【どの面さげて】(01) 小保方晴子よ、手記より先に実験ノートを出せ

若山氏を悪役に仕立てて血祭りに。でもこれ、本当に貴女が書いているの? (フリーライター 小畑峰太郎)

20160320 10
「あの日に戻れるよ、と神様に言われたら、私はこれまでの人生のどの日を選ぶだろうか」(小保方晴子『あの日』冒頭)――。『あの日』(講談社)のページを開くと、劈頭からおセンチで紋切型な文章の波状攻撃に晒される。その陳腐の嵐に晒然としながらも、知らぬ間にこちらの理性が麻痺してくるといった按配。後味の甚だ宜しくない1冊である。何やら、虚と実の間を小突き回された感じなのだ。科学者として、他人の論文から実験データの数値まで、ありとあらゆる無断盗用で業績を創り上げ、一時は身を立てた小保方女史である。まさか、いくら何でもこの期に及んでゴーストライターの手を借りたとは考え難い。が、それにしてもこの業界にわんさか生息しているゴーストライタータッチの、内容空疎な美文調。その俗臭が鼻を衝く。“コピペ”と“捏造”で成り上がったものの、瞬く間に化けの皮を剥がされてサイエンス村から放逐された小保方の記念すべきフィクションデビューであるか? あ、以前のSTAP論文もフイクションだったから、デビューでもなかろうものだ。だが一読、ノンフイクションノヴェルでもSFでもない。その手の作品に必要な“事実”“科学的裏付け”“飛翔する想像力”は、STAP論文以上に希薄なのだ。まぁ、あの『ネイチャー』にアクセプトされた論文は、アンカーに笹井芳樹という本物の学者を得て、彼の筆に依るもので、起承転結から全体の構成・英語表現まで万全。大人の顔つきで立ち現れたから、大抵の人は信用したのである。こちらは強いて言うなら“私小説”だが、前述したように文章が駄目過ぎる。

一体、小保方は何が言いたくて、こんなシロモノを世に問う気になったのか? まさか、この程度の与太話で、若山照彦(山梨大学教授)にSTAP事件の全責任を転嫁させられると本気で考えた訳ではないだろう。若し、小保方が「世間というものはこんな話でも聞いてくれる」と思っているとしたら、科学者・評論家・マスコミ等の関係者が「そうだったのか!」と膝を打って立ち上がり、彼女の名誉回復に乗り出すとでも期待しているのなら、味噌汁で顔を洗って出直してきたほうがいいに決まっている。ここに小保方の戯言の詳細を書く気にもなれないので、一切省略するが、“若山主犯説”は事件発覚の当初からSNSには確かに存在した。恐らくは、小保方の出身大学や出身母体である研究所の関係者が作り出した“お話”であろうが、一顧だにされなかった。理化学研究所の調査報告が明らかにしたように、若山に幾分かの道義的責任は存しても(この点に関しては笹井も同罪だが)、捏造に関与した等と言われる道理は無い。従って、この本は小保方が過去のSNSに載った文章を大いに利用した気配が濃厚である。次第に自分ひとりを犯人に仕立て上げていく伏線が張られ、罠に落とし込まれていくというストーリー(同書第12章)自体も、特段に目新しいものではない。この本を読んだ読者の中には、「理研と山梨大学の若山が本当に小保方を生贄にして難を逃れた」と信じ込んでしまった善男善女もいるようだが、実際、小保方のマインドコントロールは馬鹿にはできない巧妙なところが厄介なのである。「虚と実の間を小突き回される感じがする」と先述したが、この本には、自分勝手な言い分を曖昧なディテールだけで何度も何度も重ねていくという独特な、というか特異な話法が際立っている。




私は混入犯に仕立て上げられ、社会の大逆風の渦に巻き込まれていった。私は『若山研以外からのサンプルの入手経路はない』と事実を述べ、『実験してはっきりさせる』とコメントを出すしかなかった。検証チームの丹羽先生は『それでいいんや』と力強く言い、相澤先生も『正面から立ち向かえ』と励ましてくれたが、代理人の三木弁護士からは、『これまで応援してくれていた多くの一般の人たちからも、このような事実が発表された以上、もう応援できない、と連絡が入ってきている。もうもたないよ』などと電話がかかってきた。でも、竹市先生でさえも止めることができなかったのだ。私にどんな手段があっただろうか。

(第12章・204-205頁)

実に巧みに仕掛けられた人心操作の文章である。「実験してはっきりさせる」と啖呵を切ってみせ、見えない理研上層部の力が自分を破滅に追い込んでいくというグランドデザインを読者に刷り込み、他方で相澤や丹羽が何かの拍子に小保方に言った言葉を、恐らくは都合の良い部分だけを鏤めている。これは、相澤や丹羽へのブラフでもあろう。「貴方たち、私の前では上手いことを言っていたわね、覚えてらっしゃい」――。恐らく、ここには書かれなかった、しかし“書かれると痛い”何かがあるように思われてならない。理研の2人の上司には、思い当たる節があるのではないか? 部外者である一般読者には窺い知ることのできない何かが。ところで、小保方は実際に「実験してはっきりさせ」られたのだろうか? 唯一はっきりしていることは、「はっきりさせられなかった」という現実であるが、彼女はその点には触れようとはしない。全編がこのような調子で進められていく。若しかすると、陳腐で平板なストーリーの裏面には、何か曰く言い難いメッセージが隠されているのかもしれない。あれほど物議を醸した“実験ノート”の件も、同様の手口で書かれている。結局は何も明かされなかったに等しい、無内容な記述である。

調査委員会には、調査委員たちが訪れた際に、たまたま所持していた2冊の実験ノートが回収されていった。実験よりも論文執筆とそのためのデータの整理に力を入れていた時期には、実際に実験ノートに記載された内容は少なかった。将来進めたいと考えていた実験に関する記録は他のノートに記載していたし、アメリカにいる間はアメリカの実験ノートに記載をしていたので、アメリカにいる間の実験の内容も調査委員会に回収されたノートには記載されていなかった。

(第9章・164頁)

考えられない記述ではないか? 偶々、2冊の実験ノートしか研究室には存在しなかった? 実験ノートは研究室から外への持ち出しは禁止であり、その場には全てのノートが揃っていなくてはならない。要するに小保方は、「理研に在職中、たった2冊ぼっちの実験ノートしか記していなかった」というのが現実なのである。調査委員とてそんな常識は承知だから、全てのノートを提出するように追った筈である。2冊しか存在しない実験ノート、しかも“落書き同然”の内容を見た彼らが覚えた軽蔑の念は如何許りだったろう。小保方は、256ページにもなんなんとする『あの日』を書くくらいなら、他にもあったという実験ノートを先ずは公開すべきではなかったか? 自分しか作れないSTAP細胞のレシピとやらが書かれたノートを『あの日』の付録にでもすれば、講談社はもっと巧い商売ができた筈である。小保方は、今でもSTAP細胞はできる(できた)と考えているのだろうか? 理研は2014年12月19日、検証実験の全てが失敗に終わったことを明確にした。“STAP現象”すら再現し得なかったことを発表したのである。

しかし、実際には私が行った検証実験においても、丹羽先生のところで独立して行われていた検証実験でも、“体細胞が多能性マーカーを発現する細胞に変化する現象”は間違いなく確認されていた。私が発見した未知の現象は間違いがないものであったし、若山研で私が担当していた実験部分の“STAP現象”の再現性は確認されていた。

(第14章・238頁)

如何だろう? これはもう、小保方という病理と言う他ありそうにない。妄想の霧の中を生きる女、小保方晴子。

私の心は正しくなかったのか。これまでの生き方全部が間違っていたのか。

(第9章・165頁)

そう、貴女は正しくなかった。貴女の生き方は間違っていた。貴女は病気なのだ。家に帰ってゆっくりお休みなさい。


小畑峰太郎(おばた・みねたろう) フリーライター。1960年、北海道生まれ。慶應義塾大学文学部卒。出版社で月刊総合雑誌と単行本の編集者を経て現職。


キャプチャ  2016年3月号掲載


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