【宮崎哲弥の時々砲弾】 リベラルですが、何か?(下)

民主党の推進する政策には、リベラルの立場から見て非常に多くの問題がある。経済政策ばかりではない。選挙制度の改革論に関しても疑点を拭えない。例えば、この党は夙に“議員定数の削減”を唱えている。衆議院議員の定数を10減らすことが、軽減税率導入撤回と共に消費税増税の“前提条件”だという。しかし、何故国会議員の数を削る必要があるのだろうか? それが消費税税率アップの“交換条件”の如くに、或いは国民に何らかの利得を齎す“改革”であるかのように、どうして差し出され得るのか、私にはさっぱりわからない。はっきり言うが、自称リベラルの欺瞞以外の何物でもないと思われる。よく誤解されているが、議員定数削減の是非は“1票の格差是正”という課題とは直接関わらない。何故なら、1票の重みの不平等は、議員定数全体を増やすことに依っても解消できるからだ。単に都市部から選出される議員の数を、1票の重みが均衡するまで増大させればいい。永田町でもメディアでも、議員数の削減をベースとする“調整”が自明事と看做されているが、そこに何の必然性も合理性も無いのである。

先般も、衆議院予算委員会での安倍晋三首相と民主党・野田佳彦最高顧問の応酬が新聞の政治面を飾ったが、両者とも削減べースの定数調整を無条件によしとするという点で大差ない。しかし、定数削減は小選挙区制ほど明白な弊害ではないものの、議会に反映されるべき民意の多様性をも削り落としてしまう虞がある。かかる政策のどこが消費増税に依る国民負担増に見合った、国会議員自らが“身を切る”改革と言い得るのだろうか? 確かに保守派ならば、「議会の多数代表性を強めることに依って、一層円滑で機動的な統治を実現できる」と定数減を正当化するかもしれない。だが、リベラルの本旨は「多様かつ他様な人びとの“生き方の幅”を、社会的連帯の維持とともに考察していく」(『リベラル懇話会』設立趣意)ことにあった筈だ。定数削減は、本当にリベラルの政策理念に適うものなのか? 日本のリベラル気取りの政党や新聞には、このあって然るべき問題意識すら欠落しているのだ。反知性主義の極みと言えよう。百歩譲って、定数を削減すれば財政効果が見込めるとしよう。ざっくり言って、例えば議員数を10人減らすと年間10億円弱の経費をカットできる。10億というと一般的感覚からすると大金にも見えるが、国家予算の観点からすれば僅少で、この程度なら定数を削減しなくとも、歳費や手当て等の給費給付の減額で直ぐにも捻出できる。更に、政治アナリストの伊藤淳夫氏は「政党交付金を減らせば済むこと」と喝破しているが、全く同感だ。朝日新聞の試算に依れば、今年の交付金総額は約320億円に上る(2016年1月20日付朝刊)。これを半分にすれば、議員を100人増やしても未だお釣りが来る。




私は「政党交付金制度が政党の堕落と衰微の一因である」と従前より指摘しているが、就中、民主党の交付金依存度は断トツで、政党本部の全収入の何と85%が公金で賄われている。だから、民主党の現執行部に“身を切る”覚悟など端っからありはしない。その瞞着を糊塗する為、“民意を切る”ことに腐心している。そう勘繰られても仕方のない没論理ぶりである。小口献金を募って、短い期間で約1億ドル(約10億円)もの政治資金を集めたアメリカ民主党のリベラル派代表であるバーニー・サンダースの爪の垢でも煎じて飲むがいい。小選挙区制の弊は既に幾度も剔抉してきたので、今回は繰り返さない。それが如何に日本の為政者や、延いては政治そのものを劣化させたかについては、本誌3月3日号において池上彰氏が的確な評説を加えている。


宮崎哲弥(みやざき・てつや) 研究開発コンサルティング会社『アルターブレイン』副代表・京都産業大学客員教授。1962年、福岡県生まれ。慶應義塾大学文学部社会学科卒。総務省『通信・放送の在り方に関する懇談会』構成員や共同通信の論壇時評等を歴任。『憂国の方程式』(PHP研究所)・『1冊で1000冊読めるスーパー・ブックガイド』(新潮社)等著書多数。


キャプチャ  2016年3月24日号掲載


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テーマ : 民主党
ジャンル : 政治・経済

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