【日曜に想う】 鴻海隆隆、シャープ寂寂

台北郊外にある『鴻海精密工業』の本社前で車を降りた途端、地元テレビ4社に撮影された。シャープから来た日本人社員と間違えられた。「交渉のヤマ場を見逃すまい」と張り番の記者がずらり。「違います、私も記者です」と言うと、マイクを取り出して「じゃあ一言。交渉の見通しを」。関心の高さを実感した。投資会社を経営する蔡明彰さん(57)に依ると、シャープ買収は特大のニュースだ。「台湾企業が中国へ進出する“西進”、アジアへ進出する“南進”なら珍しくもない。でも、日本の名門を台湾企業が買収するのは驚き。嘗て日本に植民地化され、今まで日本企業に圧倒されてきましたから」。シャープは『夏普(シアプー)』と音訳される。鴻海がシャープに迫る姿は、“シャープに対する恋”(鴻夏恋)と報じられる。両社の交渉は“狐狸戦争”という名の騙し合い。恋なのか、戦なのか。鴻海を率いる郭台銘会長(65)は、知らぬ人のないカリスマ経営者だ。大陸生まれの警察官を父に持ち、専門学校を出て、テレビのチャンネルつまみ製造から一代で財をなした。1日に16時間働き、夜の24時から幹部会議を開く。鴻海は技術力で伸びてきた会社ではない。社運が開けたのは、『Apple』との契約からだ。スティーブ・ジョブズ氏(故人)に冷たくあしらわれても、郭氏は粘りに粘った。大陸に工場を設け、スマホ等を安く大量に代行製造した。本社は簡素な4階建てで、一見どこかの町工場風だ。地味な作りの玄関を見ながら、ふいに“SHARP”のロゴが頭に浮かんだ。長年親しんだ電卓・掃除機・冷蔵庫を次々に思い出す。「あのシャープがこの鴻海の手に渡るか」と思うと、寂しさが胸にズンと来た。

シャープほど注目度は高くないものの、日本の家電業界には今月もう1つ寂しいニュースがある。『ソニー』が41年間製造してきたベータ方式のテープの出荷を、月内に終えると発表したのだ。私の学生時代、録画と言えばソニーのベータか、『日本ビクター』や『松下電器』(何れも当時)のVHSだった。色合いの鮮やかさ・テープの小ささから私はベータを好んだが、今まで製造が続けられていたとは知らずにいた。「VHSとの規格争いが十数年続き、“ビデオ戦争”と呼ばれました。敗れはしましたが、入社して直ぐ開発チームに入ったので、ベータの終幕は何とも言えず寂しいですね」と『ソニー教育財団』理事長の西谷清さん(66)。べータの他、ビデオカメラやブルーレイも手がけた名うてのエンジニアだ。商品名の“ベータ”はギリシャ語風だが、実はテープに信号を隙間無くベタッと記録することに由来するそうだ。ソニーも意外にコテコテである。「あの頃は、『世の中に無い商品を創り出してやる』という空気が社内に充満していた。競争相手として意識するのは国内の同業他社ばかり。アジア・中国・台湾のメーカーは正直、全く眼中にありませんでした」




扨て、東芝を含め家電大手が沈む中、敗因分析が盛んだ。「品質一辺倒」「市場を読み誤った」――。的を射た指摘だとは思うものの、これほど落ち込むと批判や反省ばかりでは救われない。この数十年、日本で開発された製品から、私たち日本の消費者がどれほど誇りや自信を貰ったことか。シャープのワープロ『書院』・携帯端末『ザウルス』・“亀山モデル”の液晶テレビ、ソニーの『ベータマックス』『ウォークマン』…。お世話になった品々に改めてお礼を申し上げたい気分だ。今も、日本の企業エンジニアたちは次世代に挑む。接客ロボット・無人運転車・通訳機・人工光合成…。どれも、地球規模で暮らしを一変させる力を秘める。日本の技術がもう一度世界の消費者を夢中にする日まで、意地でも長生きしてみたいと思った。

               ◇

山中特別編集委員のコラムは今回で終わります。


≡朝日新聞 2016年3月20日付掲載≡


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テーマ : 経済
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