【中外時評】 “新経済”の価値どう測る――GDPに映らぬ効用拡大

「経済は長期停滞期に入った」「生産性の伸びが以前よりも落ちている」「企業は何故設備投資に慎重なのか」――。リーマンショックから7年半。危機の影響は薄れてきたものの、先進国のマクロ経済状況を巡る議論は寧ろ重苦しさを増している。世界の経済成長率は、今年も3%前後に留まる見通し。世界の貿易量も伸び悩んでいる。統計数字から浮かび上がる経済の姿は弱々しい。その一方で、「経済は大きく構造変化し、便益も明らかに増えているのに、国内総生産(GDP)等既存の統計はそれを捉えていない」と論じる声も欧米では増えてきた。例えば、インターネットの高速化や人工知能の発達等を背景に、個人がインターネットを通じて受ける多種多様なサービスの拡大。消費者はカネをかけずに膨大な情報を得たり、音楽を聴いたりできる。大学の授業をオンラインで無料で受けるのも可能になった。だが、これらの大半はGDPの拡大に繋がらない。付加価値として勘定されるのは、市場価格が付いたものだけだからだ。個人にとって無料のサービスに依る効用は大きいが、統計では見えてこない。

個人が自分の車や部屋を貸したり、技能を提供したりする“シェアリングエコノミー(シェア経済)”が欧米を中心に拡大しているが、その価値も統計上は掴み難い。マンチェスター大学のD・コイル教授は、シェア経済について纏めた報告書の中で、「資産の有効活用という利点は明らかでも、短期的には車の購買減少等でGDPが減る可能性もある」と指摘。「個人の収入増加等を新たな調査で把握し、経済への恩恵を可視化すべきだ」との見方を示した。企業の活動も、既存の統計では捉え難い方向に軸足を移している。工場等大型の設備投資はどの先進国でも伸び悩んでいるが、クラウドサービスや安価なソフトウエアの活用で投資効率は上がっている。企業にとってより重要になっているのは、知識を核とする無形資産への投資だ。その1つである研究開発投資は、今年末から日本のGDP統計に加わるが、特許・新しいビジネスモデル・人的資本等、長期的な収益の元手になる無形資産を計測するのは難しい。




デジタル化が進む中で、企業にとってはデータや情報の重みも増している。「国境を越えたデータの流れは過去10年で45倍に。今や、モノの貿易よりもデータの国際的な流通のほうが大きな経済価値を生むようになっている」。大手コンサルタント会社『マッキンゼー』は、今月発表したリポートでこう分析した。自社製品に取り付けたセンサーを通じたグローバルなデータの収集等は、企業の活動に欠かせなくなった。新しい経済活動やデジタル化が齎す価値を過大に評価するのは禁物だ。個人や企業にとって効率や利便性を高めているのは確かだが、雇用や賃金増加といった効果はあまり見えてこない。ただ、インターネットを通じて個人同士が繋がり、資産・技能や情報を提供し合う流れは加速しよう。カネが介在しない取引が増える可能性もある。モノの所有より、共有や体験に価値を見い出す若者も増えた。企業も、モノの生産で十分稼げる時代では最早ない。経済活動の方向や価値のありかが変わりつつあるのは間違いなく、それを上手く測定できなければ政策の方向性を誤ることにもなりかねない。

「イギリスは、経済の構造変化を映した統計作りにもっと俊敏でなければならない」。イギリスのジョージ・オズボーン財務大臣の諮問を受けて統計見直しを審議してきた調査委員会は今月、こんな提言を纏めた。価格がゼロになり易いインターネットサービスや知識資本の重みが増し、製品のサイクルは一段と短くなる。付加価値や価格の変化を追いかけるのは容易ではないが、それでもより適切な計測手法を開発すべきだとしている。“新経済”の価値を測るには、ビッグデータを活用して経済活動や個人の満足度を追跡する他、カネだけでなく時間をどう使い、節約したかといった調査も必要との声が専門家の間では聞かれる。モノの生産量が経済の付加価値と直結した1930年代にアメリカで開発されたのがGDP統計。だが、「人工衛星が大陸全体の天候を調べられるように、GDPで経済の全体像を掴むことができる」(アメリカの経済学者・サミュエルソン氏)という時代は去った。体中に張り巡らされた神経網が発するシグナルを丹念にキャッチする。そのような形でしか、21世紀の経済の姿は捉えられないのかもしれない。 (論説副委員長 実哲也)


≡日本経済新聞 2016年3月20日付掲載≡


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テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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