宗教を知られたくない芸能人と、“広告塔”としてフルに使いたい宗教団体――『創価学会』が芸能人やタレントの名前を信者として公表した理由

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NHK朝の連続テレビ小説『あさが来た』は、明治から大正時代にかけて活躍した女性実業家・広岡浅子の生涯を描いたものだ。20%を超える好調な視聴率だそうで、このドラマの原案になった『土佐堀川』の作者は、作家の古川智映子氏である。1932年生まれの古川氏は、『創価学会』本部の文化組織“文芸部”の一員だが、『週刊新潮』(2015年12月10日号)のインタビューに「学会員であるとも、ないともお答えしたくありません」と回答していた。正否を濁すどっちつかずというこうした回答の背景には、少しばかりご本人の複雑な心境を垣間見ることができるのではないだろうか。芸能・スポーツ・作家・実業家・有識者等のビジネス活動は、世間の人気と切り離せない。わけても芸能人は、ファンに袖にされたら生活も危ぶまれ、悲惨な状況を迎えることになる。時々、メディアに『宗教と芸能人』といったタイトルで特集を組まれることがある。そうした特集に常連的に登場する有名人がいた。老若男女をファンに持つその人物にインタビューをした時、同氏は「確かに私は、友人からの付き合いで某新宗教に入ったことがあります。でも、マスコミにはあまりそのことに絞って取り上げてほしくない。何故か。私は不特定多数のファンの支援で生計を立てている職業です。ファンの中には宗教とは全く無関係なファンもいますけど、特定の宗教を信じている人もいます。若しも私が特定の宗教信者とわかったら、それ以外の宗教を強く信じているファンにとっては面白くないだろうし、胡乱な眼で見られてしまう。その為、離れていくファンもいるでしょうから」と語っていた。とりわけ、いつも高級な香水が漂う華やかな芸能界と、他方、抹香が旬う宗教という相互関係は、確かに似つかない異質のイメージを与えかねない。尤も、信教の自由である。どのような職業人がどんな宗教を信じようと信じまいと、一向に構わない。だが、前出の有名人が漏らしたように、ファンが命という芸能人にとって、信じる特定の宗教を世間に広く晒すことは、それ相応の覚悟も必要とする。信じる特定の宗教が公になることは、ファン層に特別な印象を与える一方で、それが有益に結び付くならまだしも、その逆もまた懸念しなければならないからである。 実際、「テレビにあのタレントが映った時はチャンネルを変えることにしている」という声を何人かから聞いたことがあった。

“マンモス教団”創価学会は、会員数の多さに比例して歌手・俳優・タレント・漫才師等、多彩な芸能人も会員として名を連ねている。しかし、同会はある時期まで、会員であることを自ら公開するようなことはなかった。プライベートな問題という他に、「世間に知られることが芸能人の有益にはならない」と温情的な判断をしていたと思われる。元々、創価学会には“芸術部”(前身は学芸部第2部・1962年3月発足)という組織があり、この1期生に創作舞踊家の和井内恭子氏やピアニストの川村深雪氏等がいた。会員僅か20人で発足した“芸術部”が、軈て世間に知られ始めるのは1970年代に入ってからで、1980年代になると創価学会は率先して芸能人の会員名を解禁した。当時の『聖教新聞』に掲載された芸能人学会員のインタビュー記事(主要部分)を紹介してみよう(以下、一部敬称略)。『広布と社会の光』というタイトルで、
①歌手 雪村いづみさん(1987年3月24日付)
「歌手は、自分の心を表現する仕事。信仰により境涯を開いていくことが、仕事の充実、向上に直結する。歌手という立場を通して広布の一分でも担わせていただこうと、心を定めることにより、一切を開けたという体験を何度もしている」。入信、1987年。
②落語家 柳家つば女さん(同年3月26日付)
「広布のため日本一の落語家になること。その実証あるのみ。…毎日の高座は観客との仏法対話でもある」。入信、1961年。
③女優 磯野洋子さん(同年3月27日付)
「信心も弱く、交通事故の後遺症で悩んでいた昭和42年、池田名誉会長から励ましを受け、発心。その後、本格的に女優としてデビューした。信仰も女優も、生涯かけて築きあげるもの」。入信、1959年。
④落語家 林家こん平さん(同年3月28日付)
「一見、華やかな芸人の世界だが、楽屋裏は、非常に厳しい。その厳しさに打ち勝って笑顔でいられるのは信仰のお蔭である」。入信、1958年。
⑤歌手 内山田洋さん(同年4月21日付)
「26歳の時、一家の柱である父を失い母と妹と私はどん底の生活に落ちた。そのとき、一家で入信。信仰が人生、何をなすべきかを明確に示してくれ、生きる確信をわき起こしてくれた」。入信、1974年。




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⑥タレント 朝比奈マリアさん(同年4月27日付)
「21歳の時、不安神経症にかかり、どんなにお金や名声があっても、また医学の力で治せない宿業を実感。生まれて初めて学会活動、折伏を実践し、学会員の温かさと生命力に触れ、3ヵ月で克服できた」。入信、1969年。
⑦歌手 木村友衛さん(同年7月5日付)
「仕事に行き詰まった時、それを打開するための偉大なる生命力を涌現する方途が、御本尊様への唱題。だから、信仰は私にとって、何物にもかえがたい宝」。入信、1968年。
⑧タレント 坂上二郎さん(同年4月10日付)
「信心を根本に度重なる病魔を克服。さらに入信2年後“コント55号”の結成により自らの芸域を開拓。信仰実践の実証を我が身で証明できたこと」。入信、1964年。
⑨歌手 研ナオコさん(同年5月11日付)
「御本尊様を受持でき、良き同志に恵まれたこと。自分の生命を変えたいという一念で信行学に励み、何をやっても不安な状態からスーと抜け出て強い私になれた」。入信、1979年。
⑩女優 岸本加世子さん(同年5月12日付)
「芸術部ニュー・ヤングパワーの一員として池田先生から受けた激励を支えに唱題。母は自分の足で歩けるようになり、弟は創価高校に合格できた」。入信、1961年。
この他に、熱心な学会員として知名度が高い芸能人に、歌手の山本リンダ・劇団『WAHAHA本舗』の久本雅美や柴田理恵、また歌手の島田歌穂・女優の田中美奈子等が存在し、『聖教新聞』や創価学会系列の各出版誌に屡々登場するようになった。

何故、創価学会本部は芸能人のプライベートともいうべき信仰の公開に踏み切ったのか? 推察するところ、2点の理由が考えられる。1つは、『公明党』の存在である。政党として社会に広く知られ、その存在感が増してきたこと。同時に、同党を支持・支援する創価学会という宗教団体の認知・理解度も、幅を広げながら高まってきたことだ。そしてもう1つは、新宗教団体『真如苑』の影響も少なくないように思われる。当時、真如苑の信者として女優の沢口靖子・高橋惠子・島田陽子・大場久美子等がメディアに盛んに報じられるようになった。これが、教団の“広告塔”役を果たしたのである。実際に、創価学会や公明党もその後、学会芸能人を得難い“広告塔”としてフルに活用するようになる。歌手の山本リンダを学会の集会に招いて“体験発表”をさせ、入信動機を語るソノシートな等も発売した。選挙になると、『公明新聞』では女優の岸本加世子と公明党代表とを対談させ、同党の候補者名を挙げて支援のアピールを送った。更に、学会芸能人が“広告塔”として欠かせない存在になったのは選挙である。選挙期間中には街宣カーに久本雅美等の芸能人を乗せ、「公明党に1票を!」と絶叫の応援演説を繰り返し行ってきた。車上から何度も学会芸能人に手を振らせたことから有権者が勘違いし、投票用紙に芸能人の名前を書いたという事例も起こっている。これまで筆者も、歌手・女優・タレント等学会芸能人の何人かにインタビューをしたことがある。しかし、聖教新聞に紹介されているような活力満開の楽しい話ばかりではなかった。その内の1人は“芸能活動と創価学会信仰との葛藤”を吐露し、筆者の自宅に昼夜見境無く窮状を訴えてきた。またもう1人は、“信仰に依る夫婦間の軋轢”を語っている。

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その一方で、脱会した芸能人もいる。女優の杉田かおる(1964年生まれ)がそうで、7歳で芸能界デビュー。中学生時代から聖教新聞を配達していた筋金入りの学会員だったが、30歳頃に脱会した。創価学会の入会から脱会に至る経緯は自著『杉田』(小学館)に詳しいが、筆者も長時間インタビューをしたことがあった。詳しい中身については割愛するが、池田大作名誉会長の著書『人間革命』をボロボロになるまで愛読し、純粋のままに求めてきた創価学会の信仰。対して、指導者・名誉会長を始め、最高幹部たちの傍若無人な会食会等での実体験。気高い信仰に胸躍りながらも、最高幹部たちの裏面性に打ちのめされ、あまりの格差に強い衝撃を受けてしまう。そうした苦渋の体験が何度も続いたことが、脱会の引き金になったようだ。子役時代から芸能界で生きてきた気の強い杉田が、頬に大粒の涙を落としながら、脱会に至る重苦を語っていたことが記憶に残されている。杉田の親しい友人の1人にA子という有名な女優がいた。A子も熱心な学会員であった。だが、学会活動から次第に疎遠になっていく。その理由を杉田にこう語っていたという。「私などはそれほど信仰が深い訳でも幹部でもないのに、幹部会等の行事があると、女優という理由だけで幹部から先導され、一番前の席に座らされます。その差別感が嫌でした」。確かに、聖教新聞1面に掲載される幹部会のスナップ写真等を見ると、一番前の席に見慣れた女優やタレントの顔が出ている。宗教団体の“広告塔”という格好の役割を果たしているのだ。

お笑い芸人にも創価学会の会員が多い。山田花子・桜金造・ナイツ(創価大学卒)等がそうだ。このお笑いの世界から距離を置き始めたのが、「間違いない!」のセリフで一躍有名になった長井秀和である。創価高校・創価大学卒の長井が、人気も稍下り坂になっていた2007年、フィリピンで不祥事を起こしたことから更に人気が急落。テレビからの仕事が激減した。その後、「対立候補はお祈りで落選」等の“創価学会ネタ”で一時注目を集め、自身のフェイスブックにはこんな投稿(要旨)をしている。「創価学会の広宣流布誓願勤行会に参加しました。…で勤行が、池田氏が過去に勤行をした録音テープに合わせて勤行、池田氏の声がダミ声で、田中角栄氏の真似しているみたいで、笑っちゃいますね。…学会も、じいさん、婆さんが主流ですからね。高齢化の大波をもろに被っている感じで、新陳代謝が鈍っている感じですね。…現在の創価学会は、財務という名の募金が信者を苦しめているし、役職という名の多くの金銭的負担も強いられるノルマが首を絞め、選挙は手弁当という名の無償労働を強いられているのが現状で、高齢者が老体に鞭打って、功徳がある、という教義を信じて活動していくんでしょうね。ご苦労様です、ですね。…これからも創価学会から目が離せないですね…」。お笑い芸人にしては笑いの取れないネタである。しかし、現職の学会員として、見ているところはしっかりと観察しているようだ。


段勲(だん・いさお) フリージャーナリスト。1947年、宮城県生まれ。東洋大学文学部卒。『週刊ポスト』記者を経てフリーに。宗教・社会問題・人物・健康等について幅広く執筆。著書に『千昌夫の教訓』(小学館文庫)・『創価学会インタナショナルの実像 池田会長が顕彰を求める理由』『反人間革命 創価学会へ入信した男の一生』(共にリム出版新社)・『定ときみ江 “差別の病”を生きる』(九天社)等。


キャプチャ  2016年2月号掲載


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テーマ : 創価学会・公明党
ジャンル : 政治・経済

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