日本のマラソン代表選考は数値化して透明にすべきだ――大会毎の条件差を数値で表すスキーのやり方を真似すればできる

オリンピックや世界選手権のマラソン代表の選考基準が、毎回のように話題になっている。リオデジャネイロオリンピックを巡っては、『大阪国際女子マラソン』を文句無しのタイムで優勝した福士加代子選手が、“確実に選ばれる”為に『名古屋ウィメンズマラソン』へ出場を表明したことが波紋を呼んだ。結局、名古屋に出場せずに無事に代表に選ばれたが、過去の陸連の対応を見れば、福士選手の心配も無理からぬものだった。抑々、陸連の設定記録(国内レースで男子2時間6分30秒・女子2時間22分30秒)は極めてハイレベルだ。男子は誰も届いたことがない。女子は延べ6人がこれまで国内4レースで達成したが、2007年11月の『東京女子国際マラソン』(野口みずき選手)以来、途絶えていた。この過酷な設定記録を福士選手は達成し、且つ優勝もしたのに選ばれない可能性があった。そんな選考基準はおかしいと誰もが感じるだろう。では、どのようにすればいいのだろうか? 一番わかり易い“一発勝負式”は何度も取り沙汰されているが、それで誰もが納得できる代表選びができるかはわからない。1988年のソウルオリンピックの代表選考の時、本来は福岡一発勝負だったところを、足に怪我をした瀬古利彦選手にチャンスを与えるべく、特例として『びわ湖毎日マラソン』での結果で判断することになったのが、複数大会方式の始まりだった。となると、複数大会で出来るだけ客観的に選べる規定を作るしかないが、ここでネックになるのが「異なる条件の大会を比較するのは無理」という考え方だ。全ての議論はそこで止まっている。しかし、である。異なる条件を比較するのは、科学の世界では日常茶飯事だ。その際の基本が数値化である。マラソンだって、評価項目をリストアップしさえすれば、其々数値化して、客観的な比較ができる筈だ。ここでは男子マラソンを例に、その方法を提案してみたい。

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過去のオリンピック選考を見ると、評価項目は“タイム”と、世界のトップにどこまで付いていけるかという“タイム差”や“総合順位”、勝負強さという意味の“日本人順位”、他に“積極性(記録や優勝に挑戦したか)”“暑さへの強さ”等だ。タイム以外をどのように数値化するにせよ、立ちはだかるのは異なるレースの差をどう評価するかという問題だ。そこで参考になるのが、スキーのワールドカップで既に行われている方法だ。新人の力を判断する為に、エリート参加者が少ない小さな大会での成績を数値化しているのである。スキーは天気や雪質で毎回条件が大きく異なる。だからこそ数値化が始まった。原理は、「世界トップが全員参加していたら、彼らの平均タイムがどうなるかを大会毎に算出する」である。先ず、本大会に参加しているエリートたちを、過去12ヵ月の成績における“トップとの時間差”という数値で格付けする。一方、エリートたちが複数参加した予選大会での彼らの成績を、彼ら自身の格付けも考慮に入れつつ平均すると、その大会にトップが参加したと仮定した場合の平均タイムを出せる。これを基に、新人選手の世界トップとの差を推定できる。“トップグループ平均”という指標となる数字を使うところがミソだ。トップグループ平均を使っての大会の標準化という考え方をマラソンにも当て嵌めると、エリートに当たるのが外国人招待選手だろう。その際、どんな大会でも発生する“不調な選手”の成績を取り除くことが肝要だ。従って、エリート参加者の内の成績上位者の記録だけを参考にする(スキーでは上位3人となっている)。一般参加の外国人の成績を使わないのも同じ理由だ。男子マラソンの例を左表に纏めた。福岡・東京・びわ湖の3つの大会で、外国人招待選手のうち、過去2年以内にマラソン歴のある人をリストアップした。大会毎に「平均してどのくらい記録が出にくかったか」が、各表の最下段右端に算出されている。差が大き過ぎるものは黒字にした。算出した平均値(秒)は、各大会がどれだけ「実力を出し難いか」を示し、青字を使うと福岡が「80秒遅い」、びわ湖が「114秒遅い」、東京が「63秒遅い」となる。福岡とびわ湖の差は、青字では34秒、黒字を使うと-11秒だが、この両方走った川内優輝選手の時間差が55秒なので、青字のほうが妥当と思われる。




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残りの評価項目も、時間に換算して数値化できる。温度については、実は“記録の出難さ”に既に含まれているが、敢えて付け加えるなら、過去の出走時温度と入賞者の平均タイムとの相関を調べればいい。積極性については、これもワールドカップの50kmスキーレースで既に評価されている方法が参考になる。全部で6ヵ所のチェックポイント毎にボーナスがあり、例えばトップで通過すると、ゴールが13位の惨敗でも、全てを6位で通過して2位でゴールした人と同じポイントになる仕組みだ。マラソンの場合、30kmと35kmの通過タイム(先頭3人の平均との差)に対して、一定のボーナス(時間差の半分程度)を出せば積極性が数値化できよう。右表に、今期の男子の成績に対して数値化した例を掲げる。ここでは、日本人1位に60秒、総合1位に追加で30秒のボーナスを入れたが、実際のボーナスタイムを何秒にするかは、これこそ陸連が熟慮して選考レース前に決めることだ。それは積極性も同様で、タイム差をどこまで評価するか、30kmと35kmだけで十分かどうか、表には入れていないが、通過順位や日本記録(通過タイム)との差もボーナス対象にするか等も、きちんと決めておく必要がある。ボーナスタイムの合計を実際のタイムから引けば、比較可能な“調整後タイム”が出る。扨て、数値には誤差が付きものだ。誤差の推定方法は色々あるが、異なるレース間の調整の不確かさに当たる30秒程度が妥当だろう。そして、個々の誤差の評価は、残念ながら科学の世界ですら人間が行う。つまり、代表の3人目を決める際、この誤差範囲の候補の誰を選ぶかは審議対象となる。但し、叩き台の数字が既にあるので、揉める要素は少ない。最後に、「後のレースほど有利になる」という不公平を考えよう。例えば、先日のびわ湖毎日マラソンだが、『東京マラソン』のタイムが悪かった為に、“2時間10分を切って日本人2位”なら可能性が高いことがレース前からわかっていた。2時間8分台の日本人1位でないと安心できないレース(福岡・東京)と、9分台の日本人2位でも可能性があるレースでは、レースの組み方自体が変わってくる。こういう不公平を是正する為にこそ、“設定記録”を使えば良い。つまり、“3つのレースの中で一番始めに標準記録を切った人”に内定を出してしまえばいいのだ。“1番目”を評価するのは世の中の習いではないか。勿論、この場合“現実的”な記録でないと意味が無い。男子であれば、今のように誰も達成したことのない設定記録は無意味で、7分台後半が妥当だろう。そうなれば、どのレースでも設定記録を目指した走りが期待できるし、それが最終的には選手レベルの底上げに繋がろう。スポーツにだって、選考という人間臭いイベントにだって、科学的手法を導入することは可能なのである。


山内正敏(やまうち・まさとし) 地球太陽系科学者・スウェーデン国立スペース物理研究所研究員。京都大学理学部卒。アラスカ大学地球物理研究所に留学し、博士号を取得。専攻は地球・惑星のプラズマ・電磁気現象(測定と解析)。著書に『北極圏からの手紙』(鉱脈社)。


キャプチャ  2016年3月18日付掲載


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