『シャープ』買収、『鴻海精密工業』逆転劇の内幕――シャープの“国体護持”が鴻海勝利の背景にあったのではないか

当初、『産業革新機構』が有力視されていた電機大手『シャープ』の支援者が一転して、台湾の電子機器受託製造大手『鴻海精密工業』に決着する見通しとなった。革新機構を後押しし、シャープを国内電機産業の再編の起爆剤としたかった経済産業省にとっては大きな誤算だ。“官”主導の再編の失敗、資金力のあるグローバルな“外資”の勝利と評されるが、真相は、鴻海傘下に入ることで損失を出したくなかった銀行と、各部門が切り売りされることを阻止したいシャープ幹部層の思惑が一致した“延命策”という側面もある。とは言え、鴻海は従来の電子機器だけでなく、今後は次世代の自動車開発にも乗り出すと観測されており、グローバル企業とリンクすることでシャープのビジネスも大きく変貌するかもしれない。

20160319 07
シャープが先月4日の取締役会で、「革新機構・鴻海の双方を比較検討した結果、鴻海を軸に検討する」と表明すると、革新機構を推してきた経産省に激震が走った。シャープの高橋興三社長は同日の記者会見で、「人的なリソースを沢山割いて、分析に人をかけているのは鴻海のほう」と、断定的な口調は避けながらも鴻海優位を滲ませた。シャープに雇われているアドバイザーが後日明かしたところによれば、「取締役会では『鴻海と優先的に交渉する方向で検討する』というような言い回しで“逃げ”は打っているが、この時点で鴻海に決していた」。怒り心頭だったのは、経産省の菅原郁郎事務次官だった。同省OBの半田力氏をシャープの取締役東京支社長に送り込んでおり、緊密に連絡を取っていた筈だった。だからこそ、余計に梯子を外されて、メンツを潰された思いだっただろう。同省の複数の関係者に依ると、菅原氏は、鴻海案を担いだシャープのメインバンクの1つである『みずほコーポレート銀行』に八つ当たりし、「当省のプロジェクトからみずほを外せ!」等と激怒したという。流石に、「江戸の敵を長崎で討つような真似はよくない。みずほに『経産省に意地悪された』とリークされたら目も当てられない」と同省の幹部たちが宥めて事無きに至ったが、省内には敗北感が広がった。「暫くは沈痛な雰囲気だった」と同省幹部は打ち明ける。経産省内には、革新機構がシャープに出資した上で液晶部門を分離させて『ジャパンディスプレイ』と統合させる等、シャープの経営危機に乗じてプレーヤーの数が多い国内電機メーカーの業界再編を企図する動きがあった。2012~2013年のシャープの経営危機時には、同省内には“弱者救済”と受け取られるのを恐れ、個別企業のシャープ支援には及び腰な勢力(フレームワーク派)が少なからず存在したが、今回は菅原次官を始め、情報政策課の荒井勝喜課長・情報通信機器課の三浦章豪課長ら、支援に積極的な官僚たち(ターゲティング派)が要職を占めた。前回の危機時にはシャープ支援に冷淡だった革新機構も、『日産自動車』出身の志賀俊之氏が会長兼CEOに就任する等、経営陣の顔ぶれが変わると掌を返して前向きになった。同機構の勝又幹英社長は朝日新聞のインタビューで、「再編の呼び水として私共のような存在があっていい」「長年競争してきた相手といきなり一緒になるのは当事者同士では難しい」等と踏み込んで話していた。




革新機構がシャープに提案したのは、出資金3000億円規模と最大3500億円の金融支援の合計6500億円規模。一方の鴻海の提案は、4890億円の出資と銀行が保有する優先株の買い取り1000億円の合計6000億円。一見するとどっこいどっこいだったが、その中身が大きく異なった。革新機構が提案する金融支援とは、『みずほ』『三菱東京UFJ』のメインバンク2行の債権放棄と、両行が保有するシャープ優先株の減資を指し、銀行が数千億円規模で損を被る案だった。だが、鴻海はそうした痛み分けを銀行に強要しない。シャープに役員を送り込んでいる両行(特にみずほ)からすると、みすみす損を覚悟する革新機構案には乗れない訳だ。元々、鴻海は「革新機構が勝つに決まっている出来レースに登場した当て馬・ダミーに過ぎない」(ヨーロッパ系投資銀行のM&A部門トップ)と見られていたが、1月末ごろから鴻海が次第に優位になっていく。それを経産省の担当幹部は、「みずほが社外取締役を中心に役員たちに積極的に根回しを始めたから」と指摘するが、シャープに雇われたアドバイザーは「これだけ金額に差がついているのに『機構案にする』と言ったら、資本主義社会でルール違反でしょう」と明快に鴻海側に軍配を上げた。しかも革新機構は、液晶部門を切り離してジャパンディスプレイと統合することや、白物家電を分離して『東芝』と統合する等、シャープを切り刻む案を温め、高橋社長らシャープ生え抜きの首脳陣は退陣させる方針でもいた。一方の鴻海は、事業の売却をせず、従業員の雇用を維持し、そして経営陣も留任させることを掲げていたから、シャープの経営陣にとっても鴻海案の方が呑み易い。高橋氏は先の記者会見で、「シャープという会社が部門毎に分解されるのはマイナスになる」「革新機構の案は、液晶以外の分野が一体性を持って運営できるのか懸念があった」等と述べ、鴻海案への賛意を滲ませていた。即ち、シャープの“国体護持”が鴻海勝利の背景にあったのではないか。銀行やシャープの生え抜き幹部層が傷付きたくなかったことが、鴻海が競り勝った要因に見える。

20160319 08
産業再生機構の登場以降、“不振企業”の経営再建策のノウハウは蓄えられ、株主には減資、債権者は債権放棄、経営陣は退陣というステークホルダーが痛み分けする“三方一両損”が一般的になってきた。『ダイエー』『カネボウ』、更には『日本航空』に至るまで概ねこの原則が踏襲されてきたが、今回のシャープ救済劇では違った。これほどまでに経営を迷走させてきた経営幹部層がそのまま温存されて、果たして本当にシャープは再建できるのか――。多くの人が疑問に思うところだろう。金額面で大差があり、経営陣にも優しい案だったにも拘らず、すんなり鴻海に落ち着かなかったのは、鴻海の郭台銘(テリー・ゴウ)会長の評判が芳しくなかったのが一因だ。鴻海は2010年、『日立製作所』の液晶子会社に1000億円規模の出資をし、日立と鴻海の合弁経営に切り替える交渉を進めたことがある。交渉は粗合意に達し、日本経済新聞が当時1面でスクープしたものの、結局実現しなかった(日立の液晶部門はその後、東芝や『ソニー』と統合し、ジャパンディスプレイとなっている)。この当時、アメリカ系投資銀行幹部は「テリーのやり方は危なっかしい」と評し、経産省幹部も「ディールの成立寸前にテリーが逃げ出し、日立サイドに不信感が残った」と打ち明ける。M&Aの世界では常識であるフィナンシャルアドバイザー(FA)をきちんと起用しなかったり、前日言ったことを翌日には平気で翻したりするらしく、ある種“胡散臭い”人物と見られてきた。そのせいか、先月4日以降も、シャープ内の経産省寄りと目される幹部が鴻海案を阻止し、経産省・機構案で逆転させようと「裏でこそこそ動いている」と言われていた。経産省内も「一部の幹部はこっち側」と分析していたが、とは言え「役員会で鴻海案をひっくり返すほどの度胸は無かった」。

経産省関係者に依ると、シャープが正式に鴻海傘下入りを発表した先月25日の少し前、来日中のテリー・ゴウ氏の投宿先の高級ホテルに密かに経産省幹部が赴いた。2人のやり取りは、こんなものだったという。

経産省幹部「ミスター・ゴウ、ところでシャープをどう経営再建なさるおつもりですか?」
ゴウ氏「私がシャープの経営をしますから大丈夫。今までの経営とは決定的に違います。私がやるんだから再生します。

再建策は「私がやる」、それだけ。自信に満ち溢れ、豪快だったそうだ。微温湯の経営陣を温存しつつも、厳しく直轄統治するのかもしれない。ゴウ氏は経産省幹部と面談する前に、密かに『ソフトバンク』グループの孫正義社長を訪れ、幾つかの新ビジネスに乗り出すことで合意したという。この新たなビジネスの中にシャープを組み入れることが考えられる。ソフトバンクと鴻海は既に、インドで大規模な自然エネルギー事業を始めることで合意している。更に最近になって、電気自動車会社の『テスラモーターズ』を率いるイーロン・マスク氏と孫・ゴウ両氏は意気投合したという。ソフトバンクの人気ロボット『Pepper』は、鴻海が製造委託を受けてもいる。コンピューターで自動走行する電気自動車を開発し、インドで試験走行させる――。孫氏の周辺からはそんな気宇壮大なプロジェクトが囁かれている。今までと全く位相の違うビジネスの、謂わばパーツメーカーとして、シャープが組み込まれていくかもしれない。


大鹿靖明(おおしか・やすあき) 朝日新聞経済部記者。1965年、東京都生まれ。早稲田大学卒業後、1988年に『朝日新聞社』入社。『AERA』編集部等を経て現職。著書に『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』(講談社文庫)・『ジャーナリズムの現場から』(講談社現代新書)等。


キャプチャ  2016年3月9日付掲載
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