【偽善の逆襲】(03) “子供の姓”を論じない夫婦別姓論議の欺瞞

「時代に逆行している」「女性差別だ」と、最高裁判所の夫婦同姓合憲判決に噛み付く新聞各紙。だが、「子供の姓をどうするか?」という問題を解決しない限り、夫婦別姓は成り立たない。 (現代史家 秦郁彦)

偽善  本心からでなくみせかけにする善事

広辞苑

聖書に登場するパリサイ人以来、地球上には数多の“偽善”や“偽善者”が横行してきた。我が国も例外ではないが、最近は増殖ぶりが目立ち、“偽善立国”と呼ぶのが相応しい様相を呈している。その起源を探っていくと、『連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)』のお仕着せなのに国会の議決を経たことで自家製の国産憲法と見做し、70年近くも大事に守ってきた生誕事情に突き当たる。中でも“戦争放棄”“戦力不保持”を明示した第9条は、護憲派との“談合”で改憲を避け、「自衛戦争なら可、自衛隊は戦力に非ず」とこじ付け、海外派遣まで許容したのだから究極の偽善と評せよう。偽善は次の偽善を呼び込む。慰安婦問題等、似たような例は他にも多いが、ここで取り上げたいのは、昨年末の最高裁判決をきっかけに燃え上がり、今も燻っている選択的夫婦別姓制の導入を巡る論議だ。現行民法では、第750条で「夫又は妻の氏(姓)を称する」(夫婦同姓)と規定している。それを「法の下の平等」(憲法第14条)、「両姓の本質的平等」(同24条)に違反する(違憲)として、夫婦別姓の選択を認めるよう4人の女性が2011年に提訴した。それに対し、15人の判事で構成される最高裁大法廷は2015年12月16日、「どちらの姓を選ぶかは当事者に委ねられており、性差別には当たらない」「現実には妻が改姓するのが多いとしても、旧姓の通称使用が広まっているので、女性の不利益は緩和されている」「同姓制には合理性がある」等として合憲の判決を下した。少数意見だが、5人(うち女性3人)の裁判官は違憲と判断している。

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翌日の新聞は大幅に紙面を割いて論評したが、主要紙は概して原告に同情的で、朝日は「時代に逆行する判断」(社説)・「頭が固いなあ、と思う」(コラム)、毎日は「別姓を望む少数者の人権は尊重されなくていいのか」(社説)・「女性差別いつまで」(コラム)と逆上気味。原告団長(塚本協子)は上擦った涙声で、「私にとって名前はどうしても譲れない。命そのもの。これで塚本協子で死ぬこともできなくなった」と訴え、弁護団長は「女性判事は3人しかいない。だからこんな結果になった」と八つ当たりしたのが印象的だった。以前から「夫婦別姓の導入は、子の姓について誰もが納得できる“名案”を見つけるのが先決だ」と考えてきた私は、別姓推進論者がこの課題に正面から向き合わないことが不満だった。そこで、「名案が無くてもヒントぐらいは提示しているだろう」と期待したが、判決文は全く触れていない。僅かに、寺田裁判長が個人的な“補足意見”で、「子供の姓をどうするかについても意見は分かれている。“こうしたこと”まで考慮に入れて判断するのは、司法に依る審査の限界を遥かに超える」(“”内は秦)と言及しているに過ぎない。その真意は量り難いが、

①15人の意見が割れ、これぞという名案が出なかった。
②現行の同姓制を維持するのだから、当面は知らぬ顔でよい。
③子の姓のような難題は、実務を担当する法務官僚の作業と国会の政治判断に丸投げしたい。

の何れかと想像する。では、何故難題なのか。実は、1996年に法務大臣の諮問機関で、法曹界の長老クラスで構成する法制審議会が夫婦別姓の導入を答申した際に、子の姓の決め方について、やはり丸投げされた法務官僚が悪戦苦闘した先例があった。この時は法案提出の寸前まで行った段階で、自民党から通称拡大を骨子とする対案が出て、法案は流れてしまう。法務省民事局が纏めた草案は、「子の姓を父母どちらかの姓に統一することとし、結婚に際して婚約者同士が協議して統一姓を決め、それを記載しないと婚姻届を受理しない」というかなり乱暴なメニューに落ち着く。検討の段階ではジャンケン、複数の子は交互に…等諸案を比較したが、其々長短があり、決定的な答案は浮かばなかったらしい。事情は今も変らない筈だが、私なりの検証を試みる前に、あり得る結婚の態様を次に列挙しておく。

1a 同姓婚(通称併用は可)  b 通称の拡大(戸籍法の裏付け)
2 事表婚-子は自動的に母の姓
3 別姓婚
4 新姓創造-奇抜な新姓を防げるか?
5 結合姓-小森・大森までは兎も角、孫子の代には寿限無…風の長い姓になってしまう。





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この内、現行制度下で可能なのは1aと2だけで、4と5は実行不能と断じてよい。では、別姓志向の女性たちは、同姓制度をどう潜り抜けてきたのだろうか。4人の原告団女性の経歴を限られた新聞報道で当たると、結婚生活を夫の姓でスタートし、旧姓も併用してきたのが3人、80歳の団長だけが事実婚で始め、間もなく夫の姓になる法律婚へ転じたが、子が生れる都度、結婚と離婚を繰り返したとされる。子を非嫡出子にしたくなかったのか、塚本姓を子に伝えたかったのか、内情は判然としない。他に、44歳のフリーライターは法律婚の4年後にペーパー離婚して旧姓に戻ったというが、子の姓については情報が無い。推測だと、3人は結婚時には夫の姓となることに抵抗感は無かったが、その後に目覚めたものらしい。それも旧姓を使い分ける煩雑さが苦情の種だったのが、旅券まで旧姓併記が可能になると、争点をアイデンティティーの理念に移したと見受ける。最高裁の判決後も、各新聞は別姓に拘る女性を探し出しては、こまめに紹介している。前記の4人と大同小異だが、中には由緒ある(と本人が信じている)家名を守る為に夫に改姓してもらった(野田聖子議員)とか、結婚時に夫のほうが改姓してくれた赤松良子元文部大臣のような例も入っている。どうやら、マスコミの大勢は判決後も未練を捨て切れず、野党の民主党も最高裁を充てにせず、今年の通常国会に別姓法案を提出するつもりらしい。だが、世論調査で別姓容認と反対が粗半々に達したことで正当化するのは疑問が残る。産経・FNNの調査(2015年12月)に依ると、別姓容認が51.4%に対し、実行希望者は13.9%に過ぎず、もっと低いデータもある。また、最大の利害関係者である子の視点からの調査は殆ど無く、やっと見つけたのは2014年末の内閣府調査(20歳以上)だが、親の別姓を好ましくないとする者が67%、気にしないが28%となっている。別姓実行の13.9%と別姓を好まないの67%を結び付けると、偽善だらけの別姓論は破綻したも同然と見てよいのではないか。繰り返すようになるが、私は子の姓を解決しない限り別姓論は成りたたないと確信している。別姓論者も、上は最高裁からマスコミ・政治家・一般庶民に至るまで薄々わかっているのに、気付かないふりをするか、思考を停止して誰かに丸投げするつもりかと私は推察する。そこで、私なりに白紙でこの難問の解を求め、挑戦してみた。叩き台は「婚姻の際に子の姓を定め、子の姓は統一」とした法務省案(A案)とする。現行の同姓婚だと、婚約中のカップルが協議してどちらかの姓を択ぶと子の姓は自動的に決まるのだが、別姓婚では代わりに子の姓を協議で決めることになる。

決めても登録しないと婚姻届を受理しないと枷を嵌めているが、それでも協議が長引くか、成立しないリスクは残る。その結果、本来は望んでいなかった事実婚が増え、子は母親の姓となるので、式は挙げたのに届けは急がない女性も出てきそうだ。1993年に別姓制を導入したドイツは、子の姓を裁判所が第三者に命じて決定させる方式にしたが、何を根拠に決めているのか運用の実態は不明で、ダイスを振る場合もあると聞く。同姓夫婦が別姓に切り変える場合の子の姓をどうするかも別の難題だ。法務省案は、法の施行から1年間だけ、それも合意の届け出が必要と制限しているが、この間に360万人が殺到すると予想し、戸籍担当者の増員数を算定したのに、コンピュータープログラム改変のコストは試算していないという。同姓時代に生まれた子と別姓時代の子の姓が別になる場合に、子の姓は統一する原則の例外を認めるか、前者の子の意思に反してでも改姓を強いるのかという問題も派生する。更に厄介な課題が未解決のままだ。「別姓婚の子から姓の選択権を奪うのは不公平ではないか」という議論である。改姓の機会を与えるとすれば、「幼年時代(但し代理人を立て)・15歳・成年に達した時に家庭裁判所が扱う」という案が有力だが、1回だけか複数回もかで意見が分かれ、決着はついていないようだ。そうなると、本人の意思が反映していない点は同じだからという理由で、同姓婚の子からも改姓を望む声が出てくるかもしれない。子の次世代(孫)まで視野に入れ、離婚・再婚・養子等の要素が入ってくると、暗算はむつかしい。田中(男)×佐藤(女)のカップルに始まる様々な組み合わせを想定し、系統図を作ってみたが、途中で疲れ果て、“頭の体操”は断念した。それでもタフな別姓論者たちは、「性差別は駄目」「少数者の人権を守れ」のような偽善的麗句を振り翳し、失地回復の好機を狙うに違いない。2015年も押し詰まった12月末、日韓の外務大臣は共同記者発表の形式で、慰安婦問題が「最終的且つ“不可逆的”に解決」されることを確認し合い、日韓新時代の到来を告げた。日本側の発表には「軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」とか「日本政府は責任を痛感する」とか「心からおわびと反省の気持ちを表明する」式の美辞麗句が並んでいるが、久しく聞かなかった“不可逆的”という日本語表現に軽い戸惑いを覚えた。アメリカ国務省も苦心したらしく“irreversibly”と訳していたが、手元のコンサイス英和辞典には見当らない。“偽善天国”の日本だけに通用する用語かもしれない。


秦郁彦(はた・いくひこ) 現代史家・歴史学者。1932年、山口県生まれ。東京大学法学部卒。ハーバード大学・コロンビア大学に留学。プリンストン大学客員教授・拓殖大学教授・千葉大学教授・日本大学教授を歴任。博士(法学)。『現代史の対決』(文春文庫)・『昭和史の秘話を追う』(PHP研究所)・『旧日本陸海軍の生態学 組織・戦闘・事件』(中公選書)等著書多数。


キャプチャ  2016年2月号掲載


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テーマ : 選択的夫婦別姓
ジャンル : 政治・経済

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