎さんにコロッケを食べさせたり、野菜炒めを作ったりしている、あの束の間もとても楽しかったでしょうけれど。でも、彼女は自分の家のことが兎に角、気になっていました。自分の父が暮らしたアトリエですから、そこを離れて気が気じゃなかった。だから、太郎さんとは幸せだったと思いますが、三田村に求婚されて、反対されながらも一緒に暮らし始めた頃は、本当に幸せだったんじゃないでしょうか。一方で、太郎さんという人は本当に優しい人だったんだと思います。晩年も若い周りの人たちに大事にされているし、カルチャースクールの生徒さんたちからも慕われるし。それに凄く猫好きで、そんなところも可愛らしい(笑)。原作でも、猫たちが暖を取る為にどんどん重なっていく“猫山”の話が出てきますが、ドラマでも太郎さんが若者たちに猫山を語るんです、ゆったりと。その太郎さんが凄く素敵なんですよ。豊川さんは、実際は都会的でクールな雰囲気もある方だけれども、縁側で猫と一緒にのんびりしていらっしゃる姿も本当に素敵で。原作を読んで私が感じた太郎さんの魅力を、豊川さんがどう演じるか、それを一番近くで見て、明子としてセリフを交わせる訳ですから、こんなに楽しいことはありませんでしたね。あまり「楽しい」と言い過ぎるのも何ですけど、明子は殆ど役作りの苦労が無い役でした。

この作品に出会ったおかげで、詩というものを久しぶりにじっくり読むことができました。元々、小さい頃から本を読むのが大好きで、テレビを観ているより本を読んでいるほうが楽しかったんです。今の自宅でも、寝室の扉付きの書棚には小説、リビングの本棚には写真集や画集等といったように詰め込んでいます。太宰治や三島由紀夫等は、高校時代に皆が通る道なので読んでいましたが、大人になって古書店巡りを楽しみ始めたら、それまで文庫本で読んでいた太宰を初版本で思い切って買えるようになって(笑)。古書店の匂いも好きだし、古い本の焼けた紙の色や手触りも大好きで、そうやって1冊ずつ買い集めていくと、本自体にも愛着が湧いてくるんですよね。やっぱり、紙の本って本当に素晴らしいものだと思うし、電子書籍がどれほど普及しても、私としては紙の本をまだまだ残していってほしいですね。特に詩のようなものは、文字から受ける印象が凄く大きいと思う。紙の白さとか、行間の余白の感じで大きく印象が変わりますから、できることなら紙で読みたいですね。『荒地の恋』でも、原作に引用されている太郎さんの詩の印象が、随分と演技の助けになりました。例えば、「わりなき思いの/一日が過ぎて/また新しいあしたへ/恐ろしい日々へ/冬の底へと/いっぽんの髪の毛が」という一節は、明子が元日に、夫が別の女性と住んでいる家に行って掃除をしているという行で引用されているんですね。だから、演じる時に感情を自分で作らなくても、これを思い出して心の中で諳んじるだけで、その時の明子の感情になれた。こんなに素晴らしい原作があるというのは、有難いことでしたね。因みに、この『シャビー・ニュー・イヤー』という詩は、このシーンの収録以来、現場でとっても流行って、何かちょっと物悲しい感じになると「わあ、シャビーだな」って言い合っていました。スタッフさんのちょっと寒々しい冬の短パンファッションとか(笑)。太郎さんの詩って、普段は無意識に使っているような言葉でも、太郎さんの言葉で纏め上げられると、彼ならではの響きと暗喩が潜む森のようです。その後に明子の夫の三田村が書く詩を読むと、今度は三田村の鋭さがくっきりと浮き立ってくるし、「言葉って何て素晴らしいものなんだろう」と改めて感じました。そして、「自分もなるべくならば、綺麗な言葉を使いたい」と思うようになりました。それから、舞台になっている鎌倉がとても好きになりました。日常ではあまり電車に乗りませんが、一度、電車に乗って鎌倉に行って、太郎さんが好きだったというお店でエクレアを買ったり、稲村ヶ崎まで足を伸ばしたり、とても楽しい時間を過ごしました。そんな風に、この『荒地の恋』のおかげで、私自身の興味の対象も凄く増えて有難かった。だから、視聴者の方にもこのドラマを見て、「そういえば、昔は詩をよく読んでいたな」なんて思い出して、仕舞い込んだ詩集をもう1回開いてみる――。そういう気分になってもらえたら、この上なく嬉しいです。 (取材・文/張替裕子)


キャプチャ  2016年2月号掲載
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