『アルファ碁』圧勝の本当の衝撃度――人類に見えないものを見始めている人工知能が齎す未来とは?

『Google DeepMind』の開発した人工知能囲碁プログラム『Alpha碁』と、世界チャンピオンクラスの李世乭9段(韓国)の5番勝負が終わった。Alpha碁が4勝1敗で勝ち越すという衝撃的な結果であった。以前、私は「人工知能が囲碁のトッププレーヤーに勝利するのは、早ければ数ヵ月で決着が着く。遅くとも来年には、人間の世界チャンピオンに勝つ日が来るであろう」と予想したのだが、それを遥かに超える速度で事態は進行している。では、今回の対局から何が見えてきたのであろうか? テレビ等では「Alpha碁は深層学習(Deep Learning)を使っている」と解説されることが多かったが、単なる深層学習から“深層学習+強化学習(Reinforcement Learning)”へと展開したことが強さの秘密であろう。Alpha碁は、深層学習・強化学習・モンテカルロ探索を組み合わせた人工知能プログラムである。大雑把に説明すると、深層学習は盤面理解や打ち手のパターン分類等に使われ、打ち手の決定は強化学習に依って行われている。深層学習に関しても、まだまだ解決しないといけない問題は山積している。しかし、最終的に確率的意思決定が必要な応用に関しては強化学習が使われている。これからは、“深層学習+強化学習”の組み合わせを軸とした展開になることが先ず見えてくる。次に、対局の内容を見てみると、解説者が理解できない指し手が、暫く後になって意味がわかるということが繰り返し起きていた。また、囲碁の対局では先読みのし易い盤面の周辺部が主戦場となるのに対して、Alpha碁では、読み難い盤面中央に気が付くと広大な領土を確保してしまうことが見られた。具体的な棋譜やAlpha碁のデータ解析等から実際に何が起きていたのかは、今後、論文として発表されることになると思う。特に、第2局のAlpha碁の38手目と第4局の李9段の78手目は囲碁の歴史に残るとも言われており、その解析が待たれる。ここでは、これが何を意味するのかを考えよう。

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今回わかったことは、最先端の人工知能システムは、ある意味で「我々に人間には見えていないものを見ている」という領域に入りつつあることだ。これは単に状況認識に留まらず、「何をすればどういうことが起きる」という未来を見通すという意味も含まれる。これは非常に重要なことで、このレベルの人工知能の能力を使うことで、我々の意思決定の能力が飛躍的に高まっていくと考えられる(勿論、第4局に見られるような人工知能の弱点もある。この議論は、別の機会に議論したい)。左の画像を見て頂きたい。深層学習『ニューラルネット』では、上段左の写真をスクールバスと正しく認識し、上段右の写真をダチョウと認識した。右の写真は、実は、左の写真に態とダチョウと誤認識させるような微妙なノイズを加えてあったのである。このノイズだけの画像(上段中央)を見ると、確かにダチョウの首から上にも見える。人間は、右の写真もスクールバスと認識し、ここにダチョウが隠れているとは認識できない。ここで重要なことは、Alpha碁に代表される人工知能は、人間には見られないものを見る能力を備えつつあるということである。この能力の恩恵は、医療分野で非常に大きな変革を引き起こす。大規模医療データから患者集団の細分化を行い、最適な治療戦略を特定する“Deep Clinical Phenotyping(ディープ・クリニカル・フェノタイピング)”という応用が、最初に展開されるであろう。ここには、深層学習を始めとした人工知能技術が力を発揮し、今まででは見えなかったものが見えることになるであろう。実際に著者は、文部科学省の“イノベーションハブ・プロジェクト”(『疾患ビッグデータを用いた高精度予測医療の実現に向けたイノベーションハブ』・受託組織は『理化学研究所』)において、この手法が極めて大きなインパクトを及ぼすことを確信させる予備的な結果を得ている。




金融分野も大きく影響を受ける業種である。ここでは、与信判断から運用まで『FinTech(フィンテック)』と相俟って、大きな変貌を遂げる可能性がある。顧客サービスとしてロボアドバイザー等、数理的運用アドバイザー機能を導入する金融機関が増えているが、現在のロボアドバイザーは人工知能の能力を本格的に投入したものとは言えない。金融機関では、既に幾つかの数理的手法の導入が進んでいるが、更に今後、膨大なデータに基づいた人工知能トレーディングシステム等が登場するであろう。そこでは、どの金融機関の人工知能が、より見えないものを見えるかの戦いになる。自動車産業も大きな影響を受けるのは必至である。人工知能技術は、自動走行技術の成熟化に大きく貢献する。人工知能は、人間のドライバー以上に周りが見えて、適切な判断をすることになるであろう。自動走行技術はライドシェアやカーシェアリングと相俟って、自動車産業と交通システムの形態を根本から変貌させる可能性がある。他の分野でも同様なことは幅広く存在し、大きな変革が始まると思われる。広範な産業分野において、高度な人工知能を使い熟せる企業とそれができない企業との競争力は、一面において大きく広がっていくであろう。見えないものが見えるということは、レーダーを持っていたアメリカ海軍と、肉眼と気合に依存した日本の帝国海軍の戦闘力・情報力の違いのようなものであろう。勿論、現実の世界は1つの技術や能力に依って左右されることばかりではない。圧倒的な技術力を誇ったアメリカがベトナム戦争で敗退したように、技術力があっても、抑々の運用が間違っていればその威力は発揮できない。しかし、これは相手の失策とゲリラ戦という局地戦(ニッチでの戦い)での話である。日本にある多くのグローバル企業は、ゲリラ戦ではなく、ガチンコ勝負を余儀無くされる。その中で、企業が更に発展していくには、人工知能という人間が見えないものが見える道具をしっかりと理解して、使い回せるようになっている必要がある。アルファ碁の圧勝は、それを我々に教えてくれた。


北野宏明(きたの・ひろあき) 『ソニーコンピュータサイエンス研究所』代表取締役社長兼所長・NPO法人『システム・バイオロジー研究機構』会長。1961年、埼玉県生まれ。国際基督教大学教養学部理学科卒業後、『日本電気(NEC)』に入社。1988年にカーネギー・メロン大学客員研究員。1991年に京都大学で博士号(工学)を取得。1993年にソニーコンピュータサイエンス研究所入社。犬型ロボット『AIBO』等の開発に関わった。2008年に現職。


キャプチャ  2016年3月19日付掲載


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