【東京情報】 刺青文化論

【東京発】「医師法違反の罪に問われたタトゥーの彫師が、無罪を訴えて法廷闘争に踏み切る」との報道があった。戦前は彫師を直接取り締まる規制があったが、戦後は消滅。しかし2001年、厚生労働省が「“針先に色素を付けながら皮膚の表面に色素を入れる行為”は医師しかできない」との通達を出している。因みに、アメリカでは多くの州で彫師はライセンス制になっており、イギリスは登録制だ。こんな話を始めたのも、今、露天風呂に入っている中年男の背中に大きな紋々があったからである。フランス人記者が、いつになく声を潜める。「あれはどう考えてもNGだろう。ここの健康ランドの従業員は、何で追い出さないんだ?」。若者のタトゥーとヤクザの刺青では威圧感が違う。アルバイトの小暮君が、室内風呂に首まで浸かる。「僕の実家は鎌倉ですが、夏になると外国人が水着姿で街を歩いています。聞いた話に依ると、アメリカの若者の4割近くはタトゥーを入れているそうです。勿論、全身ではなく、上腕にワンポイントの小さなものを入れる程度。日本の刺青は芸術作品に近いものがありますが、アメリカ人のタトゥーには文化の香りはしませんね」。刺青の歴史は古い。紀元前から世界各地で行われ、3世紀の史書『魏志倭人伝』に、日本では「男子は皆面に黥し身に文する」との記述がある。つまり、顔にも体にも刺青があるということだ。江戸時代には荒くれ者が好んで彫った。文政10年(1827)頃から、歌川国芳が精巧華麗な刺青のある『水滸伝』の豪傑108人の錦絵を売り出し、江戸の侠客を中心にブームになった。

フランス人記者が更に声を潜める。「俺はヤクザが大嫌いなんだ。昔の博徒やテキ屋の刺青を反社会的と言うつもりはないし、歌舞伎の演目にも刺青をした役は出てくる。しかし、態々健康ランドで他の客を威圧する野郎には反吐が出るな」。小暮君が頷く。
「鎌倉にはロシア大使館の別邸があり、ロシア人もいますが、彼らはタトゥーをしていない。僕は米露共同制作の『ロシアの犯罪者と刺青』というドキュメンタリー映画を見たことがありますが、ロシアでタトゥーを入れるのはマフィアだけだそうです。アメリカ人にとってはファッションなのでしょうが、ロシアでは犯罪集団との繋がりを明確に示す。日本のヤクザの刺青には『オレはいい彫物しているだろ』という自己顕示欲を感じますが、ロシアのマフィアは刺青を隠します。それは、組織への帰属を示す印であり、グループの成員は同じ柄を入れるとのこと。小説“ハリー・ポッター”でも、悪い魔法使いたちが腕にある蛇の刺青を示して仲間であることを確認しますが、あれと同じですね」。黥男が露天から室内風呂に戻ってきた。我々は何食わぬ顔をして、今度は露天風呂に移った。フランス人記者が周囲を見回す。「しかし、古代の日本人は何故刺青を彫る必要があったのだろうか? 単に呪術的な要素だけではあるまい」。小暮君がタオルを頭に載せる。「僕が以前読んだ本に依ると、日本人は昔から漁業に依り生計を立てていたので、遭難する人が多かった。漁師の遺体が浜に流れ着いても、大抵は身元がわからない。当時の服装は粗末なものだし、波に揉まれれば無くなってしまう。目玉や唇等の柔らかい部分は魚に食べられてしまう。そこで、身元を確認できるように刺青が彫られたのです」。これは、スコットランドのセーターに近い。漁師文化であるイギリス北部では、島毎・家毎に特徴的なセーターの編み方が伝わっている。これは海に落ちた時、どこの誰なのかわかるようにする為だ。小暮君が続ける。「戦国時代の足軽の間で刺青が流行した理由も同じです。彼らは、戦場でいつ首を取られるかわからない。首無しの死体が野晒しにされることもある。そんな彼らは、『死後に自分を特定して成仏させてほしい』との願いを込めて刺青を彫ったのです」。




江戸時代になると、幕府は支配階級の基礎教養として儒教を採用する。『孝経』には、「身体髪膚之れを父母に受く。敢えて毀傷せざるは、孝の始めなり」とある。髪から皮膚に至るまで身体は父母から与えられたものであり、それを傷付けないことが孝行に繋がるということだ。儒教的な考えでは、刺青は親不孝の最たるものだろう。武士の間で刺青の習慣が無くなる一方、町人文化として刺青は拡がっていく。先ずは火消しだ。当時は、燃えている家の隣の建物を打ち壊して延焼を防ぐのが仕事だった。その中でも一番目立つのが纏持ちだろう。屋根に上り、纏を振り、消火の目印となると同時に、仲間を鼓舞する役目もあった。当然、屋根が崩れて命を落とす者もいた。上半身裸で刺青を見せながら纏を振る姿は、江戸の庶民の心を捉えた。それを如実に示すのが「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉だ。フランス人記者が唸る。「喧嘩も刺青の見せどころだな。男たちは諸肌を脱ぎ、背中の紋々を見せつけた。江戸は消費中心の都市だろう。生産活動は殆ど行われず、全国から集まる大名が財政を支えていた。だから、質実剛健な農村文化とも、実利を重んじる上方文化とも無縁だった。『宵越しの銭は持たない』という刹那的な生き方が“粋”とされた訳だ」。「火事が華だ」とは退廃の極みである。江戸っ子は「どうせ火事になれば全てが燃える」と諦念し、太く短く、潔く生きることを美徳と考えた。その感性が、今のヤクザに受け継がれているのだろう。東京大学文学部の小暮君が言う。「それどころか、日本人は退廃に美を見い出します。谷崎潤一郎の“刺青”は、少女の背中に大きな女郎蜘蛛を彫った若い彫師の宿願を描いている。見事な刺青は芸術です」。ふと気付くと、いつの間にか真後ろに刺青男がいた。緊張が走る。湯煙に隠れて男が言う。「先輩方、今日はエエ話を聞かせてもろたな」。最後の最後に刺青を褒めておいてよかった。 (S・P・I特派員 ヤン・デンマン)


キャプチャ  2016年3月24日号掲載
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