【新聞エンマ帖】 安倍政権の“数字”に気をつけろ/評価が捻れた慰安婦合意

政府は昨年末、4年連続で過去最高となった総額96兆7000億円の2016年度予算案と、それに先立ち『環太平洋経済連携協定(TPP)』対策費3403億円が盛り込まれた総額3兆3200億円の2015年度補正予算案を、其々決定した。また、同時期にアベノミクスの鍵を握るTPPの経済効果について、実質国内総生産(GDP)が2014年度の524兆7000億円から13兆6000億円増えるという試算を発表した。そして1月22日、安倍晋三首相は施政方針演説で、「経済成長や少子高齢化等の懸案に真正面から挑戦する」と強調。これら予算で着実な景気回復が実現するのか、財政再建や経済成長に繋がるのか。疑問は通常国会での論戦に期待すべきだが、民主党以下野党の昨今の体たらくでは多くは望めそうにない。新聞各紙の追及に託したいところだ。2016年度予算案は、税収増を見込んで借金となる新たな国債発行を減らしたが、それでも発行額は34兆円に上る。歳出規模も、補正・本両予算を合わせると100兆円に達する膨張ぶりだ。朝日は12月25日朝刊(以下同)の社説で、「参院選を控えて“負担増は選挙後まで封印”という政府・与党の姿勢が露骨だ。選挙こそが給付と負担のあり方を問う機会なのに、負担の話を隠せば票が集まると言わんばかりではないか。あまりに国民を見くびっている」と憤ってみせた。総合面の『時時刻刻』でも、「参院選へ予算バラマキ色」の見出しで展開。1面の見出しも「膨張予算“痛み”先送り」とストレートだった。毎日の社説も、「税収増を背景に財政規律が一段と緩んだとみられても仕方がない」と手厳しい。他紙も批判に濃淡の違いはあれ、財政再建の重要性を説いた。今回の予算案が選挙前のバラマキであり、財政再建とは程遠いものであることに疑いの余地はない。ただ、こうした点を指摘するのであれば、各紙は歳出のどこに切り込むのか、歳入増実現の手立てとして何があるのか、具体案を提示しなければならない。少なくとも、消費税増税を含めた税制・社会保障費抑制策を示さなければ絵に描いた餅である。

昨年末の軽減税率を巡る議論で、新聞も対象品目に選ばれた。自身が“痛み”に弱いことが明らかになった為に、痛みを求める相手を名指しできないのでは、批判も空回りである。日経は社説で、少子化対策への取り組みとして「高齢者向けの歳出を抑え、浮いた財源を思い切って子ども・子育て支援に振り向ける、といった歳出の抜本的な組み替えが必要だ」と指摘し、高齢者優遇の“シルバー民主主義”の弊害を批判した。耳を傾けるべき点はある。だが、抜本的と言うなら、どの程度の予算配分を想定しているのか示してほしかった。高齢者の“優遇”と同時に、“切り捨て”も民主主義を歪めることを忘れてはならない。アベノミクスの今後にも大いに不安を抱かせたのがTPPの試算結果だ。交渉参加前段階の試算で、GDP押し上げ効果は3.2兆円に留まっていた。全ての関税が即時撤廃されたことを前提にしていたとは言え、「輸出入の拡大で生産性や賃金がアップする」とここまで楽観的な見通しを出すのは、政策誘導の意図が見え見えである。焦点だったコメは、「アメリカやオーストラリアから買い付ける8万トン分を政府が買い取って備蓄する為、影響は見込めない」として、「生産減少額はゼロとなり、関税が段階的に下がる牛肉の生産額は最大625億円減」とした。関税撤廃が条件ではあるものの、民主党政権当時の2010年に農林水産省が出した試算は、コメの減少額1兆9700億円、牛肉は4500億円減だった。政権や政策方針が違うだけで、どうしてこんなにも数字が変わるのか? 朝日は「強気想定」、読売も「TPP効果 甘い見通し」との見出しを立てたが生温い。日経に至っては経済面で、「経済効果が大きいとの試算を発表した背景には、TPPを成長戦略の柱に位置づける政権の方針を後押しする狙いもありそうだ」と毒にも薬にもならない解説で呆れ果てる。TPPの賛否に関係なく、数字には冷静に向き合わないと誰も信じなくなる。




慰安婦問題“解決”の日韓合意は、安倍首相の決断を“反安倍”の朝日と毎日が「歴史的、画期的」と歓迎する一方、“親安倍”の読売と産経は「本当にこれで最終決着か」と疑念を示し、評価がいつもとは捻れた。どちらも感情が先走っている。「解決というより折れ合って話をまとめた妥結」(東京)、「関係再構築の弾みに」(日経)等といった冷静な見方が必要だ(何れも12月29日朝刊)。検証してみよう。先ず、これは「電撃」(毎日)合意なのか? 外交は目先のドタバタに惑わされず、流れを見ないと方向感覚が掴めない。日経は妥結の原動力を、東アジア安全保障の米日韓体制を固めたい“アメリカの意向”と見据え、「動きは昨年春から始まっていた」と的確に指摘する。4月の日米、10月の米韓両首脳会談を経て11月、日韓も3年半ぶりに首脳が会談して、「早期妥結を目指す」と表明した。12月下旬に動きは加速。22日、大統領名誉毀損事件で産経新聞前ソウル支局長の無罪判決が確定。23日、韓国憲法裁判所が日韓請求権協定を違憲する訴えを却下。何れも韓国政府が“関与”していたことが明らかになっている。しかもその両日、安倍首相の腹心である国家安全保障局の谷内正太郎局長が韓国の大統領秘書室長と協議を重ねている。その成果を受けて24日、首相は外務省の岸田文雄大臣に訪韓を指示した。機運を察知できないほうがどうかしている。ところが、記事を読む限り、こうした展開を取材できていたのは日経・朝日・読売の3紙だけらしい。読売が24日朝刊1面で「“妥結”へ調整詰め」と報じた同じ日、毎日は総合面の早過ぎる回顧記事で「局長協議を年明けに持ち越し」と間違えた。流れが見えていなかった新聞は驚く筈だ。では、これで“解決”なのか?

50年前の協定で法的に解決済み、“道義的責任”だけと突っ張る日本。50年前に協議していない慰安婦問題は協定で解決されていないとして、“法的責任”を求める韓国。互いにそこを明確にせず歩み寄った、典型的な玉虫色である。読売と産経が懐疑的なのも無理はない。だから両紙は、共同声明等の合意文書を作らず、両外務大臣の共同記者会見発表に留めた異例さを突いた。合意歓迎の朝日と毎日が有耶無耶にしたのはフェアでない。玉虫色をお化粧する為、日本側は“軍の関与”“政府の責任”という表現を補い、安倍首相が朴槿恵大統領に電話で“おわびと反省”を述べ、性格の曖昧な10億円を国庫から出す。韓国側は“最終的・不可逆的解決”を確認し、慰安婦少女像の撤去に努める。合意の本筋と枝葉を分けないと、記事が何百行あっても読者は要領を得ない。骨格は、問題が拗れた民主党の野田政権時代に、当時の佐々江賢一郎外務事務次官(現在の駐米大使)が非公式に打診した妥協案を基にしており、東京の社説が言及している。交渉経過を知っていれば、然程意外でもない。そんな合意でも朝日が歓迎したのは、「韓国・済州島で“狩り”のように慰安婦が連行された」という誤報のトラウマから早く解放されたい焦りかと勘繰りたくなる。朝日は問題の経緯を特集面に纏めたが、自らの誤報に一言も触れないのは如何なものか。毎日が歓迎したのは、肩入れしながら失敗に終わった『アジア女性基金』を再評価してもらいたい未練を引きずる為のように読めた。一方の読売と産経は、安全保障上の要請に基づく政治的妥協をいつもなら評価するのに、韓国不信が先に立って素直になれない了見の狭さが気になる。“安倍応援団”らしくもない。抑々、慰安婦問題は韓国の民主化と冷戦後の世界的な人道・人権意識の高まりで、植民地支配の不当性を問い直す中から新たに浮上した。韓国の経済的台頭と日本の停滞という構図も重なって、そこに感情が纏わり付く。一時の妥結はしても、簡単に決着する筈がない。それ故、歓迎や懐疑に偏らず、決断を評価しながらも、「火種は残る」とした東京と日経の客観性は貴重である。


キャプチャ  2016年3月号掲載


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テーマ : 安倍政権
ジャンル : 政治・経済

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